気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第70話 魔王と大賢者 ②

大賢者は魔王を喰らうことにした。
魔王が自分にとって敵以外の何者でもなく、しかし魔王が死ねば自分が死ぬというならば他に方法はなかった。

魔王を自らの身に取り込むことによって、魔王を生かしたまま殺さずに自らの力に変えるしかなかった。

大賢者はその身体から無数に触手を伸ばし、魔王の身体を絡めとった。

「なるほど……そう来たか……」

しかし、魔王はそれすらも読んでいたようだった。

「アンフィス! ピノアにすぐレオナルド・カタルシスを発動させろ!
大賢者が、俺を取り込み魔王になろうとしてる!!」

魔王はそう叫んだ。
だが、魔王がそうするだろうということは大賢者もまた読んでいた。

だから、触手を魔王だけでなく、ふたりのアルビノの魔人に向けても伸ばしていた。

不意を突いたのが功を奏したのか、アンフィスという名前らしい男の腹部を触手は貫いていた。

空で待機していたピノアもまた、同様だった。
触手は甲冑の狼ごと彼女の身体を貫いていた。

「これでもう、あの邪魔な秘術は使えない。
なぁ、サトシ、『冥土の土産』ってやつは、『敵に塩を送る』って言葉と同じ意味なのか?」

大賢者は魔王に訊ねた。

「私には、君がくれた『冥土の土産』は、私が今後何をするべきなのかを教えてくれたようにしか思えないんだがね。
今の私には理解できないことも、例えばあのアルビノの魔人の男のことや大厄災の真実のことなどだ、君を生きたままこの身に取り込むことで理解できるようになる。そうだろう?

勝利を確信したとき、人は最も油断する。
かつて君は私にそう教えてくれたのを覚えているかい?
君の世界に無数に存在する創作物の悪役は、皆そのようにして油断して冗長になり、主人公にヒントを与え倒されるのではなかったかな?

時の精霊は身を隠してしまったが、いずれは再び姿を現し、私は再び時の魔法を使えるようになるということだろう?
そして、私も知らないような大厄災の真実を君がいつ、どのように知ったかは知らないが、わたしは2000年前の時代に行き、あの者に大厄災を起こさせる。
そうだろう?

時の精霊は私を見限り、ピノアに力を貸していたということを私が知らないとでも思ったか?
時の精霊が、ピノアを君のようにとても溺愛し、お互いに相性で呼び合う関係だということを私が知らないとでも思ったか?
いくら私をたぶらかすためとはいえ、散々時の精霊の力を無断で拝借してきた君はともかく、ピノアの身に危機が迫れば再び姿を現すのではないか?

つまり、君は本当に魔王で、悪役だということじゃないか?
なぁ、そうは思わないか?」


「思わない。今のあんたのお喋りこそ、マジ間抜けの三流の悪役って感じ」

ピノアのその声が聞こえたとき、大賢者の身体には結晶化したエーテルの剣が刺さっていた。

「なぜ、貴様が……」

ピノアのそばには、甲冑の狼もいた。

それだけではなかった。

「おいおい、俺が昨日教えたばっかりのエーテルの本当の使い方、もうマスターしちまったのかよ。
やっぱすげーな、お前」

アンフィスという名のアルビノの魔人もまた、結晶化したエーテルの鎌で大賢者の首を跳ねていた。

大賢者は、それを地面に転がった首の目や耳で見聞きしていた。

「レオナルドちゃん! 今だよ!!
レオナルド・カタルシス!!!」

甲冑の狼が、大賢者の周囲に結界を張った。
秘術が発動されると同時に、身体からダークマターが浄化されていくのがわかった。

あの時と同じだ。
3日前の夜と。


「なぜだ? なぜ、貴様だけじゃなくその男まで……」

大賢者は、その身体をダークマターの魔法の威力を高めるために、そしてダークマターに身体を蝕まれても痛みを感じないように、闇の精霊の魔法によって自らアンデッドと化していた。

闇の精霊の魔法は、ダークマターが存在しなかった百数十年前の戦争でペインのネクロマンサーたちが死者の軍隊を作り出したように、本来ならエーテルで扱うこともできるものであった。
だが、非常に扱いが難しく、大賢者にはエーテルでは扱うことができなかった。ダークマターによってしか扱えなかった。

ダークマターを浄化されるということは、自らをアンデッドと化した魔法さえも浄化されるということだった。
それだけであれば、アンデッドと化す前の生きた身体に戻れたかもしれなかった。

いや、戻れなかったのを大賢者は思い出した。

秘術によってダークマターを奪われ、サトシの息子の持つふたふりの剣によって細切れにされた自分が、肉片となっても彼やステラやピノアを襲おうとしたことを思い出していた。

さらに今は、魔王がかけた、ダークマターによる時の魔法もまた、魔王の生死に関係なく浄化されていた。
つまりは、あのときの肉片に戻されるということだった。


「ネタばらしなんかしないよ。あんたに余計なヒントを与えたくないからね」

「なぁ、大賢者さんよ、みんな好きで魔人に産まれてきたわけじゃねーし、特に俺やピノアみたいなアルビノの魔人は、なんで自分だけがってずっと思ってるよ。
だから、あんたが自分が人工的に産み出された魔人だって知ったときの苦悩は想像を絶する。
でもよ、人工的に産み出されたとか、自然にとか偶然にとか関係なく、持って産まれた力をどう使うかってのは、俺たち次第だろ。
あんたは、力の使い方を間違えた。
だから、ここで終わるんだ」

「レンジのお父さんは、あんたが油断するチャンスをわたしたちにくれた」

「俺たちはあんたよりも耳がいい。
同じ世界を見ていても、目や耳から入ってくる情報量が違う。
だから、レンジの親父さんがどうしようとしてるのか、何をしたいかがわかった」



「さよなら、おとうさん」


ピノアは、育ての親である大賢者に最後にそう声をかけた。

そして、彼が最も得意としていた魔法で、彼にとどめをさした。


          

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