元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

リベンジ戦④!



打球はジワジワと伸びていく。


予めかなり深めにバックしていたレフトが、フェンスの手前まで到達してグラブを構えている。



ほんの少しだけ飛距離が足りていないか?


それでもレフトはフェンスに体が当たって、それ以上下がれなくなっている。


レフトは落ちてくるボールを捕ろうとジャンプ。




「おおーー!!!」



レフトはジャンプしてそのまま体勢を崩してレフトのフェンスに寄りかかっている。


打った桔梗は走りながら、右手でヘルメットを被り直している。


これは姉の光がホームランを打った時にやる仕草だ。

あんまりパフォーマンスや、感情を表に出さない。


その桔梗が唯一、ホームランを打った時にやる姉を真似た仕草だ。


桔梗も公式戦初ホームランを放った。

本当にギリギリスタンドに届いたという感じの本塁打だったが、このホームランの1点は大きい。



3塁側の全員は大盛り上がりで、グランドを回っている桔梗だけが落ち着いていた。


ホームインしてベンチに戻ってくると、1年生たちに囲まれて手厚い歓迎を受けていた。


桔梗は夏の合宿から調子を段々落としていて、最近やっと少しずつ上がってきたところでこの1発は大きい。


ここ最近8試合でホームランが1本も出ていなかったので、桔梗自身も安心しただろう。



「桔梗、久しぶりの1発だったね。」



「うん。今日は調子いいかも。この前も思ったけど、右田さんとは相性がいいかもね。」



「点差に余裕が出来て、もし次の打席回ってきたら狙ってみたら?」



「うーん。もう回ってこないと思うけどね。その時は考えてみるよ。」



ヘルメットを脱いで、ポニーテールを1度解いて、もう一度しっかりと結び直していた。




「あぁ!!」



グランドが大声が聞こえたと思えば、剣崎先輩も初球打ちして、ボテボテのサードゴロを打っていた。


5回の表に1点勝ち越して、5-4とリードすることに成功した。


相手投手の右田さんは2本塁打を浴びて肩を落としていた。

この前は7回2失点で、ピンチを背負ってもきっちりと抑えられたが、今日はうちがチャンスをしっかりと物にしている。



梨花は3.4.5番のクリーンナップと、この試合を左右する対決が始まった。



その前に桔梗が梨花の元に声をかけに行っていた。



「この回抑えたら結構勝てる可能性高くなりそうだね。」



「桔梗、プレッシャーかけにきたんけ?」



「そんなことで縮こまるとは思えないんだけど?もし打たれても、次の打席も打てると思う。5割くらい自信あるから、追いつかれるくらいは大丈夫。」



「はは。1点に抑えれば大丈夫なんじゃね。」



「うんうん。けど、5割くらいだからね。」



「そこは絶対打つって言ってから戻っていけよ。」



桔梗はニコニコしながら守備位置に戻り、梨花は少し呆れた表情をしていた。



俺からは何を話したかわからないが、桔梗はたまに反応に困ることを言って、周りを困らせているところを見る。



梨花は元々緊張していなさそうだったが、桔梗の一言で更にいい具合に力を抜けたようだ。



「まだまだこれからだ!気合い入れていけ!」


「「おぉぉ!!」」



二ノ宮さんは先頭バッターだったが、わざわざベンチ前に戻って円陣の中心で全員に檄を飛ばしていた。


試合中にもキャッチャーとしても、指示も的確で迷いもない。

キャプテンとしても選手たちにも頼られている感じもするし、1年生エースの右田さんと明らかに絆みたいなものを感じる。



もしかすると、2人は高校だけではなく中学の時からのバッテリーなのかもしれない。




「ファール!!」



「ちっ。しつこいな。」



梨花は軽く舌打ちしながら、粘ってくる二ノ宮さんに少しウンザリしていた。



0-2とあっさり追い込んでから4球ファールにされて、次の7球目の球をバッテリーで決めている。


ここまで6球連続ストレートで、スプリットを投げれば空振りを取れる可能性が高い場面だ。


本当ならここにチェンジアップとか緩急をつけて、相手のタイミングを外す変化球があれば投球の幅も増えるんだけど…。



梨花は2回首を振って投げたのは、真ん中付近の甘めのストレート。



ブンッ!!




