気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第59話 ピノアお姉さまとステラ女王様

アンフィス・バエナ・イポトリルの話は、にわかには信じられない話だった。

だが、彼の話に登場した大賢者は、レンジやステラ、ピノアが知る大賢者そのものであり、彼の話に登場したレンジたちもまた自分たちそのものだった。
だから信じざるを得なかった。

彼がなぜ未来のレンジたちの仲間になったにも関わらず、未来のステラによってこの時間に飛ばされてきたのか。

それは、未来のステラたちもまた、今このとき、この場所で彼と出会ったからだという。

そして、

「俺はてっきり、あんたらの14人目の仲間になるもんだと思ってたんだが、未来のあんたらの中に未来の俺がいるのを見たときは、さすがに引いた」

ということだった。

大賢者によって、最後の晩餐を10回も繰り返させられたことよりも引いた、ということだった。

アンフィスが2000年ほど前の時代から、このときこの場所に来たため、未来のステラは彼をこのときこの場所にタイムリープさせた。
だが、それは、未来のステラがアンフィスをこのときこの場所にタイムリープさせたから、彼は2000年ほど前の時代から、このときこの場所に来た、ということになる。

卵か先か、鶏が先か、というような、頭が痛くなるような問題だった。

父さんもまた、とんでもないチュートリアルクリアボーナスを用意してくれたものだとレンジは思った。


「ところで、なんでこの船、空飛んでんの?
あと、子どもたちはともかく、ステラもピノアもひどくない?
俺が話してる途中で寝るとか」

飛空艇はすでに、エウロペからランスに向かう途中にある町に向かっていた。

「ぼくもこの世界に来てまだ三日目だから、飛空艇もはじめて乗ったんだ。
詳しいことは、あいつに聞いてもらえる?」

「あいつってのは、この船の、ジンコーズノーってやつのことか?
なんなんだ? あれ」

「それも、あいつに聞いて。
ぼくもステラもピノアも、もう丸二日近く寝てないから、目的地に着くまで寝させてもらえると助かる……たぶんすぐ着いちゃうけど」

そう言い終えると、レンジは気を失うように眠った。


「レンジも寝ちまったか……やれやれ……
だが、2000年後の世界なんてなかなか来れるもんじゃないからな。
最後の晩餐から処刑、大厄災後の世界のループなんてのも、なかなかない体験だったろうが、あれはマジできつかった。二度とごめんだ。
救厄の聖者たちのひとりとして、世界を救うついでに、めいっぱい未来の世界を楽しませてもらうかな」

アンフィスは心から嬉しそうに、そして楽しそうに笑った。


「ジンコーズノーさんよ、あんた、名前あるのか?」

「ソラシドです」

「いい名前だな」

「そうですか?」

「空が入ってるのがいい。
あとシドってなんか飛空艇っぽい気がする。なんでかよくわかんねーけど」

「ありがとうございます」

「それに覚えやすいからな。
アンフィス・バエナ・イポトリルよりずっといい」

「素敵な名前だと思いますが」

「だったら、三回繰り返してみてくれ。絶対噛むから」

「早口言葉というものですね。
アンフィス・バエナ・イポトリル、アンフィス・バエナ・イボトレル、アンフィス・バエナ・イボトレル」

「二回目からイボトレルになってるぞ」

「でも素敵なお名前です。イボトレル」

アンフィスは、お前なかなかおもしろい奴だな、と笑った。


「目的地に着きました。
イボトレル様、ピノアお姉さまたちを起こしてきて頂いてもよろしいでしょうか?」

「お前、なんでピノアのこと、お姉さまって呼んでんの?
あと、俺はイボは取らねーから。取ろうと思えば魔法で取れるけど」

「お姉さまと呼べとピノア様が。
私としては、ステラ様の方がお姉さまと呼ぶべきだと思うのですが」

「バカか、あいつ。
あと、ステラはどっちかって言ったら女王様だろ。
ステラがえろい格好でムチ持ってるのを想像してみろ。で、
『ステラ~・リバァイアサンだよ~、あたしに叩かれたいのはどこのどいつだい?』
って言ってるのを想像してみろ」

「すみません。飛空艇の制御が難しくなりそうです」

「あ、じゃあ、もう想像すんな。
ちなみに、今のはリバーステラにいる『オンナゲーニン』てやつの『ネタ』ってやつらしいぞ。
レンジはガキの頃にそのネタを見て、おかしな性癖に目覚めたらしい。
ステラには言うなよ。絶対に言うなよ」

「それは、ステラ様にお伝えしろということでしょうか?」

「いや、マジで言うな。今のレンジにも未来のレンジにも恨まれる。
それから、ピノアたちは起こさなくていい。このまま寝かせておいてやってくれ。
この下の町には、ニーズヘッグたちがいるみたいだからな。俺ひとりで十分だ。
俺は魔法を使って下に降りるから、このまま上空で待機しててくれ」


そして、彼は、

「まさか、俺以外のアルビノの魔人に出会えるなんて夢にも思わなかったなぁ……」

寝ているピノアを見て、そう言った。
彼女は、ステラやこどもたちといっしょに飛空艇の床で寝ていた。

「ヨダレ垂らして、だらしない、ほんとアホみたいな寝顔……
だが、俺なんかよりずっとすげー魔法使いなんだよな、こいつ」


2000年前の時代に、未来のステラやレンジと共に訪れた未来のピノアは、彼がその力を持ってはいても、自分の意思では放つことができなかった大厄災の魔法を、何回か見ただけで使えるようになっていた。
それだけじゃなく、威力や範囲をコントロールしてみせた。

「この世界からすべての人や、人が存在した痕跡さえも残さないような『極大消滅魔法』だぜ。どんだけすげーんだよ」

アンフィスは、ピノアのだらしない寝顔を愛おしそうに見つめていた。

「さてと、じゃぁ俺は、このお姉さまのだらしない寝顔を守るために、ちょっくらお仕事してくるかな」

彼はそう言うと、魔法で背中に天使の羽根を生やし、飛空艇の真下にある町へ降りていった。

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