怠惰の大罪を背負ったけど何の因果か同時に娯楽神の加護を授かったおかげで働いたら負けの無敵状態になってゲーム三昧

きゅーびー

英雄も事件が無ければただの人10


 英雄とは何か考えたことはあるだろうか。
 そもそも英雄の定義とは何なのか。
 一般的には何らかの優秀な能力を有した、偉業を成し遂げた人。あるいはアニメやゲームに登場するヒーローであったり主人公であったりするのかもしれない。

 幼稚園の頃に誕生月の子供達を集めて将来の夢を書かせて親に渡すというイベントがあった。その時に友達の3人は仮面の人やウルトラな人になりたいと、現実には存在しない特撮の主人公になると言っていたのを覚えている。
 俺自身は特撮作品に出てくる人や怪人何かは作り物という事を認識していたので友達がそういう風な夢を言った事に衝撃を受けた。
 いくら幼いとはいえ少し考えれば分かるだろうと思ってしまった、あれは紛い物で作り物だと。
 現実的に不可能な事ぐらい分かるだろうと。
 現実に生きる俺達はあんな特殊な能力を持っていないし、持っている人を見たことが無いじゃないかと。
 物語のヒーローや主人公にはなれないんだと。
 でも当時の俺は空気を読んで、見たことも無い作品のウルトラな人になりたいと言った事も覚えている。周りに合わせたのだ、ここでは自分の考えの方が間違っているんだと。
 夢は叶わないと知っていても語らないといけないのだと。
 大人の描く子供の理想像に近づかなければならないのだと、友達もその事を察してそういう風に夢を語ったんだと思っていた。

 だけど違った。
 周りの友達は皆、本気で物語のヒーローに憧れていた。
 将来は自分もヒーローになれると本気で思っていた。
 その事に気付いた時は幼心に絶望した事を覚えている。
 友達とは違う考え、俺だけがヒーローには成れないと知っている状況がとても怖かった。
 ごっこ遊びなんかするのも嫌だった。
 幼稚園に行くのが嫌になった。
 小学校に上がってもそれは変わらなかった。
 毎日が苦痛だった。
 だからだろうか、そんな俺を見兼ねた親父が剣道場に通わないかと誘ってきたのは。

 そこで俺は、俺のヒーローに出会った。
 衝撃的だった。
 俺と同じぐらいの女の子が一生懸命に小さな棒を一心不乱に振っていたのを見て、最初はこの子もヒーローに憧れているんだと思った。
 でも少し違った、周りの友達が物語のヒーローに憧れていた中でその子だけはもっと現実的な夢を語ってくれた。
 その為に頑張っているんだと。
 努力をしているんだと。
 俺はその子に救われた。
 荒唐無稽な夢じゃなくても大人の理想の子供像に近付かなくても良いんだと思えた。
 だから俺は夢を持てた、俺もこの子の様になりたいと思えた。
 この子のライバルでありたいと心の底から思った。

 そこからは努力と挫折の連続だった。
 小学生の頃までは頑張れた、けれど中学に入っても彼女との差は縮まるどころか開いていくばかりでその時には薄々気付いていたけど見ない振りをしていた現実と正面から向き合った。
 そして俺は剣道を辞めた。
 辞めた時はとても気分が楽になった。
 今までは叶わないと思いながらも幼馴染の女の子の隣に並ぶ為に必死だった、本気ではあったけれど俺には無理だと分かっていた。
 それでも頑張っていたけど限界点は当に過ぎていた、自分の限界以上の努力はしたつもりだった。
 いつか俺にも才能が目覚める時がくるかもしれないとまだ心の中で期待していた、でも現実はそんなに甘くは無かった。
 だから俺は現実と折り合いを付けて隣に並ぶのではなく、後ろから見守る事しか出来なくなった。



 俺もヒーローになりたかった。
 俺が憧れたあの子と同じように俺もあの子のヒーローになりたかった、けれど叶わなかった夢。
 

 世界で一番になりたい。
 幼い頃にあの子が言った言葉だ。
 その為の努力と才能が彼女にはあって、俺には無かった。
 それだけの事でしかない。
 そう思えるようになった。
 俺自身が何も出来なくても、この世界は成立しているし俺よりも優秀な人に任せていれば物事は上手くいくことも知れた。
 俺は英雄にはなれない。
 でも変わった世界の今の俺なら英雄を作り出す事は出来るかもしれない。


 
 俺は英雄を作りたい。
 俺だけの英雄じゃなくて皆が憧れる紛い物や偽物なんかじゃない、本物の英雄を。
 今も昔も俺のヒーローは千尋なのだから。


 ☆ ☆ ☆


 純からの念話を受けて出迎える為の準備を整えた。
 身だしなみにも気を配る。
 スーツも着こなしているとは言い辛いが何とか着ている。
 この山場を超えれば俺のニートヒモ生活も安定する。
 収入源にも困らないし、必要な物もお金さえあれば何とでも出来るようになるのだから是非とも成功させなければならない。