「ストライク!バッターアウト!!」



コースは相当危ないコースだったけど、力のあるストレートで最後の最後まで押し切ってしまった。



「1年生にしては速すぎる…。」


三振した二ノ宮さんは悔しそうに梨花を睨みながらベンチに戻っていった。


ここまではほぼストレートのみで、押しに押している。

相手がストレートの速さについてこれない内に抑えてしまおうという感じのリードで、俺もそれでいいと思っていた。



というよりも、ストレートとスプリットしか投げられないのでそうするしかない。


そう思っていたが、続く4番に2球目をあっさりとセンター前ヒットを打たれた。


梨花はこの試合初めてのランナーを背負っての投球。


5番バッターは、海崎先輩から左中間への2点タイムリーを打っている。

あれは氷の守備のまずさもあったから、もしかしたらアウトにできた当たりでもあった。



「バントか。」



ワンアウト1塁で、5番はバントの構え。

たしかに得点圏にランナーを送って、6番のヒット1本で同点というの作戦なんだろう。



しかも、6番はここまで2打数2安打でこの試合で1番当たっているバッターだ。


それならバントでもいいと思うが、俺個人的にはツーアウトにする必要はない気もする。



監督からサインを出されて、柳生は内野に指示をしてバントシフトを敷いた。


バントを素直にしてくるなら問題ないが、急にヒッティングを切り替えて来る可能性もある。



梨花は1度牽制を挟んだ。

牽制を挟むと、ヒッティングを企んでいるバッターの場合、バットをスっと引いて、打つ構えをとろうとすることがある。



バッターはバントの構えを一旦やめるだけで、ヒッティングの様子はない。


梨花はクイックや、牽制が上手くない。

本人がランナーをあんまり気にしないから、上手くなるわけが無い。



5番は1球目からあっさりとバントした。

ピッチャー前のゴロを梨花が処理すると、2塁を見ることも無くファーストに送球した。


ツーアウト2塁。


ここまで2安打を打っているが、それは海崎先輩から打ったもので、本格派の梨花との今日初めての勝負は、梨花の方が多分有利だと思う。


1球目のストレートを見逃して、2球目もど真ん中低めのいいコースにストレートに投げた。



「ショート!!」


ストレートにしっかりと反応したが、梨花のストレートに力負けてしてショート真正面のゴロになった。



大湊先輩は特に難しくないショートゴロを、流れるように捌いてファーストに正確な送球。



「アウトッ!!」


竹葉もツーアウトながら2塁にランナーを進めたが、そう簡単に1本を出せず5回も0を刻んだ。



6回表の攻撃は月成からの攻撃で、フルカウントまでしっかりと粘った。


最後の最後にインコースのカットボールを見逃したが、審判のコールはストライクだった。


自信満々で見逃した月成は少し不服そうな顔をしていたが、すぐによくないと思ったのか、悟られないように走ってベンチに戻ってきた。



「ちょっとムッとするの珍しいね。」



