気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第32話 戦場は城下町。①

ニーズヘッグは、ケツァルコアトルの背から飛び降りると、まるで彼には風の流れが見えるかのようで、舞い踊るように城下町に降り立った。
その姿は、レンジの目には一流のフィギュアスケートの選手の演技のように見えた。

ステラは、レンジとピノアの手を握った。

「わたしはピノアと違って風と土の精霊に気に入られてるから。
二柱の精霊の力を借りれば、わたしたちも彼のようにうまく風に乗って飛び降りられるし、着地する瞬間だけ地面を柔らかくすることができる」

「ケツアゴちゃん、アルマちゃんのこと、よろしくね」

三人もまた、城下町へと飛び降りた。


風に乗って落下しながら、ステラはさらに別の魔法を使っているようだった。

「町の東西南北にひとつずつ、強いダークマターの力を感じるわ……
二角獣(バイコーン)がヒト型のカオスになったときよりも強い力……
それ以外のカオスはたぶん100体くらい。町のいたるところにいるわね」

光の精霊の魔法には、ダークマターの力の大きさや数を知ることができるようなものもあるそうだった。

レンジは、もしかしたらカオスの数だけでなく、生存者の数もわかるのではないかと思った。
しかし、それを聞くのが怖かった。

「は~、やっぱり、ステラみたいにちゃんと精霊の名前は覚えとかなきゃだめだね~」

ピノアはふざけたようにそう言ったが、その両手は、すでに火と水の精霊の魔法がいつでも発動可能な状態になっていた。

「わたしもそういう魔法が使えたら、ここからでも『ピノア・カーバンクル、狙い撃つぜ!』って感じなんだけどなー」

ピノアは火や水の精霊と同じくらい雷の精霊には気に入られているが、光の精霊には風や土の精霊と同じくらい嫌われているらしい。

「どうする? ニーズヘッグもいれたらこっちも四人だから、ひとり一体ずつにする?」

「それはだめ。レンジが危険だもの」

「そっか。じゃ、まずはニーズヘッグと合流だね。かなり強いみたいだけど、ヒト型のカオスのことや、その強さを知らないだろうし」


レンジは自分の非力さが悔しかった。
ステラやピノア、それからニーズヘッグの足手まといに過ぎない自分が。

だが、昨日の失敗を繰り返すわけにはいかなかった。
ふたりと約束をしたからだ。
焦って同じ過ちを繰り返したら、余計にふたりの足を引っ張ることになる。今度こそ死んでしまう可能性がある。ふたりを死なせてしまう可能性だってあるのだ。
今は少しずつ強くなっていくしかないのだ。

「中央の広場に下りるわ。カオスに囲まれる形になるけれど、城下町のすべての通りに面してるから」

三人は無事着地に成功した。


着地した瞬間にレンジの目に真っ先に飛び込んできたのは、死体の山だった。

見知った顔があった。

3日前の夜、レンジの来訪を豪華な料理でもてなしてくれた宿屋の主や料理人たちの死体だった。

広場には無数の死体が転がっていた。

そして、カオスたちが死体を食らっていた。


ステラは風の最上級魔法「テンペスト」を放ち、広場いたカオスたちを巨大な竜巻とそれによって発生する真空の刃によって切り刻んだ。

竜巻はそのまま広場から伸びた12ある通りのうちのひとつに向かっていった。


ピノアは両手の魔法を、2つの通りに向けて放った。

右手の業火連弾が放たれた先にいたすべてのカオスは跡形もなく消えた。

左手の魔法について、レンジは最上級氷結魔法アブソ・リュゼロだとばかり思っていた。
しかし、ピノアは氷漬けになったカオスたちに向かって、その直後に巨大なつららのような形に変化させたアブソ・リュゼロを放っていた。
一度氷漬けにしたカオスたちを、その直後に巨大なつららで貫き、粉々に破壊する、業火連弾の氷結魔法バージョンだった。

しかし、業火連弾は最上級火炎魔法インフェルノを二発同時に放つ魔法だが、その最上級氷結魔法の二連弾は、二発目の形状を変化させなければならない。
おそらく業火連弾よりさらに難易度の高い魔法だろう。
それくらいは、魔法の使えないレンジにもわかった。


「今の、大賢者が編み出した魔法じゃないわよね」

ステラが驚いていた。

「うん、大賢者はたぶん同じ魔法を二発同時に放つのが限界だったからね。
二発目の形状を変えたりはできなかったんじゃないかな。
ケツアゴちゃんから降りてくる間に思い付いたから試してみたんだけど、うまくいったから誉めて」

「あとでゆっくりね。名前も一緒に考えてあげる」

「え~? ステラにまかせたら『麒麟氷結零』とかにされそうで嫌なんだけど。
レンジもいっしょに……レンジ? どうしたの?」


レンジは、自分では気づいていなかったが、いつの間にか泣いていたようだった。

城下町にはもう、生き残っている人がいるようには思えなかった。

大賢者が滅ぼした村といい、どうしてこんなにも簡単に人の命を踏みにじることができるのか、レンジには理解ができなかった。

「無理だ……」

レンジは言った。

「ぼくには、戦えない……
理解ができないんだ……
理解が追い付かないんだ……
こんなことが平気で出来る人間がいるなんて……
そんな人間と戦わなきゃいけないなんて……」

彼はその場に泣き崩れた。


          

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