元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

投手戦!



選手たちは少しの間、勝利の余韻に浸った後にクールダウンをしにいった。


俺は監督と今日の試合の総括を行い、そこにはマネージャーも参加していた。



マネージャーは愛嬌がいいだけでなく、話をまとめて選手たちに伝えるのがとても上手だった。


連絡網で選手たちに伝えないといけないことは、まずはマネージャーに監督から伝えられて、選手たちに共有される。


文章での連絡もあるが、長くなる場合は一つ一つの教室を回ってわざわざ伝えて来てくれる。



そんな事しなくてもいいんじゃないかと聞いたことがあったが、選手たちと出来るだけ話して信頼関係を作りたい!と意気込んでいた。



「という感じだと思います。」



俺が今日見ていて思ったことを監督に伝えた。

監督の今日の総括を聞いていると、熱心に隣でマネージャーが、色々と野球ノートに何かを書き込んでいる。



監督がこの試合で感じたことはほとんど同じだったが、俺があんまり気にならなかったことを指摘していた。



個人のことではなく、チームとしてのことだった。


簡単に言えば、チームとして完成していないということだった。


特に守備の時にそれを感じるらしく、選手の能力だけでいえば選手たちはよくやってると思う。


それは個人技の集まりであって、チームとしての力ではないと感じているらしい。


これは境界線が分かりづらい。

個人技の集まりがチームとしての力ともいえるし、本当のチームとしての絆や野球の上手さ以外のことで、出せる力のことをいうのかはなんとも言えない。



俺が中学で全国大会優勝した時は、チームの絆があったかというと俺はそうは感じなかった。


チームはチームメイト同士で蹴落としあって、誰もがレギュラーになる為に必死になっていた。


俺はずっと不動のキャッチャーだったから、あんまりそういうことは経験したことはなかった。



チーム内での争いが激しかったので、色んなグループがあったし、チームメイト同士が信頼しあっていたとも思えない。



その代わりにこのチームには無かったものもあった。

勝つことへの執念と、強者としてのプライドを他のチームよりも強く持っていたと思う。



「監督の言いたいこともわかりますけど、それは多分選手たちが気づいていくことじゃないですかね?」



「そうだね。野球が上手いだけのチームは作れると思うけど、それだけじゃ多分ある程度のところで負けちゃうと私は思っている。」



まだ続けて監督は俺とマネージャーに持論を話してくれた。



「私はこれまで2回全国大会決勝まで出られたけど、どちらもいい所まで行って勝てなかった。これが合ってるかどうは分からないけど、最後の最後で勝つか負けるかを決めるのは、野球の上手さとは別のなにかだと思う。」



