元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

全国区!



秋季大会終わって1週間が経った。
福岡県大会優勝は天神女学院で、準優勝が福岡商業だったらしい。


光琳館は準決勝で福岡商業に対して9-2と5回コールド負けで、多分うちが準決勝に進んでも近いスコアになってただろう。


練習開始時間はある程度決まっており、6限目の後に掃除をしてホームルームが終わるのが大体4時前くらいだ。


練習は一応4時半からで、早く来た選手達からグランド整備をしたり、練習道具を出したりとバタバタしている。


監督が来るのが5時過ぎか、遅い時には5時半までかかる。

その間は俺もウォーミングアップを選手たちと一緒に行う。

わざわざ別々にする必要も無いし、選手たちに混ざることで分かることもある。



「足の調子大丈夫そう?」


「もう痛くないし、東奈くんにテーピングしてもらったし大丈夫。」


美咲の足首の捻挫も軽症で軽く走るくらいは問題ないようだ。


遠山先輩も検査を受けたが、脳にも特に問題もなく少し腫れていただけで今は元通りで一安心だ。


うちはウォーミングアップもクールダウンの時も声出しをしない。

とある監督が海外に行った時に日本の高校野球児は全員坊主で、規則的に並んで声を出して走る姿が囚人だと言われたらしい。



日本では当たり前の部活動の光景も海外からしてもそうだし、スポーツをしたことのない人から見れば、異常に見えてもおかしくないなと納得してしまった。



俺が中学の時もやめませんかと、監督に直訴してそれを受け入れられて声出しランニングはなくなった。


練習前も後もどちらもトレーニングの為に走り込んでるわけではなく、運動をするための準備なのでそれぞれにペースがある。


ゆっくりと長く走りたい人もいれば、早いスピードで一気に身体を暖めたい選手もいる。


これはとても選手達に好評だった。

なので、今ランニングしている選手たちは仲のいいチームメイトと話しながら走ったり、かのんや雪山のように競争しながら走っている選手がいる。


怪我明けの美咲も周りを気にすることなく、ゆったりと駆け足くらいのスピードで走れている。


最低でも15分はランニングするという制限はあるが、梨花は30分くらいは走っている。

自由にすることで選手たちの性格や練習の取り組み方も分かって、俺はデメリットがないと思っている。


古い指導者は団結力がだとか、伝統を重んじろだとか言ってくることもあるが、日本に染み付いてるスポ根が、スポーツ業界を衰退させている一面もあると思っている。


ランニングが終わると、2人1組でストレッチを行う。

それも特に誰とペアとかも決めたりはしていない。

グランドに現れるのは全員一緒のタイミングじゃないし、遅い選手をわざわざ待つのは効率も良くない。


ランニングする時間もバラバラなので、空いてる人達がその日に組んでやるという形になっている。


絶対に一緒にやっている人達もいるが、別にそれはそれでいいと思う。

俺もキャッチボールやストレッチする時は、たまたまその場にいた選手だったり、逆に一緒にやろうと指名されたりもする。


俺に絶対に声をかけて来ない選手ももちろんいる。

1年なら雪山。
2年生なら進藤先輩と剣崎先輩からは声を掛けられたことがない。


俺から誘ったことはあるが、逆は1度もなかったはずだ。



「ひ、ひ、ひがしなくん…。」



「お疲れ様です。進藤先輩から話しかけてくるなんて。何かありましたか?」



「い、いや。た、たまにはキャッチボールでも…どう…かなって…。」



そんなことを考えていたら進藤先輩からキャッチボールのお誘いを受けた。

ストレッチは身体に触れるので、流石にそれはNGらしい。

俺も学校一と言われる美貌の先輩とストレッチするなんておこがましい気すらする。



「もちろんいいですよ。それじゃストレッチ終わったらまた声掛けてください。」


ストレッチはどうしても選手の身体を触ることになるので、ストレッチだけは女子同士でやってくれとお願いしている。


どうしてもとお願いされればしないこともないが、ストレッチでそこまでお願いされたことはない。



「先輩。もっとボールを捕ってから右手に持ち替えるまでのスピード意識してみてください。」


「う、うん。わかった!」


進藤先輩にはあまり指導できる機会が無いので、指導を仰がれた時は詰め込み気味で色々と話をしてしまう。



「すぐに持ち替えて、正しい握りに持っていく反復練習も大事ですけど、何球かに一球くらいはちゃんと握れてなくても投げる練習した方がいいですよ。」



「わかった。」



基本中の基本で、投げるまでにボールの縫い目にきっちりと合わせて投げれば1番いいし、その細かい動作をどれだけ正確に素早く出来るかも立派な技術のひとつだ。


