元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
VS筑紫野女学院④!
6回表。
こちらからすれば、1点差の場面で先頭打者は出したくない。
逆に相手からすれば、絶対に先頭打者を出して早めに同点に追いつきたいだろう。
こちらも楽な状況ではないが、相手も残り2回で最低2点取れないと勝てない。
延長戦になれば、どちらが有利不利というのはあんまりないかもしれない。
相手の控え投手にどんな投手がいるかはデータがないが、後に控えている梨花よりいい投手が出てくるとも思えない。
投手力でいえばうちに軍配があるだろうが、氷がベンチに下がったので打撃力は落ちている。
氷の打撃力はヒットを打てるだけではなく、延長戦のタイブレークで相手がシフトを敷いた時にどうしても穴が出来てしまう。
そういう所を狙って打てるのが氷の持ち味なので、代えてしまったからにはこの一点を守りきりたい。
バッテリーはこの回もアウトコース中心で攻めるようだ。
とにかく低めに集めて、高めに投げる時は狙って投げないと危ない球になる。
本当だったら、この回だけは梨花に投げてもらいたかった。
1番2番3番が右打者で、左投手でアンダースローの海崎先輩にはきつい打順だ。
2打席目もかのんと大湊先輩のファインプレーでアウトになっていたが、タイミングはかなり合わされていたし、球筋も良く見えているようだった。
だが、7回からは左打者が多く、今日の調子だと抑えられると思う。
5番と6番にはヒットを打たれているが、ヒットが出てないとはいえ、この上位打線との対決は厳しいものになりそうだけど…。
監督はリスクを取りたくないのと、延長戦の可能性を感じているようだった。
さっきの回は海崎先輩に投げてもらうようにお願いしたが、俺が勝手に采配できるのであれば監督と違うやり方をとる。
俺なら6回を梨花に投げさせて、レフトに海崎先輩を置く。
海崎先輩は外野を守れるとはいえ、氷よりも守備が下手で、取り返しのつかないことになる可能性もある。
梨花は高いレベルのピッチャーだが、多分梨花のストレートとスプリット対策はしてきてると思う。
俺達も田中さんの投球を分析して、かなり対策してきたのでヒット自体は結構出てるし、現に今リードをしているのは白星だ。
相手は海崎先輩の球筋に慣れてきたとはいえ、対策されているであろう梨花よりも、今現在しっかりと抑えている海崎先輩の方がいいかもしれない。
ここらへんは監督の決断がうまくいくことを祈るばかりだ。
その期待に応えるように、相手に上手くファールを打たせつつカウントを2-2までもってきた。
勝負球の5球目。
外のストレートを勝負球に選んできた。
横から見ていてもアウトコース低めギリギリのボールを投げ込んできた。
カキィン!
鋭い金属音が鳴り響いた。
センター前に抜けそうな打球をセカンドのかのんが、逆シングルで倒れ込みながらもしっかりとキャッチ。
倒れ込みそうな体勢から、身のこなしの軽さが分かるような鮮やかなジャンピングスローでファーストへ送球。
送球はワンバウンドしたが、桔梗が柔らかい身体を生かし、前に身体を伸ばして捕球。
「アウト!!」
足の速い1番だったが、かのんのファインプレーと、目立ちはしないが桔梗の身体を伸ばして捕るあの技術でアウトカウントを増やした。
かのんはこの試合ヒットは出ていないが、普通ならヒット性の打球をここまで2つアウトにしている。
ヒットが出なくても、ヒットをアウトに出来るのであればチームに大きく貢献していると言ってもいいだろう。
「ワンアウトー!!」
ファインプレーをした、かのん自ら守備陣にワンアウトと声掛けを行った。
「かのん!ナイスプレー!」
いつもあまり声掛けをしない海崎先輩も、この厳しい6回の先頭バッターをアウトにしてもらえて少し興奮しているようだった。
かのんも海崎先輩から褒められて少し嬉しそうにしていた。
ワンアウトをとってから2番の初球。
外から内へ入ってくるカーブを狙い打ちしてきた。
低めのややボールゾーンのいいコースに決まったと思われたが、強引に打ってきた。
ショートの左後方を襲うライナー性の打球になった。
