元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
考え方!
試合が終わり、いつものようにクールダウンに向かう選手たちだったが、明らかに落ち込んでいるのが分かる。
今日の試合は色々と問題点があった。
チームとしての完成度がまだまだ低いのは実感していた。
それでももう少し選手たちは強いものだと思っていた。
試合中に起こるアクシデントや試合の流れに左右されすぎて、実力差がどうだとかそういうレベルの話ではなかった。
チーム全体が個々の能力を落としたのか、元々ここまで来れたこと自体が運がよかったのか。
俺が1番実感したのは、精神的支柱になっている大湊先輩に負担がかかりすぎている。
ここまで俺や監督が期待した以上のリーダーシップと野手としての活躍。
この試合も悪い流れになってもチームを鼓舞し続けた。
その影響なのかプレーにやや精彩をかいたような気がした。
クリーンナップの打撃内容も褒められたものではなかった。
桔梗はあれだけ調子が悪くても3出塁したことは褒めれるが、相手の投手のレベルと桔梗の打撃のレベルを比較すると流石に物足りないと思ってしまう。
思ったよりも重症だったのは、バッテリーの方だ。
梨花の初回のコントロールが乱れての失点は練習でどうにか出来るとしても、バッテリーと呼んでいいのかすら分からない投球内容。
七瀬はまだまだ発展途上だし、今日の試合の経験値はこれまでの練習の何倍も本人の力になってくれるだろう。
この試合で一番よくないと思ったのは、梨花のキャッチャーに対する考え方だ。
キャッチャーのことを壁にしか思っていないピッチャーもいれば、二人三脚で歩んでいるバッテリーもいる。
色んなパターンの投手の球も受けたし、対戦もしてきた。
その中でも特に梨花は何を考えているか分からない投手の部類に入る。
キャッチャーを壁にしか思ってない女王気質ならそれはそれでいい。
別にそういう訳でもなく、かといってキャッチャーに求めているところもない。
干渉されたくないと思っていたが、最近では雪山から慕われて、いつの間にか普通に話すくらいには仲良くなっていた。
誰に対しても距離がある訳では無いのが分かった。
今日のキャッチャーが正捕手の柳生じゃなかったからとかは関係なく、七瀬でも柳生でもサインに反対することはない。
「リードは任せるわ。」
試合中にキャッチャー達が梨花にリードのことを相談すると決まってそう答える。
これまで問題なく抑えてきたからこそ、今日の試合の6失点が頭から離れない。
試合中は七瀬がまだまだだと思っていた。
梨花は1年生のレベルでいえば強豪校のエース級ではある。
だからといって、何でもこなせる万能な投手でもないのは確かだった。
いつもマイペースに落ち着き払って投げているが、これまでの野球の経験からすればあれだけ落ち着いて投げられるわけが無い。
姉の光に近づいていける投手だと期待するあまりに、俺はなにか重要なことを忘れていた。
俺の姉は野球を愛し、女子選手の誰も見たことのない景色を見ている。
高校の時も1年の天見監督を言葉よりも、行動で引っ張って成長させていった。
梨花も周りから見れば、実力的にはまだまだな七瀬に全てを任せて引っ張っているように見えた。
でも実際は違った。
梨花には梨花の足らない部分を指摘して、嫌でも精神的な成長も促していかないといけないだろう。
クールダウンが終わるのを監督と2人で待ちながら1人で色々と考えていた。
このことを素直に全体ミーティングで話すわけにもいかず、いずれ来る2人で話す機会に選手たちにもう一度話を聞き直すことに決めた。
「みんな今日はお疲れ様。負けはしたけど、試合に出たメンバーは色々と思うことも感じたこともあると思う。この場で色々と話すのはやめておくね。」
この後は今日の試合の流れについて、個人的な見解を選手たちに話していた。
その中でキーになったのは、チームとはなにかという事だった。
技術的な面は監督や俺がどうにかしてあげられる部分が大きい。
けど、1つのチームとして一人一人が何を思い何を感じるか。
次にその気持ちをチームとしてどうまとめていくか。
それは俺や監督が導いてあげるというよりも、プレーをする選手たちでやるべき仕事だと断定した。
選手たちはやはり抽象的な話に戸惑っていた。
それでも監督からすればそれが一番重要なことだった。
「今日の試合はこんな感じだね。私が最後にいったチームについての質問は受け付けないからね。各個人で考えてもいいし、仲のいいチームメイトと話し合ってもいい。後は君たちに任せる。」
「「はい。」」
俺からの総括は特になかった。
監督にも先程少し話したが、選手たちとしっかりと話し合う時間が欲しいとお願いした。
監督がある程度話していたことと似たり寄ったりで、同じことを聞かされる方も頭に入らないはずだ。