それでもそんな一刻の猶予もない場面が訪れることもある。

そういう時にどんな握りでもある程度きっちりと投げられる技術があれば、リカバリーもしやすい。


前者は内野手に必須なスキルで、後者のどんな握りでも投げれる技術はキャッチャーにかなり求められる。


外野手は捕ってから投げるまで助走をつけることが多いので、そこまで重要視される技術ではない。


その代わり、遠投することが多いので遠くに投げる能力とコントロールが要求される。


ある程度指導しながら進藤先輩とキャッチボールを長めに行った。



「あ、ありがと。また…キャッチボールしよ。」


「いいですよ。何時でも誘ってくださいね。」


俺に帽子を脱いでニコリと天使のような笑顔を見せて、駆け足でベンチの中へ戻って行った。



「ちょっと一旦全員集合ー。」


監督が全体練習前に全員を呼んだ。
この時だけはすぐさま全員がバックネット前に集まってくる。



「九州大会の組み合わせ決まったから発表するね。1回戦の相手は沖縄の琉球波風高校になったよ。」



「えっ。波風…。」

「まじ…。」



1回戦の相手の名前を聞いて全員が騒然とし始めた。

みんながザワザワする気持ちもよく分かる。


「はいはい。静かにー。波風高校はここ8年間で1回も春の甲子園を逃したことの無い高校だから、厳しい試合にはなると思う。」


選手たちは厳しい表情で監督の話を聞いている。

この中の何人かは内心無理だと思いながら話を聞いているだろう。



「とにかくやることはやるしかない。あまり時間はないけどやるべき事をやっていこう。」



「「はいっ!!」」


「それじゃ、打撃練習から始めようか。」



選手たちはすぐに解散して2年生から打撃練習を開始して、1年生たちは守備位置に就いた。

いつもと変わらず練習中はテキパキ動いていたが、明らかに選手たちは動揺していた。


白星初の九州大会進出で、かなり高いモチベーションでこの1週間練習出来ていた。

監督の一言があるまでは…。
それでも俺には考えていることがあった。


それにしても名前を聞いただけで、選手たちのモチベーションを刈り取るレベルの波風高校。


例年波風はかなりバライティーに富んだ選手が多く、沖縄の風習を完全に取り入れた練習スタイルが特徴だ。


プロ野球に近いやり方で、全体練習は練習時間の2.3割くらいしかなく、ほとんど個人練習で練習内容も選手任せだ。


専用グランドを持っていて、かなり広く2箇所で打撃練習が出来るレベルだ。

守備練習、打撃練習と分かれていて自分が取り組みたい内容の方で練習出来る。


ブルペンでの投球練習がほとんどなくて、投球練習したい時はシート打撃に登板して実践的な内容になっている。


ピッチャーにすれば、もっと落ち着いて投げたい人もいるだろうが、バッターが本気で打ってくるし、コントロールがバラついても修正する能力を鍛えられそうな気がする。


バッターも打撃投手やマシンのボールを打つよりも、本気で投げてくる投手の球を打つ方が何倍もいい練習になる。


筋トレなど地味なトレーニングも選手任せらしい。

あまり筋トレせずにナチュラルな身体でプレーした方がいい選手もいれば、身体を鍛えて足りない能力を補いたい選手もいる。



全寮制で上下関係が相当緩いらしく、後輩が先輩のお世話をすることが禁止されている。

かなり自由を重んじるやり方だからこそ、それに憧れて入学する選手も多い。

厳しい決まりももちろんある。

自由だからこそ数少ないルールを破ると、レギュラーでもキャプテンでもなんでも1発でレギュラーから外されて、2度目は退部というルールがある。


自由だからこその罠がある。
自分に厳しく追い込むことが出来ない選手は、ぬるま湯に浸かって段々差をつけられる。


自由=楽

そう思っている内は絶対にレギュラーを掴むことが出来ない。


やらされれば嫌々きつい練習も出来るが、自分でメニューを作って吐くまでトレーニング出来る選手が、波風高校でレギュラーに登りつめている。


そのスタイルを白星でもやろうと思っても難しい。

その理由は選手の能力差が大きい。

波風高校は全国から自ら行きたいと選手が集まってくるので、才能のある選手がたくさんいる。

そこから選ばれた選手たちがレギュラーに抜擢されていく。

うちがそれをやって、かのんや梨花があまり練習をしなくなったりしたらそれこそお終いだ。


才能のある選手を適度に贔屓しないといけない。

贔屓せずに平等に教えようとは心掛けるが、チームのことを考えるとどうしても贔屓は生まれてしまう。


俺の指導論だけど贔屓は差別ではない。

レギュラーが中心に打撃練習をしたり、守備練習をしたりするのと何ら変わりはないと思っている。


最初から好き嫌いを決めたり、私情を持ち込みすぎるのは論外だと思う。



