怠惰の大罪を背負ったけど何の因果か同時に娯楽神の加護を授かったおかげで働いたら負けの無敵状態になってゲーム三昧

きゅーびー

小さな発見は大きな事件13


 言葉の文化を作っていくのは若者である。
 地域差はあるだろうが、近年はテレビやSNS等の情報社会も手伝ってか若年層の方言離れが進んでいるように思われがちだ。
 中年層の人も高年層の人に比べれば方言を使用する事は少なくなっている地域も多いだろう。
 地方独特の訛りや方言は地方社会で生きていくには必須技能だ、習得していないと日常生活や仕事に支障をきたすこともある。
 だが地方で長く暮らすと若い時は訛っていなくても、方言を使えなかったとしても、年を重ねていくと社会的にどうしても訛りと方言を覚えて使っていかなくてはならなくなり、中年層になる頃には立派な訛りと方言を使う人になってしまう人も多い。
 人間は意外と順応性が高い生き物だ。
 聞き馴染みのある言葉は自然に覚えるし、気付けば自分でも使っている。
 テレビや動画で聞いた言葉を使うのは当たり前の事だ。
 特に若いうちはそういうものに触れる時間が親の言葉を聞くよりも長かったりする。
 だから親と子で訛りや方言の使用頻度も異なってくる。
 それを否定したり嘆いたりする人も居るだろう。
 けれど新しい言葉と古い言葉どちらも文化なのだ、大切にしていかなくてはならない。
 
 若者が都会に行くと訛りや方言を使う事が恥ずかしいと感じる事もあるだろう。
 不便に感じる事もあるだろう。
 標準語を日常的に使うようになることもあるだろう。
 でも忘れないで欲しい。
 方言や訛りというのは地方が育んできた独自性や個性とも言える素晴らしい文化であると。


 要するに方言を喋る子は素晴らしい。
 地方が誇るべき文化そのものである。


 ☆ ☆ ☆


 先輩は普段から猫を被っている。
 元来の性格故か見た目の影響なのかコンプレックスの塊らしい。
 本人以外誰も気にしていない事でも恥ずかしいと感じてしまうらしい。
 他者との違いが気になって仕方ないらしい。
 個性を誇りに思えないのは残念だが、その思考さえも可愛いと評判らしい。
 最初は皆そう思うのだ。
 そういう風に先輩や周りの人が話すから。
 だから本来なら人のコンプレックスについて言及しない方が良いが、先輩は別だ。
 この人はそれを求めているのだ。
 人からコンプレックス弄られるのを。
 その弄りに対して方言コンプレックスもあるけど咄嗟に出ちゃったアピールをするのだあえて。
 その方が受けが良いから。
 普通の人はこの方言アピールをされた時点でこの人なんか可愛いなで終わる。
 ここまでが1セットなのだ。
 先輩は本当に凄い、自分のコンプレックスを利用して好感度を計算で上げていくのだから。
 初対面の人が居るときは必ずこのムーブをする、俺という身近な存在を利用して。
 だが、俺だって馬鹿じゃない。
 ここまでの先輩の出方は予測済みだ。
 先輩の今日の服装を見た瞬間に「あっ……こいつまたやってんな」と。
 だからこそ俺の秘策は成功する。
 今まではこれ以上言って来なかった。
 だが今日はこの先へと行く。

 方言出ちゃったアピールして恥ずかしそうに俯く振りをしている先輩に止めを刺す、すみません先輩。


「良い加減、そのムーブ見飽きましたよ先輩!」
 笑顔で言い切った。

 勢いよく顔を上げて俺の顔を睨む先輩。
 憤慨しているだろう事は一目で分かった。
「なんでそんなこと言うの?」
「なんでもクソもそういうのは今日は辞めましょうって事ですよ」
 先輩は頭が良い、俺の言葉を聞いてその真意を探ろうとしているのが分かる。