「別の何かですか。」



俺は小学、中学どちらも全国を制覇した。
もちろん全ての大会で勝ち続けたわけじゃないし、負けたことも沢山あるが、野球は実力が全てだとずっと思ってきた。



もちろん今監督からこの話を聞いて、他の何かが1番重要だと思えなかった。


ギリギリの試合を勝ち続けることが強いチームと呼ばれることが多いが、本当の強いチームはどんなチームでも寄せ付けない力がある事だと思っている。


それが現最強と呼ばれる高校の花蓮女学院なんだろう。


あのチームは、チームとしての絆らしきものを感じなかったし、俺がこれまでやってきた野球と同じく、強いチームとしての自覚とプライドをとても感じられた。


姉は頑なに花蓮女学院自体が好きではないと言っていたが、安定して甲子園に出て勝ち続けるなら、あの全く付け入る隙のない野球がいいとも思える。



だが、白星の選手達はそういう野球を目指すのは厳しい。

全員がそういう風になりたいと願って、厳しい練習を繰り返せば、近づくことが出来るかもしれない。



もしそうなれたとして、甲子園に出て、花蓮女学院と戦ったら100%勝てないと俺は断言出来る。


元々とてつもない才能を持った選手たちが、花蓮女学院に入るのだ。


それにプロ顔負けの練習機材や投手、打撃、走塁、守備コーチが個別に5人いると聞いたこともある。


そこで鍛えられた野球の全てを会得した選手と、それを真似したチームでは劣化花蓮が出来上がるだけだ。


もし本当に実力以外に大切なことがあるとすれば、俺もまだ知らない何かがあるんだろう。


その何かを見つけられるかは桔梗達次第だろうし、俺はそれを見つける前に野球を辞めてしまった。




「それを見つけられるなら見つけて欲しいですね。」



「東奈くんはあんまり納得いってないようだね。けど、そういうものは必ずあると思うよ。それがなにかを知るために監督をしているのかもしれない。」



「自分にはピンとこないですね。」




「私はそういうものがあると思います。」



マネージャーは独り言くらいの小さい声でぼそりと呟いた。

ハッキリと分からないと言った俺と、選手じゃないマネージャーがあると断言したのをみて、にこやかに笑っていた。



「それじゃみんな学校に帰るよー。」



「「はいっ!」」



俺たちは監督が運転するバスに乗り込んだ。

みんなかなり浮かれて、今日の試合のことを振り返りながら盛り上がっていた。


俺は明日の試合の行橋商業との試合のことを考えていた。

今日の試合のことは明日の試合が終わってから振り返ればいいし、トーナメント戦でしかも日程も過密なので、すぐに次の試合に切り替えないといけない。



桔梗はそれをわかっていて、いつも1人で座る俺の隣に座っていた。



「明日の行橋商業ってどんな感じのチームだった?」



「うーん。バランスがいいと言えばいいかもね。結構守備は上手いのと、エース投手も普通によかったかな。けど、竹葉よりは強いとは思えないね。」



「なるほどね。ピッチャーは1人?」



「そうだね。西田蘭にしだらんさん。3番投手で2年エースでチームの中心だろうね。」



俺は自分の分析したことをまず先に桔梗に話すことにした。

このことは後でもう一度精査して、帰った後に今日の試合の映像とともに選手たちに説明するつもりだった。



西田蘭にしだらん



オーソドックスなスリークォーターから投げてくる一般的なフォーム。

ストレートのMAXは110km/h前後くらいだ。


今日試合した右田さんよりもコントロールがよく、変化球も直球もどちらもしっかりとコースに投げ分けられる。


ウィニングショットと呼べるような変化球はなさそうだったが、スライダー、カーブ、フォークの3種類をバランスよく投げていた。


そこそこのレベルの内野陣を頼りにして、三振を取るピッチングではなく、打たせてとるピッチングをしてくる。



マークするのはエースの西田さんくらいで、他の選手は俺が確認した中では問題ないと思っていた。



「なるほどね。相手が誰であれ私はやれることをこなすだけだから。」



「そうだね。桔梗は自分の実力を発揮出来たら大丈夫だと思うよ。」



学校に着くと、俺は今さっき桔梗に話したことを改めて全員に伝えた。


今日撮った映像を見ながら全員に色々と説明をしたり、質問に答えたりして1時間みっちりとミーティングをした。




「それじゃ、私からもみんなに話したいことがある。今日の試合はいい試合だったけど、まだあなた達は本当のチームにはなれてない。この意味は各自がこれから長い時間をかけて考えてみてほしい。」



みんなは監督の言っている意味が分からないといった顔をしている。


俺も分からないから、選手たちにアドバイスすることも出来ない。



「まだなんの事か分からないと思うけど、チームとはなにかを考えてみて欲しいだけだから。それじゃ、明日も必ず勝とう!解散!」




「「お疲れ様でした!」」



監督の話が終わり、解散することになった。

試合に出ていないメンバーは居残りで練習をしていた。

今日試合に出ていなくて、明日試合に出る選手もいるだろう。



俺は練習に付き合ってあげたかったが、家に帰っていつも使っている分析用のパソコンで、相手の投手を更にこと細かに調べないといけない。



「夏実、みんなで練習するのはいいけど程々にね。練習しても1時間半ね。6時には帰るように。」



「はーい。1時間半経ったら帰りまーす。」



後のことは夏実にお願いして、俺は桔梗と一緒に帰ることにした。


桔梗とはいつも通り普通に話をして帰った。

野球の話もしつつ、学校であった出来事や蓮司の悪口を桔梗から聞かされることになった。



「じゃ、明日もいつも通りにチームを助けてあげてね。」



「龍も今から頑張ってね。そのデータが明日の試合に大切だからね。」



俺は家に帰るとすぐに風呂に入り、夜ご飯を食べると、すぐに部屋にこもって相手投手の細かい分析に入った。



「んー。見分けんのは厳しいな。」



癖という癖もそこまでは無かった。


全くない訳では無いが、1週間みんなに映像を毎日見てもらって研究すれば、多分スライダーを投げる時の癖を見抜けるようになると思う。


明日の試合には多分使えない。

教えてもいいが、選手たちが癖を見分けることが出来ず球種を間違えると、打てるものも打てなくなる可能性の方が高い。


今日右田さんから8点も取った彼女たちなら、多分そこまでしないでも大丈夫だろう。


俺は今日説明したことをだけで事足りると思い、パソコンを閉じて寝ることにした。



そして、次の日。



「今日のスタメン発表するから一旦集合ー。」


ウォーミングアップをある程度見て、監督はその選手に問題がなさそうなのを確認すると、早めに選手を呼んでスタメン発表した。



白星高校


1番.四条(二)1年
2番.大湊(遊)2年
3番.時任(左)1年
4番.橘(一)1年
5番.剣崎(右)2年
6番.瀧上(中)2年
7番.進藤(三)2年
8番.柳生(捕)1年
9番.西(投)1年



