気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第58話 外典 最後の晩餐は繰り返される。~救厄の聖者たち~ ⑤

そして、もうひとり、静止した時の中で動いた者がいた。

「あんたはやっぱり大賢者にふさわしくない。
ステラとピノアがいるってことは、ぼくも必ずそばにいるってことすら忘れてるんだから」

少女たちと同じ年頃の、頭のてっぺんから足の爪先まで、全身をおおう甲冑を身にまとった少年だった。顔は甲冑で隠れており、少年だとわかったのは声や口調からだった。

「そしてこの鎧は、ダークマターが存在しないこの時代なら、あんたが使うエーテルを触媒とする魔法をすべて無効化できる」

大賢者は、苦虫を噛み潰したような顔で、

「秋月レンジ……」

忌々しそうに少年の名前を呼んだ。

聞きなれないその名前は、おそらくはジパングという国の民のものだろう。

さらに、もうひとり、立ち上がった者がいた。
少女たちより少し年上の、竜の鱗で作られた鎧を着た騎士らしき青年だった。

「あなたとは、確か二回? 三回? 会っただけだから、ちゃんと自己紹介してなかったよね。
ぼくは、ランスの竜騎士ニーズヘッグ・ファフニール。
趣味は読書。それから演劇を観ること。
竜騎士団には所属せず、あなたたちのくだらない計画を阻止するため、彼女たちと行動を共にしてる」

ランスという国は、たしかエウロペの隣国だったはずだ。
竜騎士というものをアンフィスは知らなかったが、未来にはドラゴンにまたがる騎士がいるのだろう。
その場にドラゴンはいなかったが。


「ドラゴンの中には、人の姿を持つ者もいる」

どうやらドラゴンはその場にちゃんと、人の姿でいたらしかった。

「ドラゴンの、人よりもはるかに長い歴史の中で、人の姿を持つのは我がまだ二柱目だ。
つまり我は、最強のドラゴンと誉れ高いエキドナと同等の力を持つ。
ステラやピノアの力には遠く及ばない大賢者よ、我と力試しをしてみるか?」


「ねー、ニーズヘッグ? あなたのケツァルコアトルがなんだかすごくかっこつけてるけど、言ってることは弱い者いじめがしたいだけの子どもみたいよね。
それから、ケツァルコアトルはもうちょっと人間に顔を寄せていかないと駄目だと思うわ。わたしのニーズヘッグに寄せていくといいと思う」

トカゲのような顔をした竜人だけでなく、青年と同じ竜の鱗の鎧を着た戦乙女もまた、立ち上がっていた。

それだけではなく、そこにいた13人全員が静止した時の中で動いていた。

少年は両手に持った剣を、青年と戦乙女は槍を、竜人は爪を、大賢者に向けた。


ステラという名前らしい少女は、手に持った聖書の最後のページを開いて見せると、

「あなたが書き換えたこの預言もまた、わたしによって事前に書き換えられたものに過ぎない」

大賢者にそう言った。

「そんなことがあるはずがない。
私はあの預言者が預言を書き記すのを見届けてから殺し、預言を書き換えたのだ」


「あなたが時を遡り、聖書の編纂者である預言者のところへ向かったように、わたしもまたその数日前の彼に会いに行った。
数日後に、あなたが現れるであろうことや、預言を書き換えるであろうことを伝え、まったく違う預言を書いてくれるよう頼んだ。
あなたが彼を殺すだろうということもわかっていた。だからそれも伝えた。肉体の時だけを生前の状態に遡らせる約束もした。
だから彼は、あなたに殺された後も、天寿を全うするまで生きたわ」

アンフィスは、少女が本当に最悪のケースを考えて大賢者の行動を先回りしていることにただただ驚かされた。


「本当の預言はこういうものだったわ」


――大厄災を起こす者は、銀色の髪と赤い瞳と白い肌を持ち、老いを知らず数百年の時を生きるだろう。
しかし、その者は力を持つだけで、自ら大厄災を起こすことはないだろう。
大厄災は、その力を利用しようとする者が現れるために起きるだろう。
その者の存在こそが真の大厄災であり、その者を止める救厄の聖者は、その者と同じ時から訪れるだろう。
聖者は13人おり、大厄災を起こす力を持つ者は14人目の聖者となるだろう。


「あなたの存在を、過去の歴史さえも変えてしまうあなたの所業を、これ以上許すわけにはいかない。
大賢者ステラ・リヴァイアサンの名において、あなたを未来永劫、時の牢獄に封印する」


大賢者は、カチカチと秒針が時を刻むような音を立てる無数の鎖にその身体や魂までをもからめとられた。
鎖をほどこうともがいたが、もがけばもがくほど、鎖は彼の身体や魂に食い込んでいった。

「さよなら」

ステラは何故か寂しそうにそう言って、その別れの言葉が合図であるかのように彼は鎖と共に消えた。



アンフィス・バエナ・イポトリルの名は、未来では神の名と同様にみだりに口にしてはならないとされているという。

「あなたにはその自覚はないでしょうけれど、聖書を記した預言者によれば、あなたは本当に『神の子』だそうよ」

母は嘘をついていたわけではなかったのだ。父もまた。

「俺はそんな大層な存在じゃない。普通に名前を呼んでくれ。
俺はあんたたちの仲間になる運命にあるんだろ?」

口にしてから、そうではないな、と彼は思った。
自分を産んでくれた母や父や、その親や、そのさらに親たちを産んでくれたこの世界のために、自分にできることがあるのなら、どんなことでもしたいと思った。

「運命じゃないな。これは俺の意思だ。俺はあんたたちと共にこの世界を守りたい」



この時より、アンフィス・バエナ・イポトリルの名は、救厄の聖者たちのひとりとして、後世に語り継がれることとなったが、名前が長く覚えづらいので、口にする者はあまりいなかった。



          

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