元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

悩み!



試合が終わり、選手たちは興奮冷めやらぬ状態だった。

実際のところ、自分自身も顔に出さないだけでウキウキしながら、スコアブックに凛のサヨナラヒットを記入をした。


この次にも試合があるので、大湊キャプテンの一言で選手たちはまずはベンチを片付けてグランドを出た。


俺も持てる荷物を持っていち早くグランドを後にした。


次の3試合目は、福岡四強の一校の福岡商業高校。

相手はどこだか忘れたが、油断しなければ福岡商業が負ける相手ではない。


そして、うちが明日の光琳館に勝てれば準決勝で当たるのは福岡商業高校になる。


それを見越し、この後はクールダウンが終わり次第、全員で福岡商業の試合を見ていくことになっていた。



「あ、東奈くん?」



「えっと…。確か椎名さん?」


俺が一番最初にスカウトした椎名さんが福岡商業のユニホームを着ていた。

守備走塁面はやや物足りなかったが、打撃のレベルがかなり高かった選手。



ポジションはサードで、俺は初っ端のスカウトでもA特待でスカウトして無事に撃沈した選手でもある。



「よく覚えてたね!本当にコーチしてるんだね。スカウトされた時は信じられなかったけど、優秀なコーチっぽく見えるよ。」



褒め言葉なのか遠回しの嫌味なのか分からないが、彼女の雰囲気から、嫌味を言われてるとは思わなかった。



「背番号3…。スタメン勝ち取ったんやね。おめでとう。」



「たまたまファーストのレギュラーの先輩が怪我しただけだから、運が良かっただけだよ。」



謙遜とかではなく、彼女の口調からして本当のことなのだろう。


それでもA特待でスカウトしようとした選手が、ギリギリレギュラー取れるか取れないかのところだと思うと、福岡商業高校のレベルの高さがよく分かる。



「それでもいい選手っていうのは、そこからレギュラーに定着したりするもんだよ。頑張ってね。」



「ありがとう。東奈くん達も九州大会進出おめでとう。来週の土曜に試合できるといいね。」



「そうだね。そっちもまずは今からの試合落とさないようにね。」



軽く微笑んでそのまま横を通り過ぎてグランドに入っていった。


椎名さんが1年前からどれくらい上手くなったかはわからないが、それでも簡単にはスタメンになれないんだなと思った。


俺は選手たちのクールダウンを見ずに、早めにバックネット裏のいい位置に陣取って、福岡商業の試合を観戦することにした。


スコアブックには選手の活躍は書いてあるが、俺個人のノートにも選手の成績を写していた。

1年終わったら練習試合と公式戦の分を全員に配ろうと思っていた。


誰がどれくらい打ててるのかも数字にすれば分かりやすいし、レギュラー争いしてる選手からすれば、どれくらい差があるかも数値化されてる方がいいだろう。


試合結果

筑紫野女学院 4-5✕ 白星高校


野手成績

結果打安本点四死盗
四条4100000
時任3100000
橘桔3000000
大湊3300001
遠山3101000
月成2101001
瀧上2101101
柳生3001000
海崎2000000


途中交代

結果打安本点四死盗

王寺1101000
剣崎1000000


投手成績

結果回安振四死失責 球数

海崎7420041 93球



海崎先輩が今日の試合、四死球0なのが1番大きかったかもしれない。

海崎先輩はコントロールは悪くないが、案外四死球からの失点が多くなる傾向にある。


その悪いパターンが今日は出なかったのも勝因の1つにあげられる。



「お疲れ様。お母さんがこれ差し入れで渡しなさいって。」



「お、ありがとう。冬華さんにお礼したいけどどこにいる?」



「お姉ちゃんの試合終わって時間あるからって買い物行っちゃった。」



「そうなのか。それなら俺が冬華さんに会えなかったら代わりにお礼言っといて。」



「わかった。」



俺は冬華さんからの差し入れで凍ったスポーツドリンクを受け取った。

まだまだ暑いこの時期には凍っていてくれると助かる。


俺に飲み物を渡してすぐにどこかに行くと思っていたが、俺の隣に座ってきた。


「今日はとりあえずおめでとう。久しぶりにお姉ちゃんの試合見た気がする。打撃は相変わらずよかったし、それよりもエラーしたけどあんなに守備上手くなってるとは思わなかった。」