「結構見極めた自信あったから…。ムッとしちゃったけど、心象悪くするのも嫌だから逃げてきちゃった。」



「それがいいよ。今の見逃し三振は別には悪くないから気にしなくてもいいよ。自信があるならしっかりと見逃したらいいよ。」



「う、うん!どんどん見逃してくる!」



「ぼ、ボールならの話だからね。」



月成と見逃し三振の話をしていると、瀧上先輩が初球のカットボールを打ち損じながらも、センター前にポトリと落ちるヒットを放った。



また柳生はバントの構えで、初球からきっちりとファーストに捕らせるバントを成功させてきた。



柳生はバントは上手いが、なぜだかバットを振るとコンタクト率が低い。


打つ時に少しつっ立ってる感じから、足をあげるフォームがあんまりあっていないかもしれない。


バントの時はしっかりと腰を落として、バントのフォームとしてはほぼ完璧で、直すところもない。


2打席連続でバントを決めた柳生が、ひと仕事を終えたような顔をして戻ってきた。


ナイスバントと褒められながらベンチのみんなに迎えられていた。



「柳生、今の打撃フォームで打ちにくいとかないか?」



「慣れてるから打ちにくいとかはないね。けど、なにか気になることあるんだよね?」



「まぁ、今のでも悪くは無いけど、このままじゃツーシームとかカットボールを得意にするピッチャーに、カモにされるかもしれないと思ってね。」



「んー。確かに動くボールは得意じゃないけど…。」



「今すぐやるのは無理だけど、フォームに手を加えるか考えておいて。」



「わかった。」



俺との話が終わるとそそくさと俺の近くから逃げていった。

試合前にお尻を叩いたことを結構根に持たれてるかもしれない。



梨花がバッターボックスへ。


あんまり打撃練習をしない梨花だが、その身体能力とセンスだけで打てるんだから、必死に練習してる選手からすれば羨ましいことこの上ないだろう。



フォームが汚いとかそういうことはないが、かなりアッパースイング気味で、この打ち方では高めに投げられたら手も足も出ないはずだ。



「ストライク!」



高めのストレートを豪快に空振り。

バッテリーは高めを狙った投球じゃなかったが、高めにボールが浮いたことで弱点がバレたかもしれない。



次の球も同じボールを投げ込んできた。
梨花はさっきのリプレイかと思うくらい同じように空振りした。



ここまで高めを打てそうにないなら、バッテリーが選択してきるボールは高めの威力のあるストレートだ。



「舐めんな!」



高めのストレートをいつもと違う崩れたフォームで無理矢理打ちに行った。

普通の選手なら急にいつものフォームと違うフォームで打ちにいっても、ろくな結果になることは無い。



崩れたフォームとは裏腹に完璧に捉えた強烈な打球が、ピッチャーの横を抜けてショートとセカンドの間を一瞬で通過していく。



瀧上先輩は打った瞬間にスタートを切って、ホームに突っ込んできている。



ちょうど3塁を回るところで、センターがボールをキャッチして、渾身のバックホーム。



打球が速すぎて、タイミング的にはかなり厳しいがどうだ?






