RINNE -友だち削除-

雨野美哉(あめの みかな)

第17話 2013年10月12日、土曜日 ①

ぼくのクラスメイトで、適格者・所持者であった4人が互いに「友だち削除」をし自決した翌日の土曜日の朝のことだった。
朝なかなか起きてこないぼくを姉ちゃんが起こしに来てくれたときには、ぼくは40度以上の高熱にうなされていた。姉ちゃんが呼んでくれた救急車で、八十三町にある総合病院、海南病院に搬送された。
一応前日帰宅してすぐと寝る前に、市販の鎮痛剤を飲んではいたのだけれど、思っていた以上にSにやられた肋骨の怪我がひどかったようだ。大和省吾の言った通り、肋骨が3本折れていた。
ぼくを診察した榊という女医は「よくこんな状態で学校に通えたわね」と困ったような、感心したような顔をしていた。
ぼくはすぐに外科手術を受けることとなり、しばらく入院を余儀なくされることとなった。
全身麻酔が切れ、病室で目を覚ますと、Sやあや、クラスメイトたちがぼくの見舞いに来ていて、大騒ぎをした。
看護師が顔を覗かせ、お静かにと注意されると、みんなは余計にどっと笑った。
「心配したよ? 秋月くん」とあや。
「お前、一体誰にやられたんだよー?」と、どの口が言うのかS。
ぼくのそばにはSとあやがいて、ぼくはクラスの人気者に戻っていた。
死んだ山汐凛がぼくを目立たない生徒に再構築したと言っていたけれど、自決した四人のうちの誰かも同じことをしていたのかもしれない。その誰かの存在がなくなってしまったことで、世界の再構築がなかったことになったのか、あるいは誰か他の所持者が再構築しなおしてくれたのか、わからないことだらけだったけれど、ぼくはこうして居心地のいい場所に戻ってくることができた。
隣に大和省吾が寝ていた。
彼はぼんやりと天井を見つめ、まるで廃人のようだった。
「ちょっと彼とふたりにしてくれ」
ぼくはSやあやたちにそう言って、
「また明日くるね」
と言って、みんなは帰った。
廃人のようではあったけれど、
「大和」
と声をかけると、「なんだ」と返事がかえってきた。
ぼくもまた天井を見つめながら、昨日彼が病院に搬送された後、学校で起きたことを話した。
「そうか」
とだけ彼は言って、ぼくに山汐凛の携帯電話を差し出した。彼の携帯電話はあやが壊した。山汐の携帯電話は、彼女の学校の屋上からの投身自殺と、あやによる襲撃にあったにも関わらず、奇跡的に無傷だった。
「RINNEを開いてみろ」
そう言われて、ぼくは言われるがまま、山汐のRINNEを開いた。
そこには大和省吾と、彼が登録したぼく以外の誰の携帯電話番号もRINNE IDも登録されていなかった。
「神田透たち四人が互いに『友だち削除』したっていうことがどういうことがわかるか?」
彼は天井を見つめたままぼくに訊ねた。
「彼らが互いの携帯電話番号かRINNE IDを知っていたということか?」
ぼくは言った。
「そういうことだ。俺たちだけじゃない、俺たちは他のクラスの連中や教師たち、適格者・所持者全員の携帯電話番号とRINNE IDを知っていた。もちろん加藤麻衣は俺たち全員の携帯電話番号とRINNE IDを知っていた。俺たちの目的はあくまでお前と加藤麻衣の兄、加藤学の存在をこの世界から消すことだった。だから互いに世界を思いのまま再構築できる力がありながら、加藤麻衣の命令に従う他なかった」
「だったら何故、山汐凛の携帯電話には所持者・適格者の誰の電話番号もIDも登録されていないんだ?」
「『友だち削除』はこの世界の歴史から削除された者の存在そのものを消す仕様だ。存在しかったことになった人間は携帯電話番号もRINNE IDも存在しなかったことになる。たぶん加藤麻衣に全員『友だち削除』されたんだろう」
何の感情もこもっていない声で、彼は言った。
「たぶん、俺たちは加藤麻衣にとって、もう用済みだと判断されたんだ。おそらく加藤麻衣は棗弘幸から、草薙の剣、──ロンギヌスの槍を手渡されたのだと思う。棗弘幸が『友だち削除』されていることから間違いない」
お前の彼女が携帯を壊してくれたおかげで俺は助かった、彼はそう言って、ありがとな、とつぶやいた。
礼を言われる義理はなかった。ぼくはただ自分の身を守るためにあやを利用し、その結果として彼が「友だち削除」を免れただけなのだ。
「存在が消されるってどういうことなんだろうな」
彼はぽつりと言った。
「人は死んだら天国か地獄に行く。そしてまた人に、あるいは動物に生まれ変わる。輪廻転生ってやつだ」
輪廻転生? ぼくはその言葉が引っかかった。輪廻……RINNE? ぼくたちを振り回す携帯電話アプリと同じなのは何かの偶然だろうか?
「魂の数は一定で、それを証明するように、人口が増加し人間が繁栄する分だけ、たくさんの動物が絶滅に追いやられている。けれど、存在が消されるっていうのは、一定の数に定められている魂の数を減らすってことじゃないのか」
彼はそう続けた。