このままセンター前に抜けると思ったが、大湊先輩が最高のタイミングで左後方にジャンプ。
半身にしながら、左手のグラブを限界まで伸ばして打球を捕ろうとしている。
いくら何でも流石に無理だと諦めたが、無理な体勢で着地をしてそのままグランドに倒れ込んだ。
大湊先輩は身体を起こしながらグラブに入ったボールを審判に見せていた。
「アウトォ!!」
近くに寄ってきた月成にボールを渡して、ジャンプしたときに脱げた帽子をかのんが拾い上げて上げていた。
「キャプテンかっこいいー!」
「怪我とかしてませんか?」
「2人ともありがとう。大丈夫。」
大湊先輩はゆっくりと立ち上がり、近寄ってきた後輩たちに笑顔で返事をしているようだ。
海崎先輩はマウンドで大湊先輩に対して、手を叩いてファインプレーを褒めていた。
それに気づいた大湊先輩は軽く手を上げて、お互いに言葉を掛け合わなくても分かり合えているのだろう。
「よしっ!ツーアウト!あと1人気を抜かずに行くぞ!」
「「おぉーー!!」」
2人のファインプレーでさらに気合いが入り、全員の集中力も今日の試合で最高潮になっている。
お互いを気にしながらも、自分のやるべきことにも集中出来ている。
守備でこの状態を続けられるなら、いつも通りのプレーができるだろうし、俺が心配することもない。
続く3番バッターには結構粘られ、カウント2-2で次が7球目になる。
海崎先輩が投げられるボールは、3番の奈良さんにはほぼ見極められている。
『柳生、次は何を投げさせる?』
見極められていても、逃げ回るわけにはいかない。
最悪歩かせてもいいが、4番も5番もどちらも好打者なので、打たれるのも歩かせるのもあまり関係ない。
ゆっくりと足を上げ、バッテリーが選択した球は対角線から投げるクロスファイアのストレート。
奈良さんは外から内に入ってくるストレートを、腕をしっかりとたたんで打ち返してきた。
「危ないっ!!」
強烈なライナーが海崎先輩を襲う。
顔付近に飛んできたライナーに反応して、体を逸らしながらボールを避けた。
それでも打球が飛んでくるであろう場所にグラブを出していた。
そのどうにか差し出したグラブにボールが入ったが、打球が強烈なだったせいかグラブが弾き飛ばされた。
「上!上!!」
グラブは海崎先輩の足元に落ちたが、弾いた打球はまだ地面に触れずに海崎の真上に。
その声に反応した海崎先輩は弾いたボールを、地面に落ちる寸前で素手でキャッチした。
「アウト!!」
海崎先輩がヒットになりそうな打球を自分で処理して、スリーアウトをとった。
スリーアウトをとったことよりも、海崎先輩が怪我しなかったことに胸をなで下ろした。
女子野球は長打を増やすために高反発の金属バットを使っているが、その分ピッチャーライナーなどが危険なプレーも増えている。
今のも下手すればあのライナーが頭に当たっていた可能性もあった。
選手たちはそんなこと考えている様子もなく、3つのアウトをファインプレーで6回を終わらせたことをとても喜んでいる。
下手すれば全てヒットになっていただろうけど、完全に試合の流れがうちに来ている。
これだけファインプレーが続くと、上手く行きすぎているような気もするが、そんなことは3回戦を突破した後に振り返ればいい。
6回裏。
3番の桔梗からの攻撃。
今日の桔梗は悪いバッティングをしているわけでは無いが、ランナーを進めるバッティングを意識している。
だが、この場面は好きに打っていっていい。
と思っていたが、ここでピッチャー交代してきた。
9番レフトの選手の所に2番手の吉見さんという右の投手が出てきて、田中さんはそのままレフトのポジションに着いた。
代わったピッチャーはストレートのスピードがやや遅そうだが、緩いカーブとフォークを投げるようだ。
桔梗はいつも通り、際どい球をファールにしつつピッチャーの球筋や球種を引き出そうとしている。
フルカウントまで粘っていたが、相手はコントロールもよく、コースに変化球を投げ込んできている。
7球目に選んできたのは、この打席一球しか投げていないストレート。
最後に裏をかいての勝負球のストレートをしてきたが、そのボールが真ん中高めの甘いコースへ。
キィン!!