「まぁ、知らない人から見ればまだ下手くそなレベルだろうけど、入学してから約半年でここまで上手くなってるし、これからも上手くなると思う。」




「そうだよね。守備は監督さんが教えたの?それとも東奈先輩が?」



タメ口なのはもうどうでもよくなってきた。
それよりもちゃんと先輩呼びはするんだなというところが気になった。


「外野守備は基本的には俺が教えてるね。監督の方針に合わせて選手に技術を教えてるのは主に俺の方だから。」



「へー。それなら入学した後に先輩が私に指導するってこと?」



「まぁそうなるかな?自慢みたいになるけど、選手たちの自主練に引く手あまただから、練習後に毎日教えるのは無理だけどね。」



「なるほどねー。今日まで先輩のコーチとしての腕は疑問視してたけど、試合見てたら私が求める最低レベルはありそうだね。」



とても偉そうに俺の事を評価してる。
吹雪自体が人のことを誉めそうな性格ではなさそうなので、これでも俺の事を精一杯褒めてくれるのだろう。



「約束だからね。」



「約束?」



「九州大会に出たら白星に入るって約束!お姉ちゃんと同じチームになるなんてって思ってたけど、約束だから仕方ないよね。」



「ははっ。吹雪、改めてよろしく。」



「ふんっ。2年間は言うことある程度なら聞いてあげる。」



ツンツンしながらも俺が差し出した手をがっちりと握ってきた。

傍から見ればなぜ握手してるか分からないだろう。


握手をしながら、俺の目をじっと吹雪は見つめていた。

その吹雪の目から強い闘争心があるように見えた。



「おーい。東奈くん。人のこと呼んでおいてこんなところて女の子と握手してるの?」


やや気まずそうに話しかけてきたのは、俺が試合後に呼んでおいた七瀬だった。



「あ、これはあんまり気にしなくても大丈夫。」


「気にしなくてもって言ってもね…。」



「はじめまして。姉の氷がいつもお世話になってます。妹の時任吹雪です。」



「えっ?んーと、私は七瀬皐月。よ、よろしくね。」


どういうことか分からずに七瀬は少しだけ戸惑いを見せていた。

俺も吹雪と会わせるために呼んだ訳では無いから当たり前だろう。



「時任に会わせるために呼んだわけじゃないよ。単刀直入にいうけど、明日のキャッチャーは七瀬でいくからね。」



「え!私がスタメンマスク!?」



なにか怒られると思っていたのか、七瀬にとって嬉しいことのはずなのに戸惑いが隠せていなかった。



「九州大会進出も決めたし、七瀬が公式戦でどれだけ出来るかも見ておきたいって監督と話しててね。」



「………。」



「あ、九州大会決めたから負けてもいいとかそんなことを思ってる?そんな気持ちでマスク被るならすぐ交代させるから。」



「わかってる!ちょっと驚いただけでそんなこと思ってない。」



俺が煽るようなことを言ったので、いつもの七瀬らしくやや口調が荒っぽくなっていた。



「これ、明日の光琳館戦の試合の動画だから、相手の打撃とかみて自分でリードとか考えてみて。どうしても不明な点があれば教えるけど、俺が教えるのは1回だけだから。」



「わかった。けど、聞きたいことを聞けずに私が決めて打たれるかもよ?」



「合ってても打たれる時は打たれるし、気にしなくていいよ。七瀬がどういう思考でリードするかを見てみたい。」



「わかった。ダウンが終わったら見て考えてみる。」



俺が使っている野球用の高性能の大きめの携帯機を渡した。



「あ、吹雪ちゃんだったよね?来年うちに来るならよろしくね。」



「来年お世話になるつもりです。こちらこそよろしくお願いします。」



七瀬は今日1番真剣な表情で選手たちの元へ戻っていった。

キャッチャーとして短い期間でどれだけ成長したのか楽しみだ。



「あ、七瀬。梨花は今日どんな感じだった?」


「え?西さんはいつも通りだったと思うけど。」



「それならいいや。」



七瀬は不思議そうな顔をしていたが、なぜ聞いてきたかのかは聞いてこなかった。

明日の先発は調子が悪くなければ、梨花が投げる予定ではある。


今日ブルペンで受けていた七瀬が、いつも通りだったというなら問題ないだろう。



「私もいつもまでも横にいても仕方ないから行くね。次の試合の分析も頑張って。」



「あぁ。今日は応援に来てくれてありがとう。それとこれからの自主練でなにをやったらいいか分からないなら、氷に連絡してくれたらトレーニングメニュー作っておくよ。」




「あ、ありがと。お姉ちゃんを介するのもあれだから、これ私の連絡先。時間が出来たら連絡しておいて。それじゃ。」



少し嬉しそうな表情をしながら、日陰の涼しいところに移動するようだ。


吹雪の自主練メニューを作る。


ノートの後ろの方に貯めてあるやることリストに新たに1つ書き綴った。




福岡商業高校の試合をカメラで撮りながら、試合をじっくりと観戦していた。


確かにレベルは高いし、強いというのはよく伝わってくる。


あれだけ打撃のいい椎名さんでも7番で下位打線で、層は厚いようにみえる。


俺の第一印象は普通という言葉がしっくりと来た。

うちと試合すれば、10試合に2回勝てるかもしれないというレベルだ。


筑紫野女学院に勝ったうちならいい勝負はできると思っていたが、逆に最後にうちが上回る要素も特にはなかった。



普通といっても、高いレベルで普通というだけでうちと比べれば二、三枚は上手だろうなというのも分かっていた。


ならなぜ普通と思ったか。
注目する選手も特にいないけど、無視していい選手もいない。


チームの方針なのか、尖った選手よりも野球が上手いと思える選手がレギュラーをとっているような気がする。


椎名さんは中学生の時よりも守備走塁は上手くなっていたが、福岡商業のレベルでいえばまだまだだ。


それでも打撃は7番では勿体ないくらいのレベルだった。



相手の監督がどんなにことを考えているかわからないが、椎名さんは大きいのを狙わせて窮屈なバッティングをさせないつもりだろうか?