「山汐凛は何人消した? 加藤麻衣に何人消された? もう50人以上の人間が存在を消されてる。世界には50億だか60億だか人間がいる。あのふたりが消したのはその一億分の一だ。世界規模で考えれば些細な数かもしれない。けれど、俺たちにとってはとんでもない数だ」
確かに彼の言う通りだった。
誰かの存在を消すことによって、その度に、その存在がこの世界の歴史になかったものとして世界は再構築される。山汐と加藤麻衣が「友だち削除」した連中だけで、50回以上世界は再構築されていることになる。
加藤学はぼくたち人間の脳はデータにすれば1.8GB程度で、体全体も2TB程度に過ぎないと言っていた。世界すらもデータの集合体だと。地球という巨大なハードディスクの中で、ぼくたちはその中で機能するソフトウェアのようなものなのだ。
パソコンから不要なソフトウェアをアンインストールするときに、誤って別の大事なデータが消えることがある。その誤りがパソコンを壊す可能性もある。ぼくたちがソフトウェア、世界がパソコンだとしたら、「友だち削除」はいわばアンインストールに等しい行為だ。50億のソフトウェアの中の50のソフトウェアをアンインストールしたことになる。50回以上の世界の再構築、ソフトウェアのアンインストールの中で、もし誤ってハードディスクを壊すような誤りがあったとしたら……。世界がどうなるのか想像もつかなかった。
「もしかしたら」
と大和は言った。どうやら彼もぼくと同じことを考えていたらしい。
「もしかしたら、アンインストールの際に起こる誤りが、戦争や災害、環境汚染なんかを引き起こしているのかもしれない」
考えすぎかな、と言って彼は自嘲した。
その可能性をぼくは否定できなかった。
ぼくたちの住む東海地方は、何十年も前からいつ大地震が起きてもおかしくないと言われている。それこそ、3.11の震災を超えるような大地震だ。漫画家のかわぐちかいじは、東海大地震をきっかけに日本中で大地震が起こり、日本列島が南北に切り離されるという漫画を描いていた。父さんの書斎に確かその漫画があった。それは決して荒唐無稽な話ではない。ぼくは震えながらその漫画を読んだ。しかし、そんな心配など何もされていなかった東北地方で3.11は起きた。その当時の与党で、仕分け人と言われていた女性議員が「100年に一度起きるかどうかわからない大地震のために、スーパー堤防が必要か?」と、震災による津波対策の巨大な堤防を作ろうとしていた人たちを仕分けた直後のことだった。今年も異常気象で10月になった今も、台風が毎週のように日本に上陸している。
半世紀以上前、この小さな島国がアメリカをはじめとする先進諸国を相手に何を思って勝てると思ったのか知らないが、戦争をしかけたのも今考えてみればおかしな話だ。ジオンが地球連邦に対し独立戦争をしかけた以上に無謀な話だ。ジオンにはまだコロニー落としやモビルスーツといった勝算があった。この国にそれがあったとは思えない。勝てる見込みもない戦争をこの国はなぜしたのだろう? 現に戦争は長期化こそしたものの、アメリカの大量破壊兵器によってこの国はあっけなく敗れている。
この国の歴史を振り返ってみれば、おかしなことはそれほど山のようにある。日本史のその山が富士山なら、世界史で考えればエベレスト級の山が存在するだろう。
「DRRシリーズを手にしたのはぼくたちがはじめてではないのかもしれない」
ぼくは言った。
「どういうことだ?」
そう訊ねる大和に、ぼくは答える。
「DRRシリーズは2000年前に古代宇宙飛行士だったイエスが別の惑星に旅立つ際に人類に遺していった体をベースに作られている。2000年間、研究成果があがらず、現代になって時代に見合った形、つまり携帯電話というに形成されたというのはおかしいと思わないか?」
「それは、つまり、俺たちが持っている携帯電話より前の世代のDRRシリーズが存在したってことか?」
たぶん、とぼくは言う。
それがどんな形をなしていたかはわからないけれど。
かつて加藤麻衣と同じようにロンギヌスの槍を求めた男がいた。アドルフ・ヒトラーだ。
彼もまたDRRシリーズの所持者だったのではないだろうか? 現に日本とドイツは当時同盟国だった。共にアメリカと戦っていた。しかし、ヒトラーは大切なことを知らされなかった。ロンギヌスの槍がこの国に、草薙の剣としてその名と形を変え存在しているということを。そこまで考えてぼくは思い直す。いや、棗による世界の再構築が行われていないから、当時草薙の剣はただの草薙の剣でしかなかったのかもしれない。だから彼は世界を手にすることはなかった。
「俺、考えすぎて知恵熱が出そうだぜ」
大和が言った。
「ぼくもだ」
と、ぼくも笑って、「いくら考えてもこの話が推測の域を出ない。この話はここまでにしよう」そう言って話を終えた。


          

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