行橋商業高校


1番.田中(遊)2年
2番.菊池(二)2年
3番.西田(投)2年
4番.鈴本(右)2年
5番.松山(左)1年
6番.相沢(捕)2年
7番.堂本(三)1年
8番.江留(一)2年
9番.間野(中)1年



行橋商業は昨日とスタメンを昨日と全く同じスタメンで挑んできた。


うちは、2番と3番を入れ替えてきた。

スタメンも少しだけ変更があって、昨日ヒットの出なかった月成に代わって、進藤先輩がスタメンに抜擢。   



先攻白星高校 対 後攻行橋商業高校


今日の試合はあっさりと試合が決まると思っていた。

昨日の試合、何枚か上手の右田さんからあれだけ打ち込めたなら、行橋商業の西田さんからもある程度は打てるだろう。



1回表。


切り込み隊長のかのんからの攻撃で、いつものように初球からスイング。

カーブを引っ掛けて、セカンドゴロ。


大湊先輩、氷はどちらもストレートをしっかりとスイングして行ったが、打ち損じて内野ゴロに打ち取られた。



1回裏。


今日の梨花はコントロールがよく、ストレートのノビとキレが抜群によかった。


1.2.3番を連続でストレートを打たせて、3人とも内野フライに打ち取った。



今日は上位陣にヒットが中々出ない試合になった。

下位打線が頑張ることになるが、攻撃があまりにもちぐはぐでフラストレーションの溜まる攻撃を繰り返した。



2回表は桔梗を少し警戒して四球を出したが、続く剣崎先輩が初球を打って、サードゴロのゲッツー。


ツーアウトになったところで、瀧上先輩と進藤先輩が連打でツーアウトからチャンスを作った。


そして、8番の柳生が一球空振りした後に、同じコースに投げてきたスライダーを上手くバットを合わせてセンター前へ。


瀧上先輩は打った瞬間スタートを切ってホームへ突入してきた。


ここで誤算だったのが、センターの肩が強く送球コントロールがよかった。


ギリギリのタイミングでホームでアウトになってしまった。

前の試合でも瀧上先輩はホームでアウトになっていたが、これは巡り合わせが悪いとしか言えない。


そして、ここから4回終了までお互いにチャンスというチャンスが訪れず、かなり早いスピードで回が進んでいった。



5回表も進藤先輩、柳生がまたもボールを打たされてあっさりとツーアウトを取られた。


9番の梨花がバッターボックスに入る。
ツーアウトだから、相変わらず打つ方はそこまでやる気が感じられない。



あっさりとツーストライクを取られたが、梨花は狙っていたであろうストレートを完璧に捉えた。



高々と上がった打球は、そのまま無人のレフトスタンドに入り、ボールが転々としている。


ここまで4回を1安打無四球でピシャリと抑えてきた梨花が、自らのバットで先制点を叩き出した。



5回裏もピンチになることなく三者凡退に抑えた。


6回には2番の大湊先輩に代打が出ることになった。


俺はこの代打に驚いた。

大湊先輩はキャプテンでチームの精神的支柱だ。

その選手が下がるというのは、いざというときのことを考えてないんじゃないかと思ってしまった。


しかも、円城寺を代打に選んできた。

別に悪い選択ではないと思ったが、ノーアウトでランナー無しでやらないといけないことだったのかは疑問だった。


結果的にはこの代打は成功した。

公式戦初出場ながらも円城寺はその起用に応えた。

変化量の多いカーブを詰まりながらも、左中間真っ二つのツーベースを打った。


すかさず代走に凛が起用された。
こういう時にベンチで1番足の速い凛は、代走などで起用されやすい。


走塁技術も悪くないし、チームで1番足の遅い円城寺よりは凛の方が点の入る確率も結構違うと思う。


氷は当たり損ねのファーストゴロを打ち、これが進塁打になり、凛が3塁に進んだ。



2打席目にゲッツーを打った桔梗がバッターボックスに入り、相手ピッチャーの西田さんとあんまり相性が合わないと分かると、この打席はヒットを狙わずに確実に1点を入れる打撃に切り替えた。