「どうかな?変じゃない?」

 嫁に身なりの確認を頼む。

「少しそのままでいろ……これでよし。後は到着を待つばかりだが、領域内に入れる手筈は大丈夫なのか?車で来るんだろう?」

 少しだけネクタイを直して貰った。

「その辺は純が何とかするって言ってたから任せてある。まぁ純なら何も心配無いと思う」

「そうか……それで交渉役は本当に私で良いんだな?」

 結婚の事は俺自身が、冒険者協会に関しては千尋が主にやる事になっている。

「その方が良いからな。俺は基本的にここからは出られないし、出るつもりも無い。押し付けるようですまないが頼むよ、俺は裏方に徹した方が良い」

 俺が表に出てしまえば何か対策を講じられる可能性もある。
 少なくとも<怠惰>がバレてしまえば只じゃすまないのは分かり切っているのだ、不安要素はなるべくなら排除したい。

「そうだな……悪人よりも善人の方が時として厄介な事もあるからな。私達でお前という存在を包み隠してやるのが最善だと理解はしている。それでも好きな人が世間に評価されないのは少し悲しいものだよ……それだけは覚えていてくれ」

 千尋の気持ちは良く分かる。
 分かるからこそ俺は英雄を生み出そうとしているのだから。

「ありがとう千尋」


『領域内に入るよ!』

 遂に来た。

『分かった、ありがとう』


「純から連絡がきた、もうすぐここに到着するぞ」

 大海博信と初対面、地元じゃ知らない人は居ない程の大物。
 緊張はある、けれど勝ち筋は見えている。
 不安は無い。

「こちらの準備は万端ですよマスター!」
 メイズも準備は万端。
「まぁスキルも付与して貰ったからな、不甲斐ない結果に終わらないにように頑張るよ」
 千尋も然程緊張はしていない様子で安心した。


 ☆ ☆ ☆


 車が家の前で止まって、暫くするとインターホンが鳴った。

「はーい!今行きまーす!」

 メイズと千尋を引き連れて玄関に向かい戸を開いた。

「初めまして、どうぞ中へ」

 ナイスミドルな紳士のような人と小柄で純の姉妹と勘違いしそうな人を家の中へと招き入れる。

「初めまして。お邪魔します」
「お邪魔します!」
「ただいま!」

 我が家に招き入れるとメイズが居間へと案内してくれる。
 メイズに興味深々な様子の純ママ、メイズの動きを観察している。
 純パパは緊張した様子も無く、落ち着いているようだ。

 先導するベルに着いて行き居間へと着いた。
 全員が席に着いたのを見計らってベルが飲み物のオーダーを取る。
 全員がコーヒーを選びコーヒーが英美里によって直ぐに運ばれてきた。

「改めて軽く自己紹介をさせて頂きます。私が児玉拓美で、隣に居るのが妻の千尋です。本日は招待に応じて頂きありがとうございます」
 自己紹介をしてから軽く頭を下げた。

「では私達も。私が大海博信、そして妻の朋美だ。今日は招待して頂き感謝しているよ」
「娘がお世話になっております!母の朋美です!」
 寡黙な感じの父親と明るく元気な母親。
 純は母親に似たのだろう。

「本来であればこちらから出向くのが筋だとは思いますが諸事情の為私はここを離れる事が出来ないので、どうかご容赦下さい……本日招待させて頂いたのは娘さんとの結婚の許可を頂く為です!私には既に妻が一人居ますが、それでも純さんを心から愛しているのです!ですのでどうかお願いします!娘さんと結婚させて下さい!」

 頭を下げて結婚の許可をお願いした。
 隣で純と千尋も頭を下げている。

「頭を上げなさい、下げていては話がし辛いのでね」

 頭を上げて純の父親の目を真っすぐ見つめる。

「私達は君たちの結婚を認める。正妻では無く妾として迎え入れるという事も理解している。私達は純がそれで良いと言うなら構わないんだ。昔からこの子は頑固でね、そんな純が君と結婚したいと言った時から反対なんてしても無駄だと理解しているし、もしもここで私達が反対でもしたら純は何をするか分かったものでは無いという事も……おめでとう!純!素敵な人に出会えたんだね」

 思っていたよりもあっさりと結婚の許可が貰えた。
 博信さんは終始穏やかな顔をしていた。

「純ちゃん!おめでとう!お母さん嬉しい!昔から結婚するなら拓美君が良いって言ってたもんね!……良かったね!」

 朋美さんは少しだけ涙ぐみながら、それでも明るく元気に我が子を祝福していた。

「ありがとう!お父様!お母様!私、幸せよ!」

 両親と抱き合う純。
 親子の感動の一幕に俺達が入り込む隙間は無い。
 あっさりと結婚の話も終わってしまった。
 とりあえず安心している。
 でもここからは未知数だ。
 どうなるかは分からない。
 最悪の事も考えなければならない。























「それでは、ここからは<冒険者協会>についてと私がここから離れる事が出来ない理由なんかも説明したいのですが、良いですか?」
 ここからは千尋の出番だ。
 頼むぞ。



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