気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第52話 ケツァルコアトルの失恋(?)

ニーズヘッグとレンジは城を出ると、入り口のそばで待機していたケツァルコアトルに、見聞きしたことを話した。

「そうか、我もまたエキドナのように人の姿を持っていたのか……」

ケツァルコアトルは、人の姿を持っていることを知らなかったが、

「おそらく、はじまりの竜騎士とエキドナの血を引くすべての竜騎士は、ニーズヘッグという最強の竜騎士を、この時代に産み落とすために存在したのだろうな」

ふたりから話を聞くと、すぐに人の女の姿に変身して見せた。

ケツァルコアトルくらいのドラゴンならば、出来るということさえわかれば、簡単に出来てしまうのだろう。


「そして、我とニーズヘッグの間に産まれる子やその子孫が、新たな竜騎士の時代を築き、1000年後か2000年後か、次に訪れる世界の危機を救うというわけか」

レンジはその姿に思わず感嘆の声をもらしたが、しかしニーズヘッグは絶句していた。

「どうした? ニーズヘッグよ。
我が本当に人の女の姿になれると知り、驚きのあまり声も出ないか。
安心しろ。汝の子を孕んでも、アルマには内緒にしておいてやろうぞ」

絶句していただけでなく、その顔は青ざめていた。

ていうか、さりげなく、とんでもないことを言ってるなケツアゴさん、とレンジは思った。

「ぼくが知るドラゴンの中で最も美しかった君が……
そんなヒト型のカオスのような醜い姿に……」

そういえば、ニーズヘッグはレンジたちよりも先に城下町に降り立ち、すでにヒト型のカオスを一体仕留めていた。
彼は無傷だったが、レンジたちと合流したとき、そのときの顔は今のように青ざめていた。
ヒト型のカオスが存在することよりも、それが彼の苦手なトカゲの顔だったことが理由だった。

「なっ!?
我の顔がトカゲのような下等な生物の顔だと言うだけでなく、ヒト型のカオスのようだと……」

ケツァルコアトルは、城と城下町の間にある大きな湖に映る自分の姿を見て、

「確かにこの顔では、悔しいがアルマには少し負けるか……」

「少しじゃないよ!」

「ニーズヘッグよ、顔だけでなく我の顔をよく見ろ。
アルマより胸も尻も大きい。腰もしっかりとくびれている」

「でも、尻尾があるし! 何より顔がこわい!! 声もおじさん!!
今のケツァルコアトルは、人よりもトカゲに寄りすぎてる! ただのトカゲ女だよ!!」

「ト、トカゲ女だと……」

ケツァルコアトルは、がっくりと肩を落とし、そしてドラゴンの姿に戻った。

「次こそは、汝好みの女の姿になろう……」

「いや、できれば男で。
子を遺す必要があるなら、ぼくやアルマとは関係ない人で頼む……」

「……レンジよ、これは所謂(いわゆる)失恋というものか……?
我はニーズヘッグに振られたのか……?」

巻き込まないでくれないかな、とレンジは思った。



「そうか。魔王と大賢者は、次はランスでこのような惨劇を起こそうとしているわけか。
だとすれば、急いでアルマを置いてきた街に戻らねばならぬな」

ケツァルコアトルは5分ほど落ち込んでいたが、なんとか気持ちを切り替えることができたようだった。

「急いで? なぜだい?」

彼を振った(?)ニーズヘッグの方はまだ立ち直れてはおらず、彼を直視できないでいた。

「ランスへ向かう途中にあの町はある。魔王らが立ち寄る可能性が高い。
それに、その魔王は、人の心を失うまでは、我や汝と共に訪れる者、つまりアルマがヴァルキリーや竜騎士になれる素質を持っていることを知っていたのだろう?」

ニーズヘッグはそれを聞くとすぐにケツァルコアトルにまたがった。

「レンジ君、すまない。ぼくたちは先に行く。
飛空艇の準備が出来たら、君たちもすぐ来てくれ」

ケツァルコアトルは翼を広げると、ニーズヘッグをその背に載せて、空高く舞い上がった。


          

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