外に逃げるスライダーをライト方向へ打ち上げた。


凛がタッチアップするには十分な飛距離の外野フライだった。



桔梗のライトへの犠牲フライで、2-0と点差を少しだけ広げた。


5番の剣崎先輩に代打で月成が出てきた。
4球目のインコースのボールを上手く腕をたたみながら、ライト前にポトリと落とした。



だが、後続は続かなかった。


この回かなり選手交代したので、守備固めとして美咲が氷の代わりに出場した。


凛がセンター
瀧上先輩がライト
美咲がショート
月成がレフト



梨花は球数も少なかったし、海崎先輩も七瀬もどちらもブルペンに行っていなかった。

今日の梨花の様子を見て、自分の番が来るとは微塵も思っていないようだ。



「七瀬ー。昨日投げてないんだから、ブルペン行ってきなさいよ。」



「え?公式戦に投げるのは自信ないですよ。しかも、タイプが似てて西さんの下位互換みたいな投手の出る幕は無いですよ?」



「えー。私だってこんなピッチングしてる投手の後に投げるのはやだよ。」



今日投げる可能性のある2人はこの試合は投げたくないようだ。


「2人ともブルペンに行かなくてもいいけど、もしかしての時になにも用意できないのだけはだめだからね。」



2人とも一応返事はしていたが、その様子だと梨花が崩れた時はもう腹を括るしかない。



「ふんっ。球数も少ねぇし、1人で最後まで行くから安心せえ。」



「そうしてくれると助かる。あと1回きっちり抑えてきて。」



「おうよ。最終回抑えてくるわ。」
 


梨花は最終回のマウンドにあがった。

ベンチにいる選手たちは梨花に大きな声援を飛ばした。

七瀬は少しでも何かを会得するために、試合を集中して見ている。

こういう所は高校に入ってから成長したことだろう。


あんまり他人のプレーに興味がなかった七瀬が、今では誰よりも他の選手のことを気にして観察している。




「ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!」



梨花は最後の最後まで崩れることもなく、11個目の三振を奪うと帽子を脱いで、汗を軽く拭って落ち着いた雰囲気でマウンドを降りた。


今日の試合は梨花の為にあるような試合だった。


秋季大会2回戦


白星高校 2-0 行橋商業高校


結果打安本点四死盗
四条4000000
大湊2000000
時任2000100
橘桔1001100
剣崎2100000
瀧上3100000
進藤2100000
柳生3100000
西梨3111000


途中交代


結果打安本点四死盗
遠山1000100
円城1100000
王寺0000000
中田0000000
月成1100000


結果回安振四死失責 球数
西梨72110000 85球



上位打線が完全に機能していなかったが、梨花の決勝点のホームランと、無四球2安打完封のナイスピッチングは完璧だった。


途中交代の選手と下位打線の選手は結構頑張っていたので、そこだけはよかった。



上位打線でも打てない時は打てないのが野球だけど、ヒットを打つタイミングが大切だ。


それは実力も勿論大切だけど、野球には絶対に打たないといけないタイミングがある。


打率3割のチームでも、1試合平均5点取れるチームもあれば、平均2点くらいしか取れないチームもある。



7回というイニングの中で、1試合で1人1本ヒットを打つとして、それが1つの回に集中出来れば全てシングルヒットでも6点を取れる計算になる。



最効率の話であって、そんなことできるんだったらチーム打率3割の打撃力じゃ無理だろう。



桔梗の6回の犠牲フライは4番として最低限と思われるかもしれないが、あれは打ち損じの犠牲フライじゃなく、試合の流れ的に点が入らないと察しての打撃だった。



「梨花、ナイスピッチング。今日は特に言うこともないね。」



「そうか?それならよかった。」


梨花はあっさりと受け答えをして、荷物を持ってベンチの外へ出ていった。


他の選手達もベンチの外にみんな出て、今日は大騒ぎせずに大湊先輩の指示で、クールダウンしていた。



「東奈くーん。ちょっといいかな?」



「監督。どうしました?」



「雪山さん達が3回戦の相手の映像を撮ってくれたから、明日、明後日にでも練習の時間に分析してくれると助かる。分析が終わるまでは私が練習を見てるからね。」



「わかりました。今日の試合勝ったのは、やっぱり筑紫野女学院ですか?」



「そうだね。筑紫野女学院は夏の大会ベスト8だったし、城西ともいい勝負してたから1回戦よりも苦戦するかもね…。」



筑紫野女学院。


この秋季大会はベスト4までは、福岡の四強とは当たらないのはかなりいいくじ運だったのだが、四強のその下に位置するくらいのレベルが筑紫野女学院になるだろう。


全ての試合を見れている訳では無いが、試合内容と結果くらいは目を通している。


どんな選手がいるかは想像でしかないが、夏の大会の結果と、今日別の球場でやっている試合の映像を照らし合わせて分析をするしかない。



「次勝てば…ベスト8か。正念場だな。」



俺は来週にある3回戦の筑紫野女学院との試合に勝つ為に、徹底的に分析を進めるのであった。



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