元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

圧倒的!



俺も選手たちも初めての文化祭に浮かれながらも、練習を頑張ってやっている。

選手たちからはテストの結果はどうだった?と遠回しに聞いてこられる1週間だった。


特に雪山はあまりにもしつこいくらいに聞いてきた。

次の試合スタメンで使うと俺は言ったが、テストの結果でスタメンを決めると言ったので、スタメン落ちしていないか気になっているようだ。


残念ながらスタメン落ちしていたが、どうだろうねの一言でずっと受け流してきた。


金曜日になってあまりにも選手達が気になっている様子だったので、練習前に全員を集めてスタメンを発表することにした。



「…はい。これが明日のスタメンね。ちなみに桔梗は上位9人に入ってたけど、俺の判断でスタメンを外れてもらった。このスタメンには本来なら入れなかった人もいるから、スタメンに選ばれた9人はこれからも気を抜かずに頑張ってね。」



「「はいっ!!」」



「それと、桔梗を除いたスタメンに入れなかった5人は反省してね。試合を見ることで参考になる選手がいたりもするし、それよりもこんなことで試合に出られないのは嫌だよね?なら、ちゃんと試合は見るようにしてね。」



「「はい。」」


俺が選手の立場でも後悔するだろう。

試合さえ見てればスタメンで出れたかもしれないのに、それを怠ったせいで準々決勝という重要な試合に出られない。



「はい。それじゃ今日の練習始めようか。それと、スタメンに選ばれなかったからって手を抜いて練習してたら、途中からも使わないし、準決勝でもスタメンに選ばないからね。」



「みんな声出してダッシュで練習するよ!!」



「「おぉぉー!!」」


明日のキャプテンもレギュラーに選んだ夏実に任せることにした。

美咲はここまで調子が良かっただけに使いたかった。

本人がそれを1番分かっているようで、あのミーティングから自分に喝を入れ直して練習に没頭していた。


自分が俺の問題に全然答えられず、スタメン落ちしていると分かっているからこそ自分を律している所には好感が持てる。


雪山は本当に酷いもんで、相手のチーム名と勝ったチームしか分からないお粗末さだった。


雪山、美咲、かのんの三馬鹿トリオと言われてる3人と、そこで一緒に見ていた選手は全員もれなくスタメン落ちしていた。

試合を見てなさそうなかのんだったが、結果はぶっちぎりの1位だった。


かのんに試合あまり見てなかっただろと聞いてみたところ、ちらちら見てたし、自分の見たものを頭の中で映像にして振り返ればいいだけだと言われた。


瞬間記憶能力というやつなのだろうか?