そういった気になることをノートにどんどん書いていく。

書いていって気にならなくなったことや、わかったことは線を引いて消していく。



最後までわからなかったことを家に帰って、何度も何度も映像で確認していくというのが俺のやり方だ。


気になったことも大なり小なりあるし、その小さなことが試合の鍵になることも大いにある。



「後は帰ってからじっくりと確認するか。」



5回の表を終えて、8-1となった。


多分このままコールド勝ちになると思い、一応カメラはそのままにしておいて席を立って軽く背伸びをした。


俺の思った通り、5回裏は予想通り0点に抑えそのまま試合終了となった。



俺は選手たちよりも早く帰る用意を済ませ、最後に吹雪と冬華さんと軽く話をしてバスに乗り込んだ。



すると、いつも俺の1人席のところにある女の子がやってきた。



「よくも伝令であんな指示出そうと思ったね!恥かいたっちゃけど!」



俺の隣にドカッと座ってきたのは、今日のヒーローの凛だった。

気分が良くなって忘れてる可能性もあるかと思っていたが、流石にそんなに甘くはないようだ。



「いいバッティングだったね。」



「それはありがと。やけど、あれとこれは別の話。」



「まぁ、あれは…。うーん。ごめん。」



少しは言い訳しようと思ったが、俺の思惑を話してもしっかりと結果を出したのは凛だ。



「謝られるとなんか責めづらいやん…。やけど、謝ったから許す!後、ありがとうね。」



「なんかお礼を言われることでもしたか?怒られはしても、感謝されることはないと思うけどね。」



「凛が勝手に感謝したかっただけやけん。」



俺はそれ以上何も言わなかった。
凛の緊張感を和らげて、迷いを消させるための伝令なのは間違いない。

それでももう少しやりようがあった気がするのも確かだ。

打てたから凛もあまり気にしていないようだけど、これで打てなかったら精神的に追い詰められる可能性だって0ではなかった。



あの時は考える猶予なく、強引なやり方になったので次の機会があれば、もっといいやり方を考えようと強く誓った。



「凛、今日の償いとかじゃないけど、明日スタメンで使うかもしれないから一応その気持ちでいておいて。」



「え?そんなこと勝手に言ってもいいと?」



「九州大会は決めたから、出来るだけ勝ちを狙いつつ色んな選手を見たいからね。」



「そういうことね。それじゃ、隣の席は空けておくね。」



軽く舌を出してイタズラっ子みたいな顔をして見せた。

そう言い残すと後ろの方の席に移動していた。


俺が1番気にしていた凛からのお叱りも済んだことだし、少しは気持ちを楽に帰宅することが出来る。


俺は思ったよりも選手たちのことを思っていて、そのせいなのかやや気にしいな性格なのもしれないと思っていた。



学校に着くと、明日の予定と今日の第1試合の光琳館の試合の解説を軽く行った。


吹雪から聞いた左ピッチャーの牽制の癖も全員に伝えておいた。


その後解散して、疲れている選手はそのまま帰宅したり、ちょっと寄り道してカフェに行く選手たちもいた。


リラックス出来て疲れを残さないのであれば、試合後は何をしていいと思っていた。



「東奈くん、今からケーキ食べに行くんだけど一緒に行く?」


「いや、自分は1年生達の自主練を見て帰りますのでまた今度行きましょう。」



今日は珍しく2年の先輩たちに遊びに誘われたが、今日の朝から試合後の自主練に付き合うようにお願いされていた。



「今年の1年はホントに野球好きだよね。私達は2年生でベンチに入れてないからちょっとやる気が無くなっちゃった。」



「熱がまた戻ったらいつでも練習に付き合いますので、その時は気軽に声をかけてくださいね。」



俺がそう伝えると少しだけホッとした顔をすると、2年生たちはケーキを食べに行った。


今日誘ってきた人達は、野球経験が無く高校から野球を始めた人達だ。

俺が基礎練として初心者の雪山達と一緒に付きっきりで教えることも多く、結構気軽に話しかけてくれるのは有難い。


運動センスは悪くないが、どうしても野球の能力差があると思ってしまってイマイチ練習にも力が入らないみたいだ。



今の1年生たちも少なからずそういう所が見え隠れしている。

