気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第60話 エウロペの貿易拠点・コムーネの町にて

竜騎士ニーズヘッグ・ファフニールと、そのドラゴン・ケツァルコアトルが、コムーネの町にたどり着いたのは、エウロペ城前から飛び立ってからおよそ二時間後のことだった。

魔王や大賢者は、この町には立ち寄らず直接ランスに向かったのか、幸いなことにエウロペの城下町のような惨劇は起きてはいなかった。

だから、ニーズヘッグたちはすぐにアルマと合流することができた。

もしかしたらこれからこの町を訪れるかもしれないため、まだ油断はできなかったが、彼女や町が無事だったことに、ニーズヘッグは本当に安堵した。

よくよく考えたら、ニーズヘッグもケツァルコアトルも、魔王や大賢者の顔を知らなかった。
魔王の顔が、レンジの父が彼に遺した動画のままであればなんとかわかる。ニーズヘッグもあの動画を観たからだ。
だがもし顔が変わっていたとしたら?
町ですでにすれ違っていた可能性もあった。

アルマは、おそらくは着の身着のままニーズヘッグと駆け落ちをしてしまったためだろう、洋服店で大量の服や下着を買い込んでいた。

「すごい量だね、アルマ」

ニーズヘッグがそう声をかけると、

「ニーズヘッグ……無事だったのね……」

アルマもまた彼が無事なことに安堵した。
しかし、彼の隣にトカゲ顔の女がいるのを見て卒倒した。

そのトカゲ顔の女というのは、もちろんケツァルコアトルのことであるのだが、

「ニーズヘッグよ、アルマはなぜ我の顔を見た途端に倒れたのだ?
もしや汝が女連れなのを見て、我を汝の浮気相手だと勘違いしたのではないか?」

「ケツァルコアトルの顔が怖いからだよ!!」


コムーネの町は、陸続きにあるランスや隣接する他の国との貿易の拠点になっている町だった。
そのため、町の人々はドラゴンを比較的見慣れているらしく、ケツァルコアトルがアルマをこの町に送り届けたときも、町の人々は驚きこそしたものの、さして騒ぎにはならなかったらしい。

しかし、ケツァルコアトルは、ドラゴンの姿は動きにくい、小回りがきかないと言って、町に降りるとすぐ人の姿に変わっていたのだ。

「絶対わざとだよ~、も~」

「……すまぬ。まさか人を気絶させるレベルだとは思わなかったのだ……」

ケツァルコアトルは、反省というよりかは落胆しているようだった。自信を喪失しているようだった。
リバーステラで言うところの「体育座り」をして、申し訳なさそうにしていた。
だからニーズヘッグは、少し言い過ぎたかもしれない、と反省した。

したのだが……

彼はアルマが卒倒した理由が、ケツァルコアトルの顔だけではないと気づいてしまった。

無論、ケツァルコアトルが言ったような、彼(彼女?)をニーズヘッグの浮気相手だと勘違いしたわけではない。

彼(彼女?)の顔が怖すぎて、ニーズヘッグはそれに気を取られすぎてしまっていたのだが、よく見たら彼(彼女?)は全裸だった。

ニーズヘッグは、全裸のトカゲ顔の女と歩いていたのだ。

「ぼくは、全裸のトカゲ顔の女性を連れて歩いていたのか……」

道理でこの町に来てからというもの、すれ違う人に、不自然に避けられていたわけだと思った。
町の人々にアルマの背格好を話し、見かけなかったか尋ねようとしたが、話しかける前に逃げられたりもしていた。


竜騎士ニーズヘッグ・ファフニールは、読書家で演劇を愛し、戦を好まない。
しかし、彼が竜騎士として生まれもった才能は、はじまりの竜騎士を超えるものがあるという。

だが彼は、多くの聖竜騎士(=竜騎士団長)を輩出したランスの名家に生まれ、幼い頃から読書ばかりをしており、父や兄たち、それから使用人たち以外で親しい間柄なのは、アルマだけであった。

そんな彼は、非常に頭は良いが、大変世間知らずであり、そして天然。

竜騎士ニーズヘッグ・ファフニールとは、そういう男であった。


アルマはどうやら、ニーズヘッグの衣類も買ってくれていたようだった。

だから彼は、

「とりあえず顔はそのままで大丈夫だから、ケツァルコアトルはまず服を着ようか」

ケツァルコアトルにその衣類を押し付けた。

「汝は、こんな我を許して……許してくれるのか……?」

「許すも何も君はぼくの大事な相棒じゃないか。
君との間に子を遺すつもりはないし、これからその顔をなんとかして隠すけど」

「全然許してくれてないどころか、怒っているではないか……」

「それよりも君は、精霊に限りなく近い存在である、偉大なドラゴンというキャラが崩壊しかけてるから、早くなんとか元の君に戻ってくれ」

ケツァルコアトルが服を着終えると、ニーズヘッグはとりあえず彼(彼女?)の顔を包帯でぐるぐる巻きにした。

それから、少しだけケツァルコアトルには離れた場所にいてもらうことにして、アルマを起こした。


「……ニーズヘッグ? わたし、気を失っていたの?」

「うん、急に倒れたからびっくりしたよ」

「倒れる前に、あなたの横にトカゲの顔をした全裸の女の人を見たような……」

「きっと疲れていたんだよ。幻覚か何かじゃないかな」

アルマは、倒れた際に怪我などはしておらず、目を覚ました後は意識ははっきりしていた。
起き上がろうとする彼女にニーズヘッグは手を貸そうとしたが、彼女は大丈夫と言ってひとりで立ち上がった。

「ニーズヘッグひとり?
レンジ君やステラちゃんやピノアちゃんは?
それに、ケツァルコアトルは?」

ケツァルコアトルは少しだけ離れた場所で二人を見守っていたが、

「レンジ君たちは、エウロペの飛空艇でもうすぐこっちにくるんだ。
ケツァルコアトルは、ぼくをこの町に送り届けたあと、彼らを誘導するためにエウロペに戻ったよ」

ニーズヘッグはそう言った。

アルマはつい先程卒倒したばかりであったから、エウロペの城下町や城で彼が見聞きしたことについては、レンジたちと合流してからにしようと思った。


「アルマ、彼らが来たら、アルマも飛空艇に乗ってほしい。
ケツァルコアトルの背にまたがることができるのは、本来はぼくだけだから」

「そうね……そうするわ。あなたの足手まといにはなりたくないし」

「足手まといなんかじゃないよ。君がいてくれるから、ぼくは戦えるんだ」


彼女はきっと、自分がペインにかつて存在したヴァルキリーやランスの竜騎士になれる素質があると知ったら、おそらくはニーズヘッグやレンジたちの力になろうとするだろう。
そのことも含めて、レンジたちとしっかり話をしなければいけない、彼はそう思った。


「そういえば、わたし、何をしていたのかしら?」

「自分のためだけじゃなく、ぼくのための服や下着まで買ってくれてたみたいだね。ありがとう、アルマ」

その言葉を聞いて、彼女は「あっ」と何かを思い出したようで、

「ピノアちゃんが着ていたお洋服や背中の鞄が、すごく可愛かったのを覚えてる?
ランスでは見たことがないものだったから、この町ならと思って探していたのだけれど、なかなか見つからなくて……
ニーズヘッグも一緒に探してくれないかしら?」


ニーズヘッグは、まさかはアルマがあんな破廉恥な服を気に入っていたとは思いもよらず、めまいを覚えた。

アルマもまた、ニーズヘッグ以上に世間知らずで天然な女性であった。


          

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品