俺も見た選手などの野球に関する記憶だけはいいと思うけど、かのんの記憶能力と比べるのはおこがましい気もする。


それにしても桔梗の今日のシートバッティングの調子がいい。

俺は小濠高校のピッチャーの才川さんの真似をしながら、彼女のスリークォーターからよく投げていたスライダーとシンカーを選手たちに投げてあげた。



本気で投げないとはいえ、150球くらい投げるのでかなりしんどい。

俺が投げる時のシートバッティングは少し特徴的で、後半にはツーストライクからという想定で、ひとスイングで決めろというバッティングをさせている。


ストライクなら見逃しても終わりだし、ファールを打ってもお終いで、集中する力を付けさせることを目的としている。


練習なんだから、気持ちよく打って終わりたいという気持ちも分かる。

俺は試合の為の練習がモットーなので、練習でも今のバッティングは良くなかったから、次はこうしようと工夫するし、ちょっとだけでも後悔出来る。


試合でしか得られないものを練習で感じられるなら、気持ちのいい終わり方よりも後悔や課題が見つかることの方が相当重要なのだ。



桔梗は前半は俺が投げるシンカーを軽く打ちながら、タイミングや曲がり方をしっかりと確認していた。


後半の打撃ではシンカーをレフトスタンドに叩き込んで、スライダーストレートも長打コースへ打っていた。


出来るだけ才川さんのピッチングを再現して、選手達は自分がこの前観戦した時のイメージと、俺の投げるボールを比べながら打っている。


イメージが出来るか出来ないかによって大きく結果は変わるので、俺がその手伝いができるなら150球投げるくらいは特に苦痛でもない。


勿体なかったのが、スタメン落ちした雪山や美咲が調子よさそうに打っていたことだ。

逆に心配なのが、この前の試合いいバッティングしたはずの円城寺からは思い切りの良さが感じられない。


何度か声をかけて、フルスイングをさせて気持ちよく打たせてみたが、後半になるにつれてコンパクトに打ち始めていた。



「んー。どうしたもんか。」


いい所と悪い所が結構くっきりと分かれる最終練習になった。

明日の先発の梨花が投球練習をしていたので、10球くらい受けてみたりもしたが、梨花に関しては一切問題を感じなかった。


ストレートのノビやキレとコントロール。
スプリットの落ち方も落ち始める位置もいつも通りだった。



「いいと思う。ここまでにしてクールダウンしてきて。」



「うーん。ちょっとマウンドに上がって少しだけ投げさせて欲しいんじゃが。」


梨花から追加で投げたいと言われたことが無かったので、一瞬反応が遅れてしまった。



「まぁ10球くらいならいいけど、力を入れ過ぎないようにね。」



「ちょっと待ってください。バッターがいないと感覚が違うから打席に立ってくれないですか?」



この梨花の提案も俺に向けられたものとは思えず、その場を後にしようとしてしまった。



「ちょいちょい!龍!明日の試合に向けての調整なんじゃろ?ワシの気分上げに付き合え!…ください…。」


「俺と?」


「他のやつは明日のピッチャーを想定して調整しとるんですよね?変に崩したら可哀想じゃないですか?」


梨花の言うことにも一理あるし、明日の試合の予行演習には悪くは無いと思う。

梨花が見計らったようなタイミングで、ノックが終了してグランドが空いた。



「はぁ…。何が目的か分からんけど、10球だけね。」


「話通じるやん。んじゃ行きましょ。」


敬語を使おうと思っているのは分かるが、テンションが上がると俺に対しては変な言葉遣いになるようだ。


監督に対しては、しっかりと敬語を使えるし、俺にも敬語を使おうという意思が見えるだけマシとしておこう。


梨花がマウンドに上がり、ブルペンで途中まで受けていた七瀬がマクスを被る。


俺個人の練習用の木製バットを取り出して、梨花達が待つバッターボックスへ向かう。



「金属じゃ無くてええんですか?」



「別に勝負じゃないからね。いつでも好きな時に投げてきていいよ。」


「ふん。余裕こいてたら足元掬われるけ。」


俺と梨花が対決するとなると、他のことをしていた選手も流石に気になるのか、俺たちの様子を興味津々といった感じで観察していた。


監督に簡単に説明すると、少し乗り気で審判をしてくれることになった。


俺が左打席で構え終わると、サインが決まっていたのか、すぐに足を上げて1球目を投じてきた。


「ボール。」


力が入ったのかストレートが高めに浮いてボールワン。


「ボール。」


次はアウトコースの地面にワンバウンドしそうなストレートでボールツー。


緊張してるとは思えないが、少し力が入りすぎている。

こんなことでブルペンで調子の良さそうだった梨花が崩れるなら、拒否するべきだとすぐに後悔することになった。


と思ったが、梨花の雰囲気が一段と鋭いものに変わったような気がした。


この2球を布石として次のボールを打たせにくるつもりなのか?

どっちみちストレートかスプリット。

ツーボールから俺を抑えようと思ったら、ストライクを取りに来そうなストレートと見せかけてゴロを打たせるスプリットか?