「それは猫を被るのは辞めようって事?」
「はい、お互い腹割って話がしたいです」
 先輩にこんなことを言いたくは無かったが、これでやっと交渉のテーブルに先輩を着かせる事が出来そうだ。

 顎に手を当て何かを考えている先輩。
 ものの数秒で思考が纏まったのか、机の上で両手を組み口を開いた。
「そう……拓美君が私に反抗したのはこれが初めてね、それで何が目的なの?」
 こんなやり方までして目的はなんだと、自愛に満ちた微笑みを俺に向けながら言った。
「先輩を救うのが俺の目的です、先輩は本気でダンジョンに挑むんでしょう?力を授かってしまったから」
「えぇ、私は本気よ」
 真っ直ぐに俺を見つめる瞳は覚悟を決めた瞳に見えた。
「死にに行くつもりですか?」 
 机の上で組んだ手に力が込められたのがわかってしまった。 
「その可能性が高いとは思ってるよ……でも簡単には死ぬつもりは無いよ」
 何故、死ぬ可能性が高いと分かっているのにダンジョンへ向かおうとするのか。
 答えは簡単だ優しいから。
 先輩は本気で世界を救いたいと思っているんだろう。
 だから、死ぬ覚悟も出来ている。
 だから、今日この家まで来てくれたんだろう。
 今生の別れになるかも知れないから。
 犠牲になるつもりなんだろう、この人は。
 大方<超常現象対策本部>に人が集まっていないという情報を知ってしまったんだろう。
「悲劇のヒロインにでもなるつもりですか?」
 先輩の瞳孔が開いて驚きの顔を浮かべた。
「どうして……そう思ったの?」
 いつものように動揺を隠しきれていない、やはり秘策を使っておいて良かった。
 化けの皮を剥がしていなければ、適当に煙に巻かれていたと思う。
「んー……長年の付き合い?……まぁ先輩は頭が良くて優しいから今まで雲隠れしてたけど、世界がこのままじゃヤバイと本気で考えたでしょ。そして自分には力が有る。でも一人の力じゃ何も出来ない。<超常現象対策本部>に入ってもこのままじゃ世界を救うのは無理だと安相さんの会見を見て思った……ここまでは合ってますか?」
 名探偵のように自分の推理を披露していく。
「えぇ、概ね正解よ……」
 感心したように軽く頷きで返してくれる。
「そして、先輩の予想通り<超常現象対策本部>には人材が全然集まって居なかった……なので自分が矢面に立ってダンジョン攻略出来れば最良、自分がダンジョン内で死ぬ事が及第点、雲隠れを続けて何もアクションを起こさないのが最悪って感じですか?」

 小さくぱちぱちと拍手する先輩。
「正解!凄いね!良く分かるね!」
 尊い。
「それでここからはあんまり自信が無いんで……質問しても良いですか?」
「どうぞどうぞ!」
 小っちゃな両手を一生懸命に俺に差し向けてくれる。
 尊あざとい。
「俺が先輩の化けの皮剥がして無かったらどうしてました?」
 ここが一番知りたかった。
 またも顎に手を当てて考える素振りを見せる先輩。

「んー……そうね!適当にお別れして終わりかな?」
 俺の中で最悪の展開だった。
「俺達を勧誘するつもりも無かったんですか?」
 先輩は首を軽く横に振ってから口を開いた。
「無いよ……当たり前でしょ!可愛い後輩を死地に向かわせる訳ないじゃない!……まぁ貴方達が何かしらのカミングアウトをしたらもしかしたら誘ってたかもしれないけど……それでも多分、誘ったりはしなかったかな……犠牲は少ない方が良いでしょ?」
 犠牲。
 先輩は理解しているのだろう、この世界の危うさに。
 俺達が何かを隠している事に。
 けれど気付いていても問い詰めたりはしない。
 この段階で声を上げれば犠牲になる可能性が高いから。
 それならば人柱は少ない方が良いと。
「だから世界を救う人材を集める為に生贄に立候補したんですね……どうしようも無くアホですね、死んでも治らないんじゃないかと心配になりますよ。無事に攻略出来れば功績を使って宣伝塔になり、攻略出来なければ自らの容姿も計算に入れての悲劇のヒロインですか……そんなに世界を救いたいですか?」