「アウトォ!!」



センターがワンバウンドで丁寧な送球で瀧上先輩を刺した。


ヘッドスライディングでユニホームが真っ黒になり、顔までかなり汚していた。


夏実がタオルとグラブと帽子を持って行ってあげていた。

顔の土を雑に落とすだけで、すぐに帽子を被ってセンターの守備に走って行った。



何考えてるか分からないところが多いが、自分が汚れようがなにも気にせずに、一つ一つのプレーを全力で取り組む姿勢には感服する。



梨花は自分を助ける追加点になるかと思われたが、あまりにもいい打球が飛びすぎてしまった。



仕方ないかくらいの表情で、グラブと帽子を受け取ってマウンドに上がる。



6回は7番の右田さんからの攻撃だったが、梨花はストレートで押してツーストライクに追い込んだ。

無駄球を使わずにストライクゾーンから、ボールゾーンギリギリに落ちる完璧なスプリットで三振を奪った。



この回もあっさりと終わった。



と、上手くいけばよかったが、梨花が急に制球がバラツキ始めた。



「ボール!フォアボール。」



8番、9番に連続で四球を出してしまう。

完全に制球が効かなくなったとかではなく、どちらのバッターもしっかりとフルカウントまでは持っていって、最後の最後にストレートが浮いてしまっていた。



梨花はコントロールもいい方ではないし、球が乱れることも多いが、これは公式戦なので梨花と心中というわけにもいかない。



「東奈くん、伝令出す?」



「うーん。要らないと思いますけどね。桔梗とか柳生が声掛けに言ってますし。」




「怪我とかじゃ無さそうだし、ボール先行になったらその時でいいね。」



「ですね。焦って崩れるようなタイプでもないですし。」



後は梨花に任せるしかない。

それか柳生が腹を括ってど真ん中に構えてボールを放らせる。




「ストライク!」



相手は連続四球の次のバッターは、ピッチャーがストライクを取りに来ることが多いので初球から振ってくることが多い。



それでも9番はかなり慎重で、甘めのストレートをあっさりと見逃してきた。


相手も6回で1点差で負けていると、かなり焦っているだろう。


焦っているからこそ逆に慎重になっているんだろう。

下手に打ってゲッツー打つよりも、何もせずボールを見て四球を取った方がリスクもない。



「ストライクツー!!」



相手の腰を引かせるような強烈なインコースへのストレート。

かなり際どい所をストライクをとってもらい、0-2と追い込んだ。



ここは色んなボールが使える場面だ。

スプリットで何回か連続で落として、ゲッツーよりも三振を取りにいってもいいし、高めのストレートで空振りか、フライを打ち上げさせてもいい。



梨花の球種ではゲッツーはちょっと取りづらい。


柳生は低めに構えている。
多分、スプリットであわよくばゲッツーか三振を取りにいく。



3球目は低めに外れていく、ボールでも構わないというボール。



スプリットはいい高さから落ちているが、流石にバッターもここでのスプリットはほぼ読み切っているから振ってこない。



キィーン!!



捉えられるようなボールではなかった。


ほぼワンバウンドするような低めのスプリットに対して、ゴルフ打ちのようなスイングで綺麗に捉えてきた。



ややラインドライブしながらセンター前へ落ちようとしていた。


2塁ランナーは3塁手前まで走っており、一塁ランナーも2塁ベースに到達しそうだ。

これは1失点は覚悟しないといけない。


あんなワンバウンドしそうな球を打たれたのは、バッテリーの責任にするのは流石に可哀想だ。



瀧上先輩が凄い反応速度で打球に突っ込んでくるが、ここでもし飛び込んで後ろに逸らしたりすると、一塁ランナーも間違いなくホームへ返ってくる。



「舞!無理するな!!」



大湊先輩が瀧上先輩の猛烈な突っ込みに焦り、思わずプレーを止めていた。


その言葉を一切聞かずに瀧上先輩はラインドライブしながら、目の前に落ちるボールへダイビングキャッチしに行く。



そのプレーを見て、ライトとレフトは更にカバーに行くスピードをあげる。


ランナーもまさかと思い、一旦ストップして一瞬戻るかどうか迷っていた。




「ま、舞…!」



難しいボールをギリギリのところで瀧上先輩は大ファインプレーを見せた。


この球場はたまたま外野が芝生だから怪我もしづらいが、これが黒土や白土ならかなりの擦り傷が出来ただろう。


それくらい激しいダイビングキャッチだった。


ボールを捕ったことをアピールする前に、すぐに起き上がってセカンドに送球した。




「ア、アウトォ!」




「舞!ナイス!!」

「瀧上先輩凄いです!ぱちぱち」



レフトの氷とライトの剣崎先輩が瀧上先輩の所に駆け寄って、今のファインプレーを褒め称えていた。



俺もよく捕ったなと賞賛の言葉を送りたいが、もしあの打球を捕れていなかったら、今頃とんでもない事になっていただろう。


ベンチ前でみんなが瀧上先輩のことを待って、帰ってくると手厚い歓迎を受けていた。


一段落したのを見計らって、ダイビングした時に怪我したんであろう、傷を治療している瀧上先輩に話しかけに行った。



「怪我大丈夫そうですか?」


「うん。擦り傷だから大丈夫。」


「いまさっきのよく捕れましたね。けど、捕れなかったらどうなるとかは考えなかったんですか?」



「んー…。一応一瞬だけ頭の片隅によぎったけど…。」



俺は別に責めているわけではなく、そういうことになる可能性があるとわかっててやるのと、そんなことお構いなくやるのじゃ話が変わってくる。



「わかってたなら別にいいんですよ。本人が捕れると思ったから、あのプレーをしに行ったってことですしね。けど、前の打球に対してダイビングは本当に危険なので、捕る捕らないは別として、大怪我には気をつけてください。」