3球目、俺の予想通り選んできたボールはスプリットだった。

ストライクからボールになるいいスプリットで、打とうと思えば打てなくもないようなボール。



「ボール!」


スプリットを狙っていたので、打つ自信はあった。

自分の頭の中にある梨花攻略方法を重視した。

これこそシンプルな方法だ。
ストライクからボールになるスプリットは完全に無視して、ストライクを取りに来たストレートを打つ。


このシンプルな方法を打開して梨花が抑えるには、ストレートでねじ伏せるしかない。

それが出来ないと梨花のスプリットは俺に通用しない。


ストレートを待っていないと打てないと思わせることが出来ないと、梨花の更なる飛躍はない。


俺は梨花と対戦することで気づいた。
この一年生大会の相手では満足出来ないんだろう。


伊志嶺さんからホームラン2本を浴びて、一皮むけた梨花にとっては退屈なのかもしれない。


気持ちは分からなくはない。
それで俺との勝負を持ち掛けてきて、全力で抑えに来ている。


けど、それは間違っていると思っていた。

いくら俺が実践から離れてるとはいえ、毎日のように自主練は欠かさず行っている。


去年のグランドで姉が本気かどうかは分からなかったが、姉のボールをスタンドに運ぶことくらいは出来た。


梨花は女子野球の1年生にしては相当な力を持っているのは間違いない。

逆に言えばそれくらいの実力でしかない。



「ボール!フォアボール。」


梨花のアウトコースへのストレートが外れてフォアボール。

約束の球数は残り6球となり、梨花はまだストライクを取ることが出来ずにいた。



「西さんも東奈くんの前では無力だね。」


「ツッキー。そんなこと言いながら写真撮るのはどうなの…?」


「だって夏実!東奈くんカッコイイじゃん!プレーしてる姿が凄い好きなんだよー。」


「確か東奈くんの追っかけしてたんだっけ?そんなに好きなの?」


「好きっていうか…。夏実の好きとは違うと思うけど…。憧れの存在って感じ!」


「な、な、なに言ってるの!」



周りがざわざわしているのは分かるが、今は梨花との対決に集中しないといけない。

ここまで来てもあまりこの勝負は乗り気になれない。


形ではフォアボールを出した梨花は焦っている様子はないが、最初の時の勢いがあまりない気がする。


カウントがまっさらになってから、ストレート、スプリットが外れて早くもツーボールになった。


これで6球目。

梨花は俺に対して、どこにどのボールでストライクを取っていいかを迷っている。

こうなると分かっていたからこそ、勝負ではないと先に釘を刺しておいた。



「このまま10球連続ボールの方が明日に影響出るから、とにかくストライク投げさせて。」



「う、うん。わ、わかりました…。」


七瀬も緊張しているのか、中々サインを決められずにいる。

多分投げるボールは梨花が決めているんだろうが、七瀬もその気持ちを汲んで投げさせようとしているはずだ。



7球目。


やっとアウトコースの低めにストレートを投げ込んできた。


俺はそのボールを無理やり引っ張ることなく、逆らわずにレフト方向に流し打ち。


木のバット特有の軽い打球音と共に、鋭いライナーの打球があっという間にレフトフェンスにワンバウンドして当たった。


いい当たりだったが、捕られている可能性もあるのでこれは別にアウトでもいい。


本人からすれば完璧に打たれたと思っているだろうが、俺も少しのズレでやや先っぽに当たってしまっていた。


1打席勝負というのは絶対にバッターが不利だ。

後3球で勝負は終わるので、気持ちよく終わらせるために空振りしてもよかったが、それをしてしまうとコーチとして練習は真剣にやれと言ってることが嘘になる。



俺はボール球のスプリットを一球見逃して、多分次に来るであろうストレートを必ず打つ。


ここは狙い撃ちしてもいい場面だ。
7球ボールを投げてきて、残りは2球しか残っていない。


ならあと2球に1球は必ずストライクを取ってくる。

ラストボールはスプリットであれストレートであれ、ストライクゾーンで勝負をしてくる。

