青篝の短編集

青篝

街の描写

ふらっと立ち寄ったレンガの街。
市場を行く人々が波のように
あちらからこちらへ流れ、
この辺りで取れる魚や穀物を買い漁る。
市場を離れて広場へと足を運べば、
子ども達が両手を広げて空を仰ぐ。
その無邪気な姿に頬を緩めて、
私はレンガの道を歩いていた。

「そこのお方、何をお探しで?」

振り返えると、老人が私を見ている。
真っ白な髪の頭をした、
優しそうな瞳を持ったおじいさん。
はたから見ても異郷の者だと分かる私に、
彼は手を差し伸べてきた。

「そうですね…強いて言うならば、
今夜の宿と食料を。」

私がそう言うと、
彼はニッコリと笑みを浮かべて
丘の方を指で示して見せた。

「食料は市場で買うのがよろし。
宿屋ならば、あの小山の膝元に、
お節介な婆やのボロい宿がある。」

「これはいい情報をもらった。
助かるよ、御老人。」

帽子を脱いで胸に当て、
私は頭を下げた。
彼はというと、ほっほっほ…と
機嫌良さそうに笑いながら
どこかへ歩いていった。
私は、この先しばらくの食料を買う為に、
ちらりと見ただけだった市場へ向かった。

「おっ、兄ちゃん見ない顔だな。
旅人か?この街は初めてか?」

気前よく話しかけてきたのは、
果物や野菜を売る男だ。
背が高く、筋肉も立派な色男。
タバコを蒸かしながら、
足行く人々に野菜を売る。
ふむ…果物はともかくとして、
野菜は乾燥させれば日持ちする。
ちょうどいい店に声をかけられたものだ。

「あぁ。この街の西から来たんだ。
ここは活気があっていいな。」

「ガッハッハッ!そうだろう!
男も女も、年寄りも子どもも、
みんな病気もケガもしねぇ。
そのくらい、ここの人間は強ぇぞ!
ガーハッハッハッ!」

なんだか少しだけ
会話が噛み合っていない気もするが、
そんなことを気にするような
人間はここにはいないのだろう。
どこまでも自由で、気ままで、
それがこの街の人々の特徴だ。
たった数時間しか滞在していないのに、
身に染みてそれが分かった。

「店主、日持ちの良い野菜を3日分……
いや、4日分見繕ってくれ。」

野菜も果物も、どれもよく熟していて、
大きさもかなりの品だ。
きっと、育て親の腕がいいのだろう。

「おぉ!気前がいいな!
それじゃ、見繕ってやる!
ふん…これと、これと、これと、これだ!
オマケでこれもくれてやるが、
代金は銀貨12枚だ!」

これだけの野菜を買って銀貨12枚とは、
ここは値段も安いらしい。
前の街で野菜を買った時は、
この半分程の量で
銀貨を8枚も持っていかれた。

「ありがとな兄ちゃん!また来いよ!
ガーハッハッハッ!」

しっかりと代金を払い、
私は野菜を抱えた。
自分の手で持って改めて実感するが、
この野菜の量で銀貨12枚は安い。
旅をしている身からすると、
非常にありがたいことだ。
さて、野菜の次は肉だ。
野菜と同じように、とはいかないが、
肉も乾燥させればそれなりに日持ちする。
特に鳥の肉は脂が少ないから
肉本来の旨みを損なわない。

「鳥の肉を買いたいのだが、
2kgだといくらになるだろうか。」

立ち寄ったのは肉の店。
若い女が売り手をしているが、
無愛想な表情で、目つきが悪い。
手のひらでサイコロを遊ばせながら、
女は私の方を睨むように見る。

「……金貨2枚だ。」

ぶっきらぼうに女は答えた。
やはり、ここの店も安い。
私が懐から金貨を2枚出すと、
女は慣れた手つきで肉を2kg分、
肉用の紐に括り付けた。
それを私の方に突き出して、
これもぶっきらぼうに言う。

「……毎度。」

私がそれを受け取ると、
女はなにやらゴソゴソとやって、
何かを私に投げてきた。

「……持っていきな。」

私の手元に飛んできたのは、
小さな枝切れのようだ。
暗緑色の粒がたくさんついた、
20cm程の枝切れ。
そしてそれが何なのか、
私は分かってしまった。

「コショウか。これはありがたい。」

おそらく女は、私が旅人だと気づいて、
このコショウをくれたのだろう。
長い旅をする中で、
たくさんの調味料は持ち歩けない。
しかし、コショウの実があるだけで
その味の幅は大いに広がるものだ。
コショウは肉にも野菜にも合うし、
旅をするのにこれ以上の調味料はない。
女に頭を下げて、
私は人混みの出口を探す。
食料は手に入ったし、
あとは宿屋を目指そう。
そこに荷物を置いて、
しばらくこの街を歩こう。
老人が言った山に近づくにつれて、
周囲は静かに穏やかになる。
そうした静寂の中に、
私はその宿屋を見つけた。

「泊まりかい?」

開けっ放しのドアに入ると、
老婆が声をかけてきた。
それなりに歳を取っているように見えるが、
足腰はしっかりしているようだ。

「あぁ、風呂付きの一人部屋で一晩、
私を泊めてくれないか。」

簡潔に要件を述べると、
老婆はニッコリと笑う。
その笑顔が先の老人にそっくりで、
私は二人の関係性を想像した。

「はいはい。お風呂とベッドだね。
1日だけなら銀貨2枚だ。」

「この街は宿まで安いのか」

「あら、嬉しいことを言ってくれるね」

銀貨2枚と引き換えにして、
部屋の鍵を受け取る。
奥の階段をギシギシと上り、
部屋の扉を開けると、
そこには質素な空間があった。
ベッドとイス、化粧台、クローゼット。
ただそれだけの部屋だった。
しかし、それだけで十分である。
ベッドの横に荷物を降ろし、
乾燥させる為に野菜達を並べる。
窓を開けて空気の通りをよくすれば、
あとは一つ、呪文を唱えるだけ。

「…この手に、太陽の加護を。」

淡い橙の光が部屋に飽和して、
じっくりと野菜達の水分が飛んでいく。
このまま3時間程放置すれば、
立派な乾燥食料の完成だ。
そして、その暇な時間を潰す為に、
私は宿屋をあとにした。

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コメント

  • ヘンゼルとグレテル

    新着の投稿作品から来ました。短編でとても読みやすいです。世界観も好きです。応援しています!

    1
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