「桔梗ー。ちょっといい?」


「はい。なんですか?」


「日曜日の練習試合も4-0だったけど、なにか心当たりある?」


「んー…。強いて言うなら九州大会までに調子を取り戻したいと焦りすぎてるかもしれないです。」


「それは何となく伝わってくるけど、精神的な面じゃなくて技術的な面は?」


「力が入りすぎてフォームが崩れたりしてますか?」


「ちょっとこっちに来て見てみて。日曜日の試合のフォームを撮ってるから。」


まずは桔梗に自分のフォームがどうなっているかを確認させる。

そこでまずは選手が自分のプレーを見て、気づくかどうかを確かめさせる。

1番いいのが自分のほんの僅かなズレに気づく事だけど、自分を第三者視点で見てもそもそもこんなフォームだったっけ?と思うことが多い。



「分かるような分からないような…。調子悪いのを自覚出来てるからこそ、どこもおかしい気がします。」



「そんなにおかしいとこは無いんだけど、ただいつも捉えてる位置が前過ぎてるね。それによって開きが少しだけ早くなってる。」


そう伝えると何回か映像を繰り返して見ていた。

それでも中々違いに気づくのは難しいが、そこらへんは流石は桔梗だった。


「何となく理解出来たみたいだね。今日は桔梗に付きっきりで崩されたフォームを修正するよ。それじゃ早速やろうか。」


俺達はティーバッティングから始めて、日曜日の試合で崩されたバッティングフォームを少しづつ直していく。


試合をすると打撃フォームを少なからず崩される。

特に海崎先輩のようなアンダースローの投手に特に狂わされる。

試合中、その投手に合わせれば合わせるほどフォームを崩されてしまう。


野球の性質上、バッターが狂わされるのはどうやっても避けられない。

ピッチャーはバッターに的を絞らせないように投げるし、バッターは打つために体勢を崩してでも打ちに行く。



ピッチャーによっては相手を狂わせることを心情としてくる投手もいる。

うちが戦った相手でその傾向にあるのは、友愛の一ノ瀬さんが動くボールを使いつつ、相手を翻弄して少しづつ狂わせていく。


投げてくるかは分からないが、波風高校には相当な軟投派の投手がいる。


我那覇洋乃がなはひろの



最速でも120km/h満たないくらいのストレートとツーシーム。

変化球はカーブ、スライダーと伝家の宝刀といえるチェンジアップ。


オーソドックスな普通の投手に見えるが、厄介すぎる点が一つだけある。

伝家の宝刀のチェンジアップのスピードを完全に殺して、やや流れるような変化をつけたり、逆にほとんど落ちないようかチェンジアップを投げ分けてくる。


我那覇さんのチェンジアップは80〜100km/hとスピードのコントロールもやっている。


その多様性のある変化自体が問題ではない。

映像をコマ送りにして、ストレートとチェンジアップのフォームを比べてもコマ送りしたから分かるというレベルで、普通の映像を見ても見分けをつけるのは不可能だ。



だからどうしたと思う人もいるだろうが、例えばバッティングセンターに行って120km/hのボールを打っていて、いきなり90km/h前後のボールが来たら反応できるだろうか?


スピードを落とした緩い球を投げるのには力を抜かないといけない。

逆にストレートは力を抜いて投げたらスピードが落ちる。

ならチェンジアップはどうなるか。

ストレートと同じフォーム、同じ腕の振りで80〜100km/hのランダムのスピードでボールが来る。


ストレートと思って踏み込めばまずその緩急で体勢を崩される。

逆にチェンジアップを待てば、ストレートが来た時に反応できない。


ストレートかチェンジアップに的を絞ることも出来るが、スライダーやカーブを織り交ぜながら投げてくる。


そして、他の投手よりもスピードを重視したツーシームで芯を外してくる。



的を絞らせないことに特化した打ち崩し辛い投手の1人だ。


今年の夏の甲子園で天神女学院に対して、7回2失点と安定した投球をしていたのでよく覚えている。



甲子園では背番号10だったが、新チームになってエースナンバーを付けている可能性は高いだろう。



「コーチ。次は何したらいいですか?」


桔梗が話しかけてきているのに気が付かなかった。


「もう1箱打とうか。今の感じでも悪くないけど、もっと引き付けて打ってみて。」


「はい。わかりました。」



桔梗に対してリズム良くボールをトスして、いつもよりも遅いタイミングでスイングさせた。


前に移っているミートポイントをいつものポイントよりも後ろで打たせ、少しづつ前にミートポイントをずらしていく。



「はぁはぁ…。」


「次は俺が投げるから、ライトにホームランを打つイメージで打ってみて。」



「わかりました。」



カキィーン!!