なら1番コースを狙って勝負出来るのはこの9球目だろう。



俺は完全にストレート狙いで踏み込んで行った。

梨花の選んできたボールはストレートじゃなく、真ん中付近からストライクゾーンギリギリに落ちるスプリットを投げてきた。


普段なら狙い球と違うので見逃すが、10球と限られた球数での勝負でストライクゾーンを見逃すのはやめようと思っていた。


早めのタイミングで踏み込んで行って、投げた瞬間スプリットと分かったので、体重を軸足に残して、下に落ちてるくるボールを打つ為にバットを出す軌道を変える。


いつもは基本的に平行にスイングするが、下に落ちてくるボールの時はバットを遠回りさせるように、下から軽くすくい上げるようなスイングに変える。


ストレートならホームランを狙っていたが、狙い球ではなかったので、素直に打ち返した。



「えぇ…。」


グランドにいる選手たちが俺の打球を見て声にならない声を漏らしていた。


素直に打ち返そうとした俺の打球は女子用のフェンスを軽々と越して、センターバックスクリーンに設置してある防護ネットの中段に突き刺さった。



素直に打ちに行ったのがよかったのか、完璧なタイミングと1番ボールの飛ぶ場所で捉えることが出来た。


120m位は飛んだだろうか?

梨花には悪いが、久しぶりに広い場所で遠くにボールが飛ぶところを見ると、気持ちいいなというのが素直な感覚だった。


そして、最後の一球はストライクゾーンを狙って来たストレートだった。

ややアウトコース高めのストレートをライト方向へ打ち返した。



「やべ。打ち損じたかな。」


少し打ち損じた打球は高いフライになって、そのままギリギリライトスタンドに飛び込んだ。


ここから入ったところまでは82m〜83mしかないので、普通だったらライトフライだった。

俺からすればライトフライだったけど、梨花からすればホームランはホームランなのだ。



「これで10球ね。」



「…ふぅ。ありがとうございました。」



梨花は俺に帽子を脱いで深々とお礼をした。

少し悔しさを滲ませていたので、慰めた方がいいと思ったが、俺は梨花の考えを少し正してあげるべきだと感じていた。



「俺に少しは通用すると思った?」


「いや、別にそんなことは思って無いですけど…。」


「どう思っててもいいけど、俺には通用しないよ。まずは桔梗を軽く捻るくらいにならないと俺に勝とうなんて思っても無駄。」


「な!なんやと!?」


「なら聞くけど、俺が本気で投げて桔梗をが打てると思う?」


「それは…。」


俺はシート打撃の時にピッチャーをすることが多い。

そこで5割くらいの力で投げても、選手たちは簡単にヒットを打つことが出来ない。


梨花も打席に立って俺の球を打つこともあるし、明らかに手を抜いてるボールでも打てないのに、本気で投げるボールを投げられて打てるかどうか考えたらすぐに分かるはずだ。



「まずは福岡県内でNo.1ピッチャーにならないとね。これから戦うであろう強打者をねじ伏せることを考えた方がいい。」



「…………。確かに。ワシは龍の実力を分かってたつもりだったんじゃが、少し調子乗ってたかもしれないです。」


「別に気にしてないよ。ただ、自分が本当に目指したいところを見つけていこう。そのためにはまずは実力をつけないとね。」



梨花は力強く頷いて、俺の言いたいことを分かってくれたようだ。

俺のように実力のある人にはしっかりと敬意も払えるし、案外素直に言うことを聞いてくれる。



「けど、球自体はいい球来てたし明日もこの調子なら大丈夫。」


「おう。いや、はい。頑張ります。」



梨花との対決も勝ち負けというのはなく、俺が梨花へ対決という形の指導をしたという感じだ。



予定とは少し違う練習内容になったが、試合に向けて各々気合いが入っているように見えた。


他に困った事といえば、月成が目を輝かせながら俺に質問攻めしてきたのに少しだけ困ったくらいで大会前最後の練習を終えた。



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