「うん。わかった。気をつけるよ。」



「けど、ナイスプレーでしたよ。女子野球であんないいプレー見たの初めてだったかもしれません。」



俺は一応言いたいことだけ伝えると、すぐにいつもの定位置に戻って、スコアブックをつけ始めた。



瀧上先輩のファインプレーで勢いに乗ったと思われたが、かのんはこれまでの調子の良さが、どこかに行ってしまったような空振りの連続だった。



かのんはあっさりと三振でベンチに戻ってきた。


続く氷の打席は、初球のカットボールを狙いすましたように今日の試合2度目のセンター前ヒット。


氷には右田さんのカットボールはもう通用しないかもしれない。

氷は完全にカットボールを狙って、そのボールをミスショットせずに確実に捉えられている。



「代走お願いします。代走王寺、背番号18。」


氷はここで御役御免だ。

守備では少しだけダメなところが見えたが、打撃では2安打1四球1打点は大活躍と言ってもいい。



「氷お疲れ様。後は皆のこと応援しておいて。」



「はーい。応援する。…ぐっ。」



応援する?ポーズを俺に見せてそのまま1年生たちの元へ行ってしまった。



大湊先輩は氷とは逆に、かなりボールをしっかりと見てカットボールをファールにして、他のボールを待っているようだった。


だが、それを見抜かれていたのかカットボール攻めされた。



その途中で凛がコソッと盗塁を成功させていた。

公式戦初出場が代走だとそこまでプッシャーがかからないが、1点差の大切なランナーとしてはいい仕事をこなした。



それでも大湊先輩は8球粘って、最後に厳しいインコースのストレートを見逃して四球を勝ち取った。



凛の盗塁で得点圏にランナーが進んだことで、慎重になったせいなのか四球を出してしまったんだろう。



4打席目の桔梗がゆっくりとバッターボックスへ向かう。


右田さんは四球を出したことはあまり気にしていないようだが、打席に向かっている桔梗のことをじっと見ている。


桔梗も右田さんのことをじっと見ていて、お互いにここはエースと4番として負けられない勝負だろう。



それでも右田さんは少しだけ気持ちで負けているような感じがする。


本人もかなり自覚があるんだろう。
右田さんは氷と桔梗と相当相性が良くない。


投げる時に二ノ宮さんからサインを出されているが、半信半疑になっているようにも見える。


負けたくないという気持ちの裏には、本当に勝てるのかという弱い気持ちもチラホラ見える。



「菜々美!気持ちが負けてるぞ!どんどん投げてこい!」



「は、はいっ!」



右田さんの弱くなっている心を見抜いたのか、二ノ宮さんが激励した。


見え隠れしていた弱い気持ちが無くなり、桔梗との真剣勝負を挑む。



サイン交換が終わって、一息ついてセットポジションに入る。


桔梗はあまり初球打ちをしないから、初球はストライクを取ってくるのが相手にとってはいいんだろうが、前の打席は初球を打たれている。



「菜々美いけ!」

「ガンガン攻めていこう!!」



「橘!4番の意地見せてみろ!」

「桔梗ー!頑張れー!」



お互いのバッターとピッチャーに一塁側からも三塁側からも声援が飛んでいる。



初球に選んできたのは、1番得意のカットボールだ。


インコースの体に近い厳しいボール球から、インコースのストライクゾーンに曲がっていくボールだ。



このボールはフロントドアという投球技術のひとつだ。


フロントドアとは、打者の内角のボールゾーンからストライクゾーンへ球を変化させて、ストライクを取る投球術のことだ。


ホームベースを家、打者を家の正面玄関として見立てたときに、ボールが正面玄関から家に入っていくような軌道を描くため、フロントドアと呼ばれている。



カットボールやスライダーを体の近くから曲げて、インコースに食い込む球は狙っていないと打つのはなかなか難しい。



それとは逆の投球術のバックドア。


打者の外角側のボールゾーンからストライクゾーンに、変化する球を投げてストライクを取る投球だ。


フロントドアとは逆に、正面玄関(バッター)の遠くから家(ベース)に入ってくるため、裏口という意味でバックドアと呼ばれているらしい。



この2つは上手く使えるピッチャーだとかなり有効的な技術だ。



右田さんは今日最高のフロントドアのカットボールを投げ込んできた。




「!!!」



初球で勝負は決まった。


桔梗は最初からフロントドアのカットボールを狙っていた。

いつもよりも外側に踏み込んで、体に巻き付くようなスイング。


インコースを打つのに、これ以上とない理想的なスイングだった。