特に速いストレートではなかったが、桔梗は完全に差し込まれていた。
この振り遅れのスイングは、多分緩いカーブを狙っていてストレートがきて反応出来なかったんだろう。
調子のいい桔梗だったら、ファールを打つこともできるし、そのまま詰まりながらも外野の手前まで運べる。
「ふー。」
桔梗は打ち上げた打球を見上げながら、軽くため息をついているように見えた。
桔梗が1試合で出塁できないのはかなり珍しい。
まだ延長戦になれば打席は回ってくるだろうが、次の回抑えれば桔梗の打者としての出番は終わった。
「珍しいね。桔梗が少し迷ったバッティングするなんて。」
「うーん。少し迷っちゃったかもね。けど、今のは完全にカーブに的を絞ってたから甘いストレート打てなかったよ。」
「今のはあんまり良くなかったね。あの甘いストレートなら狙ってなくても打てないとね。」
「そうだよね。あとは守備頑張ってくる。」
「う、うん…。よろしくね。」
俺が打席のことを切り替えて、守備のことをお願いしようと思っていたら、先に言われたので少したじろいでしまった。
桔梗が1年生のキャプテンをやってくれるのが1番いいと思っていた。
実力的にも練習態度も桔梗以上の選手はいないが、桔梗自信が一切やりたいと思っていないみたいだった。
俺が桔梗に対して思うことは、他の選手よりも高度な技術なところで物足りなさも感じる。
他には選手としての心構えというか、そういう意識的なところにも気を使って欲しかった。
そんなことを考えながら、4番に入った大湊先輩を見ていると、桔梗が狙っていた緩いカーブを上手く前でさばいてライト線に運んだ。
一塁を蹴って、悠々と二塁に到達した。
このツーベースで大湊先輩は3打数3安打の猛打賞をマーク。
ファインプレー2つと、3安打、盗塁1つでしかも2得点という大活躍で、この試合に勝てば今日のMVPは間違いなく大湊先輩だろう。
続く5番の遠山先輩の打席。
ここまで全ての打席で、大湊先輩がランナー2塁にいた。
その全ての打席でライト方向を意識した打撃をしていた。
だが、この回の打席は進塁打をあまり意識していなかった。
ここまではすべてアウトカウントがノーアウトで、今はワンアウトだったので、もし三塁に進めても次の月成が打たないと点が入らない。
それならとここは自分で大湊先輩を返そうという意思が伝わってきた。
遠山先輩も前の2人と同じように緩いカーブを狙いにいっていた。
俺は横からしか見ていないし、自分が打席に入ってないからなんも言えないが、3人ともカーブが打ちやすいと思ったのだろうか?
真ん中からややアウトコースの低めの落ちていくカーブをフルスイングした。
遠山先輩らしい基本に忠実な打撃で、センターに強い打球を弾き返した。
センターはバックしてボールを必死に追いかけていた。
大湊先輩はハーフウェーというよりも、やや二塁ベース近くで打球を見ていた。
大きな当たりだったが、センターはギリギリのところで捕球体勢に入った。
大湊先輩は抜けないことを分かっていたからこそ、二塁ベース付近で足を止めてタッチアップを狙っていた。
相手がボールを捕球するのを確認すると同時に素早くベースに戻り、三塁へタッチアップした。
「ゆっくりでいいよー!」
筑紫野女学院は大湊先輩を三塁で刺すことを諦めて、無理にせずに中継をボールを返すだけだった。
「苺惜しかったねー。」
「うん。」
2年生から声をかけられていたが、素っ気なく返事をしていた。
このチャンスで月成がバッターボックスへ。
さっきの打席よりも研ぎ澄まされた雰囲気が漂っている。
人の雰囲気を感じない人でも今の月成を見た時に、いつもと雰囲気の違うというのが分かるのだろうか?
