気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第20話 仕組まれたこどもたち

本来はテラとリバーステラを繋ぐためのものではなかったとはいえ、あのゲートを作ったのは、魔装具鍛冶職人のレオナルドだった。

人工的にエーテルを産み出そうとし、ダークマターを産み出してしまったのも彼だった。

すべては、国王の命令であり、国王の尻拭いだったとはいえ、レオナルドこそが魔王を生み出した張本人だった。


ピノアは、レンジとステラにそう告げた。


「どうして、ピノアがそんなことを知ってるの?」

ステラは、それを知らされてはいなかった。

「わたしが、ステラのように数年にひとりは必ず産まれてくるようなただの魔人ではなく、1000年に一度産まれるかどうかの伝説上の存在だったアルビノの魔人だからって言えば、ステラなら理解できる?」


その言葉は、力を持つ者が持たざる者を馬鹿にするような口調でもあり、望んでそんな力を持って産まれてきてしまったわけではない自分を卑下するような口調でもあった。


「テラとリバーステラを繋ぐゲートは、一万人目の来訪者を迎えることによって、すでに閉じている。
一万人目の、最後の来訪者は、最初の来訪者であり魔王となった富嶽サトシの息子、秋月レンジと決まっていた。
9998人の来訪者は、レンジをこの世界に呼び寄せるための贄(にえ)に過ぎなかった。
そのように、国王と大賢者が魔王と契約をかわしていた。

レンジが『なんとなくわかってしまう』ように、わたしも『なんとなくわかってしまう』の。
わたしにわからなかったのは、レンジとステラの間に芽生えていた恋愛感情だけ。

レオナルドがすでに殺されていることも、昨晩レンジと彼に何があったのかも、その場にステラがいたことも、なぜレンジが焦っていたのかも。

それは、レンジやわたしが、魔王と国王と大賢者の契約によって、この世界に来るべくして来た存在であり、この世界に産まれるべくして産まれた、特異な存在だから」


ピノアは言った。


「じゃあ、わたしは何?
ピノアの言ってることが本当なら、レンジにつける巫女はピノアひとりで良かったはずでしょ?
どうして、国王は一万人目の来訪者に巫女をふたりつけると言い出したの?」

レンジは、まだ二日にも満たない付き合いとはいえ、たった二日とは思えないほどに凝縮された時間を過ごしたステラが、こんな風に感情を露にするのを、そのときはじめて見た。
けれど、それは無理もないことだった。
ステラの言う通り、ピノアの話が本当なら、いや、おそらく本当なのだろうが、彼女がこの旅に同行する意味はないように思えた。

けれど、きっと意味があるはずだった。


「ステラも、ぼくやピノアと同様に、父さんや国王や大賢者に仕組まれたこどもだったんじゃないかな。
ぼくらが、3人で旅をすることも、3人の契約の中にあったんじゃないかな」

レンジはそう言った。

「そういうことだよね? ピノア」

ピノアは頷いた。

「レンジは、9998人の来訪者を贄としなければ、この世界に召喚することができなかった。9998人の誰ひとり生きていてはいけなかった。
その9998人の来訪者を導く存在であった9998人の巫女もまた、ステラのための贄に過ぎなかった。
今はまだステラの中で眠っているけれど、ステラには9998人の巫女の力が宿っている。

その力に目覚めたとき、ステラの力はわたしを超える。

もしかしたら、わたしもまた、やがてはステラの一部となる運命にあるのかもしれない。そこまでは、わたしにはわからない。
けれど、そうじゃなければ、巫女をふたりつける意味がない。
わたしが産みだされた意味がない。
死んだ巫女の力をすべて継承する力を与えられたステラひとりでよかったはず。

レンジは一万人目の来訪者だけれど、最初の来訪者を導いたのは大賢者だから、わたしかステラのどちらかひとりでは巫女は9999人目にしかならない。
巫女もまた、一万人目でなければならなかった。
だから、レンジにはふたり巫女をつけなければならなかった。

わたしが9999人目の巫女であり、一万人目の巫女がステラ。
わたしが死に、ステラがわたしの力を取り込むことで、一万人目の来訪者と一万人目の巫女という、来訪者と巫女の本来あるべき形に戻る。

そういう風に仕組まれていた。
わたしはそんな風に考えている。

でも、わたしは、魔王や国王や大賢者の契約の通りに動くつもりはない。

レオナルドがこの技術にたどり着いたことは、きっと契約にはなかったもの。
彼は、おそらく契約の内容を知っていた。
自分が近いうちに殺されることも知っていたはず。
だから、契約にないものを、契約を無効にできるものを、レンジに遺そうとした。

わたしなら、この技術の仕組みを解明できる。もっと精度を高めることや、範囲を広げることができる。
それは、わたしにしかできないこと」

そして、ピノアは優しく微笑んだ。

「安心して、ステラ。わたしは、あなたを残して死ぬつもりはないわ。
死ぬつもりもなければ、あなたやレンジにすべて押し付けるつもりもない」

ただ、もしかしたら、とピノアは続けた。

「レンジのお父さんやこの世界は救っても、国王や大賢者をわたしは殺すかもしれない。
それくらいに憎いの、あのふたりが。
どうしようもなく憎くて憎くてたまらないの。
そのときは、ふたりがわたしを止めて」


止められないわ、とステラは言った。

「わたしも、今、きっと同じ気持ちだから」



レンジたちは広大な草原を抜け、小さな村にたどり着いた。

とうに日は落ち、夜になっていた。

その村は、彼らが近づき始めた頃から血なまぐさいにおいがただよっており、村の入り口からは村人の死体らしきものがいくつか転がっているのが見えた。


「外傷のようなものは見当たらないわ。
どうやらネクロマンサーに先を越されたみたいね」

ステラは街灯の下に転がっていた死体を調べるとそう言った。
死体からは血がすべて抜かれており、皮と肉と骨だけだった。
レオナルドと同じ殺され方だった。

「ネクロマンサーの狙いは、やはりレオナルドの発明ね」

レンジは両手に剣を構え、ピノアとステラもまた、魔装具を構えた。

          

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