この日は結局次の試合も観戦せず、バスで学校まで戻り解散することになった。
頭を打った遠山先輩だけはぶつけた箇所が箇所だったので、病院に行くことになった。
足首を痛めた美咲は冷やすなどの応急処置をして、時間が経ってもそこまで酷い症状が出なかったので、月曜の朝から病院に行くと言っていた。
学校に戻っていつもなら自主練付き合ってと、言ってくる選手達も今日は声を掛けてこなかった。
今日は第一試合だったので、学校に戻ってくるのも12時過ぎで選手たちは気分転換に遊びにでも行くのだろう。
ユニホームを着替えて一応グランドに寄ってみたが、誰も自主練していなかった。
大会中で休みもなく、土日で十分に出かける時間は今日くらいしかなさそうなので、今日くらいはモヤモヤした気分を解消して欲しい。
「お疲れさん。流石に今日自主練する物好きはいないわな。」
特に何も考えるわけでもなく、グランドを見つめていた俺に梨花が話しかけてきた。
「びっくりした。自主練…。なわけないか。」
今日115球投げてチームで1番疲れている選手の梨花が自主練に来るはずもなかった。
これから投げ込みをするなら、コーチである俺に見つからないようにするはずだ。
「今からどこか出かけたりする?」
「はは。こんなラフな格好で流石に出かけたりせんわ。」
青色の半袖のTシャツに下は白のジャージと、ビーチサンダルという部屋着の様な格好をしていた。
「確かにこの格好で女の子たちとオシャレなカフェには行かないよね。」
「バカにしてんのか!?」
梨花の少しだけ怒った顔からは、今日の試合の負け投手だったことが微塵も感じられなかった。
無理に明るくしている感じでもないし、雰囲気はほとんどいつもと変わらなかった。
「龍のボール受けてみたいじゃけど、軽く投げてくれん?」
「怪我する可能性あるから軽くしか投げないけどいい?」
「それでええ。」
バシィッ!!
梨花は本番さながらの真剣な表情で俺のボールを受けていた。
梨花が捕りやすいように女子用のボールを使っているので、かなり手加減してストレートを投げていた。
「なぁ。今の球でワシのストレートとどっちが速い?」
「どうだろうね?同じくらいと思うけど!」
「いてぇ。軽く投げてるけど、ワシの投げとるストレートがクソボールに感じるわ。」
「え?なんか言った?」
「別になんもないわ!はよ投げんしゃい。」
それから軽く20球くらい投げると梨花がマウンドに上がってきた。
「あんがと。もうええわ。」
「いきなり受けたいなんてどうした?」
「別になんでもないわ。ただワシ達を教えてるコーチがどんなボール投げるか試したろと思っただけじゃ。」
「まぁそういうことにしとく。けど、それなら打席に立って体験してみたら?」
「スパイク履いたり、ヘルメット用意すんのだるいじゃろ。」
「バットに球が当たると思ってる?梨花の打撃は何となく分かってるからとりあえず打席に立ってみて。」
「……………。わかったわ。」
一瞬鋭い目付きで睨みつけてきたが、すぐに表情を戻して自分のバットを持って打席に入った。
少しイラッとしたのは伝わってきて、いつもやる気のなさそうな態度ではなく、打ってやるという気合いが感じられた。
『これくらいのことで打ち気になるならいつもそうしたらいいのに。』
心の中で軽くボヤきながら、早く投げてこいというジェスチャーをしている梨花に投げることにした。
1球目から全力で山なりのスローボールを投げた。
梨花は打つ気満々で踏み込んでいたが、少し唖然としながらボールを見送った。
「おい!これってピッチャーに打ち返す練習じゃねぇよな?」
「普通に打っていいよ。」
俺は性懲りも無く2球目の緩い山なりのスローボールを投げた。
梨花はまたしてもこのボールを見逃した。
「はぁ。あんだけ言っといて何だこのボールは。」
「スローボールだけど?ツーストライクね。」
梨花から急激に勝負の熱が下がっているのが伝わってくる。
俺は先程と同じように力感のないフォームからスローボールを投げるように見せた。
梨花もスローボールと思ったのかかなり遅めに始動していた。
キャッチボールするようなフォームでも、投げるまでは重心に体重を残しつつ、左足が着地したと同時にいつもと同じように体重移動を行い、一気に体を捻ってボールをリリースするまで段階的に力を次の動作に移していく。
踏み込むまではキャッチボールのようなゆったりしたフォームでも、これをピッチングフォームと見立てればそこからいくらでも強い球は投げられる。
梨花の遅すぎた始動のせいで、踏み込んだ時にはもうホームベースを通過する寸前のところにボールが到達している。
梨花は全く反応できずに1.2球目と同じような唖然とした見送り方で三振した。
「梨花は何かに悩んでるから、俺の球を受けたいって言ってきたんだよね?俺もどうしてあげたらいいかはっきり言ってわかんない。」