桔梗のバットから快音が響いて右中間にボールが飛んでいく。

俺もコントロールに気をつけて、アウトコース気味のど真ん中へボールを投げ続ける。


同じコースに投げて、桔梗は同じリズムとタイミングとスイングで同じような打球を放っていた。



「悪くないけど、右中間じゃなくてライトの頭を超えるくらいまで引き付けてみて。」



桔梗は俺の言った通りにライトの頭上を狙ってスイングしていた。


言ったことを簡単にこなすのは技術がいる。

技術があるからこそ今スランプになっている。

スランプは技術的なことよりも、精神的なとこも大きく関わってきている。

今、打つポイントを後ろに下げて修正をしている途中に見えるが、俺の注文通りにライトの方向へ強い打球を打ててるという過程が重要なのだ。


だからこそ俺もかなり慎重に1番打ちやすい場所に投げ続けている。


最初は考えながら打っていた桔梗も、小一時間ずっと打ち続けている内に考えることをある程度やめて、感覚で打ち始めている。


その段階に移行したらフォームのことや、ミートポイントのことは考えさせない。


おかしくないかどうかは俺が注視して、おかしければ指摘するし、問題なければそのまま間髪入れずに打たせ続ける。



「ありがとうございました。」



「お疲れ様。少し休憩したらまたティーバッティングするから。」



「はい。」



桔梗はその後も俺が付きっきりで、永遠と打たせた。

かなり疲れが見えて来たところで打たせるのを止めさせた。




「今日はこのくらいかな。」


「はぁ、はぁ。ありがとうございました。」


「俺がいいって言うまで家でも練習でも素振りするのは禁止ね。打つ時は俺が付きっきりで見るからね。」



「はい。わかりました。」



桔梗は汗だくになりながら、俺に深々とお礼してすぐにクールダウンに行った。



「お疲れ様。橘はどんな感じ?」


「お疲れ様です。最後の方はいい感じの疲労と、同じことの繰り返しで無駄なことを考えずにバットを振れてましたね。」


「なら橘のことは完全に任せるね。それと、1回戦の波風高校との試合どうする?」



天見監督も全国区の波風高校との試合に頭を抱えているようだ。

監督としてはどうしても勝ち上がって、甲子園出場という夢を叶えたいだろう。



「偶然が重なればもしかしてってレベルじゃないですかね?真っ向勝負で勝てるなら、光琳館に負けるわけないと思いますよ。」



「はは…。まぁそうだよね。私が試合に勝てるとしたらこういう試合運びだと思うけど…。」



監督のプランは先発海崎先輩で、相手が合わせくるスピードが早ければ2巡目からは梨花を投げさせる。


打つ方は上位打線が打つのを祈るという、作戦でもなんでもないやり方だったけど、小細工して1点ずつ取っても多分ジリジリと差を広げられるだけだろう。


地力が違うとコツコツ点を取っても、相手にも同じように点を取られて最後は力の差で負けるパターンが多い。


海崎先輩と梨花が抜群の投球をしても、3点は覚悟しておいた方がいい。


コツコツ3点を取れたとしても、延長戦になれはまずうちに勝ち目はない。


それならヒッティングで大量得点を狙った方が勝ち目はある。



「そうですね…。一応相手の分析とかをしてみてつけ入る隙があれば、そこを突いていきたいですけど、致命的な弱点があると思えないですね。」



「そうだね。今回ばっかりは選手たち全員が100%以上の力を発揮してくれることを祈るよ。」



少し投げやりな監督の気持ちも分かる気がした。

はっきり言って他県の優勝校と当たる可能性は高かった。

それでも波風高校以外ならまだ何とかなるレベルだった。


それがピンポイントで波風高校と当たってしまって、監督自身もショックなんだろう。


それでも試合は4日後には始まる。

勝てる勝てないはこの際置いておいて、選手たちがこの逆境をどれだけ跳ね返せるかにかかっていた。



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