「ボール!ボールツー!」
相手の投手は桔梗と対峙するよりも月成との勝負を嫌がっている。
相手の投手も月成のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、厳しいところを攻めようとして少しだけボールが散らばっている。
この前の右田さんが桔梗に対して投げていた時と同じような感じだろう。
初対決でこれだけ嫌そうにしているも相当珍しい。
結局、ストライクを投げてくることなく月成はあっさりと歩かされた。
歩かされると一塁に走りながら一息ついて、いつもの柔らかいいつもの雰囲気に戻っていた。
月成が四球で歩かされて、ツーアウト1.3塁となった。
次のバッターは今日スリーベースを打っている瀧上先輩だ。
今日はいい感じに打席に入れているし、この打席も期待できそうだ。
瀧上先輩もカーブを狙っていそうな気がする。
バッテリーもカーブを狙われてるのを分かっているだろう。
これだけカーブを狙い打ちしていると、相手からすればカーブ狙いの指示が出ていると思い、勘違いしている可能性もある。
「ストレート狙いのサイン出しますか?」
「いや、好きに打たせてもいいと思う。」
監督が言うには、瀧上先輩は球種を絞らせるとその球種が来た時に少々ボール球でも打つ癖があるみたいだ。
月成が打席の時はコントロールがバラけていたので、ここでその癖が出るのは良くない気もする。
その初球、低めのボール球を投げてきた。
盗塁のサインは出ていなかったが、月成が単独スチールを敢行してきた。
相手はバッターに集中しすぎていたのか、一塁ランナーの月成に無警戒だった。
完全にモーションを盗んで、キャッチャーは二塁に投げることも出来ず完全にセーフとなった。
「ツッキーナイス!」
月成は名前以外はあまり目立たない。
どこでも守れるし、弱点というほど弱点はない。
長所は実践に強いという、周りには分かりづらいが1番試合で使いたい選手だ。
今の盗塁も相手を見てプレーをしているのがよく分かる。
相手の投手が自分のことを嫌がってランナーに出して、次のバッターに切り替えようとしていたところで、初球からスタートを切ってきた。
このスタートで、ツーアウト2.3塁になった。
ランナーが進んで状況が変わり、ここで相手の監督からキャッチャーにサインが出た。
瀧上先輩を敬遠して満塁にして、柳生と勝負をするようだ。
柳生は何度か素振りをしながらバッターボックスへ向かう。
気合十分で打席に入った柳生だったが、初球のギリギリに決まるストレートを見逃し、続く2球目のカーブを空振り。
「愛衣ちーん!力入ってるよー!」
「柳生!気負い過ぎだ!!」
気合十分なのは悪いことではないが、流石に今の柳生は力が入りすぎている。
ここで1本出れば、2点入る可能性は高い。
キャッチャーとして、3点差に広げて海崎先輩を楽にしたいという気持ちはわかる。
3球目、高めの釣り球を要求していた。
1度高めのボールを見せて、4球目か5球目のどちらかで勝負してくるはず。
「あっ。」
柳生は高めの釣り球に引っかかってしまった。
どうにかバットには当たったが、打ち損じた内野フライをショートがガッチリとキャッチ。
「くそっ!」
一塁ベース上で軽く地面を蹴り上げて、釣り球に手を出してしまったことに対して怒っている。
少し怒りを露わにしていたが、ベンチに帰ってくる頃には切り替えているようだった。
「よしっ!あと1回抑えれば九州大会だ!みんな気合い入れていくぞ!」
「「いくぞーー!!」」
いつも通りに大湊先輩が大きな声で選手全員に喝を入れている。
俺も監督もどちらも祈るような気持ちだった。
後はグランドの選手たちに任せるしかない。
7回表、筑紫野女学院は4番から始まる攻撃で死に物狂いで一点を取りに来るだろう。
「プレイ!!」
遂に九州大会進出をかけた7回表の守備が始まった。
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