自分の目の前を通過して、バックネットに当たって跳ね返ったボールを拾い上げて、無言で俺にボールを投げ返してきた。
「この勝負を持ちかけたけど、俺になにか考えがあった訳じゃないんだよね。ただ一つだけ伝えられるとすれば…。」
「なに?」
「梨花はいいボールを投げられる投手だと思う。けど、まだまだチームを勝たせる投手じゃない。」
「……。それはワシがこのチームに要らないってことか?」
「そういう話じゃない。」
「じゃぁどんなつもりで今の言葉言ったんじゃ!答えてみい!」
「なら今日チームを勝たせるために何をしたか言ってみて。」
「なにをした…?先発として…なげ……。」
何かを言おうとしたみたいだった。
その何かを口に出していく内に口を紡いてしまった。
「七瀬の指示通りに投げてればチームの為になるって本気で思ってる?」
「今日四死球6だったよね?別にそれは問題でもなんでもない。梨花が出されたリード通りに投げただけで、そんなピッチャーがチームのエースにはなれないし、選ばれない。」
梨花は俺の方をじっと見つめてなにも答えようとしない。
図星をつかれて何も反論が出来ないのか、全く的外れなことを言って唖然としているのか。
「ふぅ…。そうか。」
梨花は一言だけ素っ気ない返事をすると、そのままバットを持って帰ろうとしていた。
「ちょ、ちょっと待って!それだけ?」
「…エースになるのに実力よりも気持ちの方が大切だって言いたいんか?」
「チームを勝たせるのがエースだ。投げる能力が1番優先なのは間違いない。けど、今の梨花からはチームを勝たせるという意思が伝わってこない。」
「それを言うならかのんはどうなんや?自分のことばっかりで、チームのことなんてどうでもいいようにしか見えんのじゃけど。」
「それを言われると耳が痛いね。かのんと約束したことがあってね。自由にしたいなら1番の信用を勝ち取れってね。あんだけ自由奔放だから伝わってこないけど、あれでも自重してるみたいだけどね。」
「梨花はどうなりたい?どんな相手でも抑えられる投球したい?ただ試合で投げられたら満足?」
「いい投手になることじゃ。」
あまりにもざっくりで、ピッチャーなら全員が思うような答えが返ってきて困ってしまった。
「まぁそんなこと誰でも思うわな。とにかく今持っている武器を鍛えることに集中しすぎたかも。」
梨花は最後にそう言い残すと黙ってしまった。
なにやら考えているようだけど、この場で考えてすぐに答えが出るようなことではない。
「悪いんじゃけど、今は答えられそうにないわ。でもあんがとな。」
「何もしてあげられてないけどね。」
「いや、ちゃんと話してくれただけありがてぇわ。もう少し考えてみる。」
梨花はグラブやバットを片付けて、2人で使ったグランドを整備しながら、先程の話の続きをすることにした。
「なぁ。龍は中学の時どんな考えた方で野球してたん?」
「俺も人のこと言えないけど、野球の技術の全てを手に入れる為に練習してたね。姉の為なのかな?逆に言えば、そんな気持ちしか無かったから野球を辞めたのかもね。」
「なるほど。じゃけど、ワシにはその気持ちがわからんわ。」
「その気持ちが分からないってことは梨花にとってはいい事じゃない?だって、それが分かったらいずれ野球への熱が無くなって、俺みたいに辞めちゃうかもしれないしね。」
「そういうことにしとくわ。この際じゃけ、なにか他に言いたいことないんか?」
「アドバイス…になるんかな?近いうちにくるかもしれないし、来年の今頃までには大きな壁が立ちはだかると思う。」
「壁?それって…」
「今言っても別にいいけど、その壁に当たって納得して前に進んだ方がいいと思ってるんだよね。」
「よくわかんね。その時が来たら考えてみるわ。」
俺の言いたいことはいずれ分かるはず。
もし、この言葉の意味が分からないならよっぽどの馬鹿か、俺の予想を超える才能の持ち主ということになる。
「わざわざ話してくれてあんがと。んじゃ帰るわ。」
「気をつけて帰ってね。」
「はいはい。んじゃまた練習でな。」
梨花は軽く手を挙げてそのまま帰ってしまった。
俺もグランドに他の選手たちが現れないことを確認して、そのまま家に戻ることにした。
梨花とは久しぶりにしっかりと話をしたような気がした。
この感じで少しずつ選手たちと話して、何を考えているかを知っていきたい。
今回は特に揉めることなく話すことが出来たけど、それは俺の事を信用してくれている梨花だからこそ、厳しいことを言ってもなんとかキレずにいてくれた。
「明日は…美咲の足の状態も知りたいし、美咲と話でもしに行くか。」
俺は明日にでも美咲と話を行くことにした。
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