青篝の短編集

青篝

いつまでも待ってる

私は死んだ。交通事故だった。
運転手は大学生の男の子で、
仲間達と酒を飲んで盛り上がり、
そのまま車を運転してしまったらしい。
歩道を歩く私の背中から激突して、
男の子は足を折る大ケガを負ったものの、
命の危険はないという。
そして、私はその場で死亡を確認された。
え?どうして私が、
私が死んだ後のことを知っているかって?
答えは簡単。
死んでもなお、私は存在しているからだ。
いや、存在しているというのは正しくないか。
私は、存在していながら存在していない。
まぁつまり、幽霊になったってこと。
よくテレビで見るような
白装束こそ着てないし、
頭に三角の布も付けてないけど、
私は幽霊になっていた。
仕事終わりの服装のまま、
気づけば私は、自分の亡骸を見下ろしていた。
最初こそ驚いたし、
この世の真理に理不尽を覚えたけど、
ほとんど即死だったためか、
私はそれ以上の感情を抱くことなく、
自分の葬儀を最後まで見届けていた。

「さぁ、あかね様のご遺骨を、
こちらの骨壺に入れてあげてください。
きっと今頃はまだこの世界にいますから、
誰が一番入れてくれてるかなと、
皆様のことを見てますよ。」

そのスタッフさんの言う通り、
火葬場で私は家族を見ていた。
私が事故に遭って約1週間が経ったが、
父も母も急に老けてしまったように見える。
2人ともまだ50代の前半だというのに、
そんなにやつれた顔をしていては
これからが心配になってしまう。
両親は大粒の涙を流しながら
私の遺骨を納めていたが、
私の夫…慶矢けいやさんは違った。
慶矢さんは、娘の蒼依あおいを抱き上げ、
ほとんど慶矢さんの手で
蒼依にも遺骨を納めさせると、
その場で一番、一生懸命に遺骨を拾う。
一滴の涙さえ流すことなく、
使いにくそうな長さの違うお箸で、
小さな私の欠片まで集めていた。
だけど、私は知っていた。
私が死んだあの日の夜、
病院の廊下でオオカミの遠吠えみたいに
大きな声であなたが泣いていたことを。

「あかね…俺も、いずれそっちに行く。
何年後になるかは分からないが、
それまで、待っていてくれ。」

私のお墓に手を合わせて、
慶矢さんは私に話しかけてくれる。
あぁ…あなたのその言葉に応えられないことが、
悔しくて悔しくて仕方がない。
でもやっぱり、蒼依の成長を見れないことが
私にとって何よりの未練だと思う。

「あかね、蒼依が物に掴まらなくても
立てるようになったんだ。」

すごいじゃない。
でも、ケガには十分気をつけてよ?
顔に傷でも残ったら大変なんだから。

「あかね、蒼依が小学生になった。
あかねが選んだランドセル、
とても気に入っていたよ。」

それは嬉しいことね。
まだ好きな色も知らなかったけど、
私の娘なら水色が好きになると思った。
蒼依が産まれてすぐに
買っておいて良かった。

「あかね…やはり、俺に育児は難しい。
今日も小さなことで
蒼依の機嫌を損ねてしまった…。」

そんなこと言わないで。
不器用なあなたの優しさは、
きっと蒼依の心にも届くから。

「あ、あかね…蒼依に恋人ができた……!
まだ中学生だっていうのに、
今すぐ別れさせた方がいいのか?」

大丈夫、安心して。
私とあなたの子なら、
きっと優しくてたくましい、
いい男の子を見つけたはずよ。

「あかね……蒼依の恋人な。
どうやら先輩の女の子らしい。
わざわざ2人で同じ高校を選んだって、
ついさっき、蒼依から聞かされた。
俺はもう…どうしたらいいのか…。」

あら、相手が女の子でもいいじゃない。
大事なのは気持ちよ。
私達だって、そうだったでしょ?
恋の邪魔なんて、誰にもできないんだから。

「あかね、蒼依が泣いていた。
付き合ってた女の子から、
別れようって言われたらしい。
誰に似たんだか、
今も部屋で独りで泣いてる。
こんな時、俺には何もできん…。」

そう…それは辛かったでしょうね。
でも大丈夫。
一度挫折したくらいで、
私達の子は負けたりしない。
今よりもっと強くなって、
次こそいい恋にするわ。

「あかね…俺も随分歳を取った。
先月、あかねの母上様のみどりさんも、
父上様に続くように逝った。
そっちで、楽しくやっているか?」

うーん…どうかな。
つい最近会ったような、会ってないような……。
会った気はするけど、一度しか会ってないかな。

「あかね、来月に蒼依が結婚する。
昨日まで学生だった気がするのに、
月日が流れるのは早いな。」

ふふっ、もしかして寂しいの?
でも良かったじゃない。
あなたのその様子じゃ、
きっといいお婿さんなんでしょう。
もしかして、今回も女の子なの?

「えっ…と、お母さん…久しぶり。
その…ずっと来れなくてごめんなさい。
私にはお母さんの記憶がないから、
どうしても、来れなかった。
お父さんも辛そうだったし…。」

まぁ、本当に蒼依?
こんなに大きくなって、
べっぴんさんになっちゃって、
私の若い時によく似てる。
…蒼依、お父さんから聞いたよ。
結婚おめでとう。
あなた達には見えないでしょうけど、
披露宴には私も絶対行くから。
それから、蒼依。
今までのことなんて、
気にしなくていいんだからね。
私のことはいいから、
蒼依は蒼依の人生を精一杯生きなさい。
それが、私の……最後の望み。

「あかね…ついに俺に、孫ができた。
あかねによく似た女の子だ。
産まれたその日に、蒼依のやつが
俺に名前をつけろなんて言うもんで、
すごく悩んだけど、美白みしろとつけた。
変じゃないだろうか。」

「あかね。今日で仕事を辞めたよ。
満期満了の定年退職だ。
時間もたくさんあるし、
これからはゆっくりする予定だ。」

「あかね…。明日から入院することになった。
どうやら、腸に癌があるらしい。
しばらくの間は…いや。
もうこれで最後かもしれない。
俺ももうすぐ、あかねの所へ行くよ。」

そしてある日。男は死んだ。
男が清らな川を渡ると、
そこに1人の女性が待っていた。
笑顔を交わす2人は手を繋ぎ、
ゆっくりと歩いて行った。

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