気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第54話 外典 最後の晩餐は繰り返される。~救厄の聖者たち~ ①

ゆるいウェーブのかかった銀色の長い髪と、その身にまとった衣服ですらない汚れた布が冷たい風になびいていた。

その男の両の瞳は赤く、痩せ細った真っ白な身体は、脇腹に槍が突き刺さっていた。
槍は、彼の背中の肩甲骨の間を貫通していた。

彼は、脇腹に刺さったままの槍を引きずりながら、荒廃した大地を歩いていた。


槍の柄の底につけられた金具・石突(いしつき)が、荒廃した大地に彼が歩いてきた道のりを描いていた。

彼が今いるのは、ほんの数日前までニアロという国があったあたりだろうか。それともルガリアだろうか。ハーガンかもしれない。
国境を示すものも、現在地がわかる目印も、どこにも見当たらなかった。

いくつもの国家が存在していたはずの土地は、そこに城や町や村があったことすらわからないほど、何もかもがなくなっていた。

石突が描く男が歩んできた道は、ラエルという国のサレムと呼ばれる土地まで、数百キロと続いていた。
サレムにある城の北に、「されこうべの丘」と呼ばれる場所があり、彼はそこから歩いてきた。

こんな風に荒廃した世界を歩くのは何度目だろうか。

何度繰り返せば、誰が自分を裏切ったのかわかるのだろうか。

何度、処刑人に急所をはずされ、槍を突き刺されながらも死ぬことすら許されず、背中まで貫通した槍をひきずりながら、荒廃した大地を歩くのだろう。

彼は、すでに同じ経験を8回も繰り返していた。

その度に別の方角に向かって歩いた。
だが、誰ひとり生きた人間どころか、死体すら見つけることができなかった。

彼はまもなく死を迎えるだろう。
そして、処刑される前の夜の晩餐の席へと戻されるだろう。

誰が彼を裏切り、処刑という形で彼を足止めし、「大厄災」を引き起こすのか。

それを突き止め、大厄災が起きることを止めなければ、彼はきっとこの無限に続く地獄から解放されることはないだろう。


男の名は、アンフィス・バエナ・イポトリル。

彼は「救厄の聖者」と呼ばれていた。



神による天地創造から始まる聖書は、神が自らに似せて人を造ってからの神と人の数千年に渡る長い歴史が綴られていた。
そして、その最後は大厄災と呼ばれるものの預言で締め括られていた。

そのため「救厄聖書」と呼ばれていた。


しかし、大厄災とは何なのかについて一切触れられておらず、

――救厄の聖者とその12人の弟子が世界を大厄災から守るだろう。
聖者は、銀色の髪と赤い瞳と白い肌を持ち、老いることなく数百年の時を生きる者。

記されていたのはたったそれだけであった。


預言にある聖者の外見は、先天的に色素を欠損して産まれてくるアルビノを指しており、そしてその寿命についてはこの世界に稀に産まれる魔人を指していた。

魔人とは、人の中に稀に産まれる、大気中に存在するエーテルという魔素と一体化した、高い知性と優れた魔法の才能を持つ者のことだった。

エーテルは、人や魔物が精霊の力を借りることで使える魔法の、魔力の源となるものであった。

アルビノの魔人は1000年に一度産まれるかどうかという伝説上の存在であった。

この世界にそのような存在は、彼ひとりであった。

しかし彼には13人弟子がいた。




アンフィスは、9度目の最後の晩餐の席にいた。

先程まで、その身に刺さった槍をひきずりながら、どこなのかすらわからない荒廃した大地を歩いていたはずだった。

いつ死んだのか、どうやって死んだのか、彼には全く記憶がなかった。

毎回そうだった。

槍に貫かれていたとはいえ、すでにその傷は槍と同化するようにふさがり、内臓もすべて修復が終わっていた。だから彼は何百キロも歩くことができた。

意識を失っていた三日間の間に、そんな風に身体が修復してしまい、槍を引き抜くことはできなくなってしまっていた。

どうやら大厄災とは、人や、人がこの世界に住んでいた証を、彼だけを遺してすべて消す、というものであり、大気中のエーテルや精霊たちは存在していた。
だから水や食料を彼は魔法で生み出すことができた。

そういったことは覚えているのに、肝心なことが思いだせなかった。

槍が刺さったままの身体は多少動きづらいとはいえ、精霊やドラゴンといった存在が相手ではない限り、彼を殺せるものなどいないはずった。

では、自分はどうやって死んだ?

やはり思いだせなかった。


最初は白昼夢でも見ていたのかと思った。
しかし、その夢の通りにこの晩餐の翌日に処刑され、その夢の通りに大厄災の後の世界を歩いた。

そして三度目の最後の晩餐の席に戻った瞬間、自分は過去にすでに二度死んでいたのだと気づいた。
死ぬ度に晩餐の席に戻されているのだと気づいた。

四度目の最後の晩餐の席で、彼は過去の三度とも自分が処刑され、しかし意識を失うだけで死にはせず、3日後に目を覚ますまでの間に大厄災が起きていることに疑問を抱いた。
彼が目を覚ましたときにはすべてが終わってしまっているということは、大厄災が起きる前やその最中に彼の意識があっては困る者がいるのだと気づいた。
毎回、晩餐の翌朝に、宿泊した宿にラエルの兵士たちが彼を捕らえにきていることに気づいた。
だから、宿の関係者全員に一生遊んで暮らせるだけの金を渡した。
それでも結果は変わらなかった。

五度目の最後の晩餐の席で、預言よりひとり多い弟子たちの中に、ひとり裏切り者がいるのではないかと考えた。
弟子は突然増えたわけではなかった。ひとりひとりの出会いを彼は覚えていた。
だから、彼らの言動をつぶさに観察し、おかしなところはないか探した。
しかし、何も見つからなかった。

六度目以降は、これまでと違う言動を取るものがいないかどうかを観察し続けた。
だが、やはり弟子たちには何もおかしなことはなかった。



          

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