 俺の話を聞いて、手を口に当てながらクスクスと人を小馬鹿にするように笑っていた。

「そんな大それた事は思って無いよ!ただ現状を理解したい、理解させたい、それだけだよ!」

 なんでも無いように笑顔で言い切った、やはりこの人は格好良い。
 時代が時代なら英雄にでもなれたかもしれない。
 それ程の傑物。
 俺がどんなに手を伸ばしても届かない場所に立っている人。
 俺がずっと恋焦がれてきた憧れの人。
 ドライで現実主義な所もあるけど身内には甘いし、力を持つ者には義務が生じるなんて本気で思ってるし。
 
 この人はいつもそうだ<喫茶なごみ>に関しても。コーヒー狂いなのは間違い無いが、わざわざあの店に拘る必要は無い。
 もはやオーナーの技術なんて当の昔に会得済みだし、開業資金だって余裕で稼いでいる。
 けれど<喫茶なごみ>を守り続けていた、オーナーや常連の為に。
 
 こんな時代錯誤な英雄気取りを死なせたら、俺はあの世で待ってる両親に何を言われるか分かったもんじゃない。
 最悪両親に呪い殺されるまである。

「はぁー……」
 大きく溜息が出てしまう。
 どうして俺はこんな厄介な人を好きになってしまったのだろうか。

 独善的で偽善者で嘘つきで横暴で傲慢でひた向きで真っ直ぐで誠実で誰よりも優しくて誰よりも厳しくて頭が良くて三十路手前で未だに中学生に間違われるような人なのに。
 まるで物語に出てくる<のじゃロリ>じゃないか。
 どうしてこんなチンチクリンが好きなのか自分でも理解出来ない。
 俺の好みはスタイル抜群の美人の筈なのに。
 俺の好みの対極の存在なのに。
 なのにどうしてこんなにも魅力的なんだろうか。

「むっ……なんだいその溜息は、幸せが逃げてしまうよ」
 何故こんなにも緩いのか。
「先輩のせいで出た溜息なんですから、責任取って俺を幸せにしてくださいよ」
 何故こんなにも安心感があるのか。
「まぁ……私がダンジョンを攻略出来たら考えてやらなくも無いかなぁ……でも拓美君には既に千尋ちゃんが居るからねぇ」
 何故人の恋愛事情に首を突っ込んでニヤニヤと厭らしい笑顔を向けてくるのか。
「はぁ……」


 
 冷静に考えると、好きじゃない気がしてきた。
 これはもしかして、不良がちょっと良い事したらどんなに悪い事やってても良い人かも知れないと勘違いしてしまうあれかもしれない。
 そういえば俺はどうして先輩が好きだと思ったんだっけ。
 もはや昔の事過ぎて思い出せない。

「俺ってなんで先輩の事好きになったんでしたっけ?」
 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥の精神で先輩に聞いてみた。

「それを面と向かって私に聞いてくるあたり、拓美君も大概だよ?……まぁ良いけどさ。<容姿端麗で成績優秀でスタイル綺麗で一生懸命練習する姿を見て好きになりました!>って言ってた気がする……」
 確実に捏造された記憶だった。
「そんな事俺が先輩に言う筈が……無い……でしょ……!」
 似たような事を言った記憶はあるが、相手が違う。
 











「おまっ!それっ!えぇっ!なんで先輩が知ってんすか!しかもスタイル綺麗じゃなくて!剣道のスタイル綺麗って言ったからね!俺は!」
 言いながら、そのセリフを唯一知っている筈の人の方へ顔を向けると自慢気に胸を張ってドヤ顔していた。




 
 

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