気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第73話 一方その頃、ランスでは。②

ニーズヘッグとアルマを地下室へと案内した父は、

「『すべてを喰らう者』のことは知っているな?」

ふたりにそう尋ねた。父の言葉にふたりはうなづいた。

この世界に存在して良いものとそうでないものを仕分ける。
それが『すべてを喰らう者』だ。

「あれは元々、ヴァルキリーの血の中に存在したものだと言われている」


ヴァルキリーとは戦乙女。
「戦いで殺された者を選定する者」だという。
戦死者の魂を選別し、神の元へと招く者だという。
そして、戦乙女もまたドラゴンにまたがることができ、竜騎士と変わらない力を持っているという。

「ペインのネクロマンサーもまた、元はヴァルキリーだった」

「戦死者の魂を選別する力があったから、死体や死霊を操ることができた?」

「そういうことなのだろうな。
私には魔法のことはよくわからんが、ペインには闇の精霊が棲んでいるとも聞いている。
闇の精霊の魔法はもっとも扱いが難しいらしいが、ランスの民が火の精霊に等しく愛されるように、ペインの民もまた闇の精霊に等しく愛されていたのだろう」

だからペインはかつて死者の軍隊を作ろうとし、それに成功したということなのだろう。

「その神というのは、聖書にあるこの世界を作ったとされている、みだりにその名を口にしてはならないあの神かしら?
それにしても、どうして神は、戦死者の魂が必要なのかしら?」

「この世界には神は一柱しかいない。だからおそらくは聖書にある神のことだろう。
人はおそらく死んだ後、神の元には行かないのだろうな。だから、ヴァルキリーに選ばれた者だけが神の元へ行けるのだろう。
神が何故勇者の魂を必要としているのかまではわからぬが、ファフニール家にはランスの竜騎士の歴史が関係しているのではないかと考えた者がいる」

「それが、ぼくと同じ名前の聖竜騎士?」

そうだ、と父は言った。

「ランスの竜騎士の歴史が始まったのは1000年ほど前だが、はじまりの竜騎士以前にもドラゴンにまたがった者がいると聖書に記されていたからだ。
だれだかわかるか?」

「アダムとリリスね」

「そうか、はじまりの男とはじまりの女は、自らの意思でドラゴンにまたがり、神の元を去った……確か、そう聖書にはあったね」

「ふたりは後にランスとペインとなる土地にたどり着いたとされている。
そして、はじまりの竜騎士は、はじまりの男の持つ力を持っていた。
はじまりの戦乙女は、はじまりの女の持つ力を持っていた」

そして、そのふたり以上の力をお前たちふたりは持っている、とニーズヘッグの父は言った。

「百数十年前の戦争で、聖竜騎士ニーズヘッグ・ファフニールは、ペインの産まれたばかりの王女を保護し、養女とした。
王女は生後間もないというのに、聖竜騎士が保護しようとした際に、抱きかかえることすらできないほどの、戦乙女の力をすでに宿し、放っていたという。
聖竜騎士は多少の魔法の心得があった。だから、その際、戦乙女の力を封じたという。

アルマ、君の左胸には、不思議な形のアザがあるはずだ。
それは、戦乙女の力を聖竜騎士が封印した際に出来たアザで、君の母親も祖母も皆同じものを持っていた。
それは、『ニーズヘッグ・ファフニール』の名を持つ者だけが、そのアザに触れることで力の封印を解くことができる」

ニーズヘッグはアルマを見た。
彼は彼女を抱いたことはまだ一度もなかった。
そのの乳房を触れるどころか見たことすらなかった。
だから、彼女にそんなアザがあることを知らなかったのだ。
彼女は着ていた服のボタンを三つほどはずし、乳房にあるアザを少しだけ見せた。

「もしかして、父さんがぼくたちの結婚を反対していたのは……」

「お前の考えている通りだ。
アルマ、竜騎士は紳士であらねばならない。
だからこれは本来君の前でする話ではない。だが、君にとっても大事なことだ。許してほしい。
結婚を許せば、ニーズヘッグは君を抱くことになるだろう。
その際に、君の乳房にあるアザに触れるだろう。
ほんの数日前まで、ニーズヘッグには竜騎士として生きる覚悟がなかった。
それなのにふたりの結婚を許してしまえば、それはニーズヘッグとふたりで、竜騎士とは関係なく生きることを望む、君の運命を変えてしまうことだった」

「ペインの王族の末裔としての、戦乙女の力が目覚めてしまう……ということですね」

「そうだ。それは君だけでなく、ニーズヘッグが望むものでもなかった。
だから、わたしはふたりの結婚をどうしても許すわけにはいかなかった。
だが、今は違う。
ニーズヘッグが竜騎士として生きる道を選んだ今、アルマ、君には戦乙女としてニーズヘッグと共に生きる道を選んでほしい」


父は地下室を去り、そしてニーズヘッグとアルマだけがその場に残された。

アルマは服を脱ぎ、ニーズヘッグの手を取った。

「本当にいいのかい?」

ニーズヘッグは、彼女の力を本当に解放して良いものかどうか悩んでいた。

「お義父様はわたしたちの結婚をしてくれた。
わたしはあなたの子を産みたいと思っているわ。
世界中に蔓延するダークマターを浄化し、魔王や大賢者を止めることができた後になってしまうけれど。
それにね、何よりも、わたしはあなたに抱かれたい。心だけでなく体も愛してほしいの」

アルマはそう言い、ニーズヘッグはその美しい裸体の左の乳房にあるアザに触れた。




          

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