一瞬だけこの球場が静まり、澄み切った金属音だけが響き渡った。


ややライナー性の打球は、そのままレフトスタンドに突き刺さった。





「やったーー!!!」

「桔梗ナイスバッティング!!」

「2打席連続ホームランだー!」



この一撃は右田さんの心を完全に折った。
がっくりと項垂れて顔を上げようとしなかった。


桔梗がホームインするのを二ノ宮さんが見届けると、すぐにピッチャーマウンドに駆け寄った。


右田さんはゆっくり顔を上げると、涙目になってはいたが、泣いてはいないようだ。



8-4。



このスリーランホームランは試合の勝敗をほぼ決定づけた。


 
「ホームラン打ってきたよ。」



「ナイスバッティング。このホームランのおかげで雪辱を果たせたかもね。」



「気を抜かずに最後までいくよ。」



5番の剣崎先輩は落ち込んだ所を狙って初球打ちしたが、打ち損じてサードフライに打ち取られた。



6番の月成のところで代打に美咲が出てきた。


だが、満身創痍の右田さんの最後の気迫のカットボールに押されて、ショートゴロに打ち取られてしまった。



「よし!最終回気合い入れていくぞ!」



「「おおぉ!!」」



守備交代で、ライトの剣崎先輩がベンチに下がり、美咲がレフトに入り、サードには進藤先輩、センターに凛が入ってライトに瀧上先輩が入った。




最終回少しゴタゴタがあって、1失点したものの、最後のバッターの高めにストレートを投げ込んで空振り三振。



「8-5で白星高校の勝利。ゲーム!」



「「ありがとうございました!!」」




最終回はまずは柳生がスプリットを弾いて振り逃げ、その後にヒットと梨花がワイルドピッチで失点した。


みんな試合が終わってすぐに1年生たちは公式戦初勝利を噛み締めていた。


いつも通りにしているのは、桔梗くらいなもので、ほかの子達は目に見えて大喜びすることはないが、グランドの中ではみんな喜びを押し隠していた。



「やったー!!1回戦突破したぞー!」


グランドを出て1番最初に喜びを声をあげたのは、かのんだった。

俺は、かのんが試合の勝敗で感情を露わにすることを見た事なかった。



この一勝は白星高校にとっても、選手にとっても、俺にとっても大きな一勝となった。



みんなの喜ぶ顔を見ていると、やっと一勝したことを実感することが出来た。




「かのんも氷もよくやったよー!」

「美咲達のサポートもせんきゅ!」



かのんや美咲達はワイワイ騒いでいる。

本当だったら、クールダウンとかミーティングをしないといけないが、監督も少しくらいは大目に見てくれている。



「龍、やっと本当の一勝を手に入れられたね。」


「そうだね。桔梗のあの一撃で試合を決めてくれたら助かったよ。」



「ふふ。そうやって褒められると凄く嬉しいけど、恥ずかしい。」



「桔梗もみんなのところに行ってきたら?今日のヒーローなんだし。」



「そういうのは後でいいよ。」



桔梗はどこまでもクールというか、落ち着き払っている。

この後、みんなに揉みくちゃにされると思うが、それでもなんだかんだ嬉しそうにしている。



「橘さん。」



後ろから桔梗を呼ぶ声が聞こえて来た。

俺と桔梗は後ろを振り向くと、右田さんがわざわざ訪ねてきていた。



「右田さん。どうしたの?」



「今度は負けないよ。今はまだ勝てないって思っちゃったけど、来年の夏に当たったら絶対にうちが勝つ!」



「ふふ。私には簡単には勝てないよ?」



「そうかもね。だからって諦めたりしないよ。それじゃ、次の試合も頑張ってね。もう負けちゃったから白星が勝ち進むことを応援してるよ。」



「うん。頑張るよ。」



「それじゃ、またグランドでね。」



右田さんは桔梗だけに話をしに来たみたいで、他のメンバーには見向きもせずそのまま帰って行ってしまった。



桔梗に比べるとまだまだな右田さんだが、来年にはまたいい投手になって対戦することになるかもしれない。



秋季大会1回戦


白星高校 8-5 竹葉学園



試合結果

結果打安本点四死盗
四条4200002
時任3201100
大湊3101100
橘桔4224000
剣崎4111000
月成2000100
瀧上3100000
柳生3000000
海崎1000000


途中交代

結果打安本点四死盗
王寺0000001
中田1000000
遠山1001000
西梨1100000
進藤0000000



結果回安振四死失責 球数
海崎3641043 71球
西梨4262011 58球




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