まだ半年だからか、希望を持って練習に励んでくれている。


それでも試合に出られなかったり、レギュラーメンバーの本格的な練習に混ざれないことのストレスは間違いなくあるはずだ。



コーチとしてどうにかしてあげたい気持ちはあっても、やるべきことをこなした後じゃないと俺が教えてあげられることも少ない。



俺はグランドで今日ベンチで試合に出なかった1年と、ベンチ外の1年生達が一生懸命練習しているところを見ながらそう感じていた。



「東奈くん。今日もお疲れ様。」


「監督。お疲れ様でした。」


俺が選手たちの打撃練習をバッティングゲージの後ろで見ていると、ユニホームから動きやすそうな私服に着替えた監督が俺の隣にやってきた。



「監督も自主練見てあげますか?」



「見てあげたいけど、私も監督であり先生だから他にやることも多くてね。」



確かに天見監督は監督であり、立派な教師なのだ。

俺は学生でしかも、きつい練習をする訳でもなくコーチをしているので、監督と比べると大変さは天と地くらいの差がある。



「監督って言っても、教師としても監督としても2年目だから学ぶことばっかりだし、自主練は東奈くんに丸投げだからね。」



「それは全然気にしないでください。自分がスカウトしてきた選手達ですし、一生懸命練習してる姿を見ると自然に手伝いたくなるだけですよ。」



「ふふ。それならよかった。最近は1年生たちはどんな感じ?私はレギュラーメンバーを指導してることが多いから、その他の選手たちのこと知りたくてね。」



「そうですねー。特に変わりは無いと思いますよ。技術的な面なら確実によくなってはいます。精神的な面はどうですかね。試合とか実践的な練習が出来ないことに少し飽きてる感じはしますけど。」



監督は多分それくらいのことはわかっているだろう。

それでも俺に任せているということは、それが一番いいと思っているはず。



「私1人じゃ手が回らなかったと思う。東奈くんがコーチにならなかったら、違う人が来てたかもしれないけど、今の白星には東奈くんがコーチであってると思う。」



「そうですかね?そう言ってもらえると嬉しいですけど、自分もまだまだコーチとしてはひよっこですよ。」



これは紛れもない事実なので謙遜とかではなく、素直に苦笑いしてしまった。



「東奈くんは同級生の誰もが羨むほどの実力を持ちながら、それを誇示しないところが1年生たちに信頼されるひとつの要素だと思うよ。だからこそ、東奈くんがなにか思いついてやりたいことがあればちゃんと私に伝えて欲しい。」



さっきまではいつもの監督とのおしゃべりだったが、監督の雰囲気が急に変わった。


俺はすぐさまそれを察知して、どう答えればいいかをじっくりと考えた。



「率直にいうと東奈くんは本当は作戦を立てたりしたいんじゃない?」



「………。どうですかね。あんまりそういうことを考えてこなかったので。」



俺は咄嗟に嘘をついた。

今日の試合でその事について、試合中に考えていたのを見透かされていたのだろうか?


さすがにそれは無理だと思うことにした。
ただ、監督がなにか思うところがあってこの話を振ってきている。



「急にどうしたんですか?」



「どうしたんだろうね。九州大会に進出できて嬉しいはずなのに、本当にこれからこれでいいのかってずっと考えちゃってて。」



監督は監督でプレッシャーもあるし、俺の分からないところでいつも悩んでいるんだろうか?



「この話はまた今度にしようか。九州大会が終わって、冬トレの時期になった時にまたゆっくりと話そう。」



「は、はい。わかりました。」



なぜこんな中途半端なところで話を終えたのかと思ったら、選手たちが近寄り難い雰囲気を感じて、俺達に遠慮していたみたいだ。


選手たちは俺に聞きたいことがあったが、監督との話に割り込めないのを監督は察し、話を途中で止めて選手たちにお疲れ様と言ってグランドを後にした。




「気づかないなんてまだまだだな。」



自分の未熟さを感じ、俺のことを待っている選手たちの元へ駆け足で駆け寄った。




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