首吊り死体が呪う村、痣のスミレの狂い咲き

藤野

「凄い……!」
 僕は思わず呟いていた。一面に広がる鮮やかな紫と、甘い香り。べっとりするような香りでは無く、どこか爽やかで心地良い。


「凄い! ここ、お花が咲いたらこんなに綺麗だったんだ! もうお父さん、今まで黙ってたのー?」
 鈴子ちゃんが茂さんを小突いている。
「いやあ、花の良さが分かる年頃になってから見せようと思ってただけだよ」
「独り占めしたかっただけでしょっ」


 二人が楽しそうに話しているけれど、僕には目の前の美しい花畑しか目に入らなかった。
「どうだ香寿、綺麗だろ。ちょっと時間はかかるが、下まで降りるか?」
「降りたいけど、そろそろ帰らなきゃ……」
 夕暮れ前までには家に帰る約束なのだ。


 茂さんは微笑み、そうだなあと呟いた。


「じゃあ降りるのはまた今度にしよう。
 ま、降りたところであるのはここから見えるもんと同じだからな。俺は花畑っつーのは遠くから見るのが一番好きなんだよ」


「えー、帰っちゃうの? 私まだ見て……」
「なあ香寿、俺が言う前からこの向こうに墓があるのを知ってたか?」
「ちょ、ちょっとお父さっ」
「知ってるか?」


 茂さんが鈴子ちゃんを無視して真剣な表情で問いかけてくる。


 ……なんだか、怖い……。


「一応、知ってはいる、けど」
「いいか二人とも、もしここに来たくなっても、俺が一緒じゃないときは絶対に駄目だ。大人がついていてもな」


 僕達は頷くだけで、何も言えなかった。
 それだけ、茂さんの雰囲気がいつもと違ったのだ。


 その後すぐにまた明るい茂さんにもどったけれど、僕達は何とも複雑な感情のまま神社まで降りた。

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