元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

セレクション!



「上木さん、初めまして。宍戸光瑠。同じ中学3年としてよろしく。」



「……こくこく。」


少しだけ上木さんは光瑠のことをじっと見て、自分から握手を求めた。

もちろん喋られないことは知っている。
光瑠は俺には嫌味をチクチク言ってくるが、同じ野球人で光瑠が認める人にはそんな事を言わないだろう。



2人は軽く握手していた。



「いきなりだけど、3日後にある城西のセレクション一緒に受けに行かん?上木さんなら余裕で城西に受かると思う。」



「……ふるふる。」



上木さんは軽くしていた握手を止めて、軽く首を左右に振った。

俺は内心もしセレクションに行ったら、喋られないという大きなハンデはあるが、野球の才能と実力は折り紙付きだ。


セレクションに受からないということはないだろう。
城西の監督は天見監督の頃から変わっていないし、そこまで実績のある監督が上木さんを見逃すわけない。



「やっぱりそれは無理だよなぁ…。まだ白星に入るとかも決めてないんだよね?ならなんで断るか聞いてもいいかな?」



上木さんはユニホームのポケットからメモ用紙を取り出して、何やら書いて光瑠に渡していた。



『強い高校に入って、競い合ったり蹴落としたりできないと思います。今はただ野球を楽しく出来るならそれでいいんです。』



多分これは上木さんの一切嘘のない本音の言葉だろう。
それを光瑠はちゃんと察することは出来るだろうか?



「白星なら弱いからいいってこと?」



「……ふるふる。」



またすぐになにやら書き始めて、さっきと同じようにメモ用紙を渡してきた。



『それは違います。東奈さんがいるし、沙依ちゃんもいる。白星高校以外に私が野球に打ち込める高校は無いと思ったんです。それでもまだ高校野球をやるかどうか迷ってます。』




これを見て何かを思ったのか、それ以上突っ込むことはしなかった。



「光瑠、才能があっても色んな理由があって野球を続けられない人がいるんだ。俺は才能があったのに野球を辞めたけどね。」



「ふん!わかっとるし!りゅう…、いや、兄貴はただの馬鹿だから一緒にしたら上木さんに失礼やろ。早く謝んなよ!」



「いや、失礼なこと言ってないし…。」



「うっさい!ごめんね?上木さん。兄貴がこんなに馬鹿で…。」



上木さんは俺たちの様子を見てニコニコと笑っていた。

光瑠は上木さんに実力があるからこそ、城西とか強いところに入った方がいいと思うタイプなんだろう。



「まぁ、それはもういいや。ちょっと2人で話したいからあっちに行かない?」



上木さんは俺の方を一旦ちらりと見て、軽く一礼して2人でクールダウンをしに行った。


「穂里ちゃんまた野球一緒に出来るといいッスね!もし機会があれば、白星高校に来たらいいッス!とんでもないコーチがいるッスけど、基礎ができてる穂里ちゃんなら優しくしてくれるはずッス!」



「きっと野球出来ますよっ!バイバイッスぅー!」


雪山と穂里はなかなか気が合いそうな感じだ。
俺にしっかりと一礼してチームの元へ戻って行った。



「龍兄ちゃん、今日助けたのは借り1つでいいよねー?結構ちゃんと助けたと思うんですけどー?」


俺はこれに関しては何も言い返せなかった。
雪山はとてもやる気を出したように見えたし、これで貸し無しって言い張るのは年上としては情けない。



「まぁ助けられたしね。なにか1つお願い聞いてあげるよ。」



「なら結婚して…。」



セクシーな声で言ってはいるが、ここが昼間の野球場でスパイクを脱ぎながらじゃなければ、少しはマシだったかもしれない。



「はいはい。なにかちゃんと決めておけよー。俺はそういうことすぐに忘れるから。」



「はーい。何か考えておくよー。」



俺は球場の外に出て、クールダウンに向かった2人を待っている間に、今日のリードについて色々と俺の話を聞かせることにした。



「って感じだから、あのバッターにはカーブじゃなくて、スライダーを使って空振りを狙いに行く理由が分かった?」



「んー。わかったような、わかってないような?」



初心者にこんなことを言うこと自体おかしいことだと分かってはいた。


それでも、初心者では到達しないところまで来たせいで、初心者に教えるべき事じゃないことまで教えてないといけない。



「んーこればっかりは試合で試さないといけないからなぁ。逆に、キャッチャーじゃない方が穂里は輝くんじゃないかな?足も相当速いし。」



「やだっ!野球にこだわりとかないけど、キャッチャーがしたいのっ!龍兄ちゃんと同じポジションがいいのは譲れないよー!」



このキャッチャーへのこだわりはどこかで…。


七瀬か。


穂里とは真逆のタイプだけど、キャッチャーへのこだわりと言えば七瀬のイメージが強い。


「こだわりは大切だからね。けど、ほかのポジションをやることがあっても、手を抜いたらダメだよ?そういうのも野球が上手くなる1歩だから。」



「キャッチャー以外をやる時もしっかりとやればいいんだよねっ!ちゃんとがんばってやりまーす!」



雰囲気もやる気に満ち溢れているから多分大丈夫だろう。

それにしても、穂里がどんな選手になっていくのが楽しみであり怖くもある。


俺がずっと指導していって、俺が壁を作って上げたりすれば成長も見込めるが、これから壁という壁がなかったら…。



卒業するまで一年半あるが、打撃や守備ばっかり上手くなって、本当に白星に来てくれた時に野球の上手すぎるど素人じゃ使えない。



「あ、課題思いついた。」



「んー?なになにー?」



「新しいチームに入ったらすぐにレギュラー取るのは当たり前として、キャッチャーとしてチームを県ベスト4くらいまでに引っ張り上げてみて。」



「んー?チームを大会でベスト4まで勝たせればいいってこと?」



「まぁそんな感じかな?ちゃんととしてね。」



「はーい。とりあえず優勝目指すね!」



俺の意図が伝わってるかどうかは、おばさん達に試合の映像を送って貰って確認するか。



「終わったー。上木さんとも少しは話せたから満足。」


「上木さんも光瑠に付き合ってくれてありがとうね。」



いつものように女神のような笑みをして軽く手を振っていた。

上木さんとはちょこちょこやり取りしてるし、焦らせて決めさせるようなこともない。


他の高校と取り合いとかではなく、白星で野球をやるか、このまま草野球を続けるかのどちらかなのだ。



「じゃちょっと早いけど、帰るね。雪山には練習頑張るように上手く言っておいてくれると助かるよ。」



「……こくこく。」



手を振って俺たちにお別れの挨拶をしてくれている。

光瑠と穂里も手を振って、俺たちは球場を後にした。



3日後のセレクションまでは、光瑠と穂里には無理しない程度に練習を家でやらせておいた。


と思っていたが、練習を覗きに来ているのを俺は気づいていた。


しかも1日だけじゃなく、2日目も見に来ていて、2日目は結構大胆に外野から練習を見学していた。


俺が注意しに行けばそれだけ目立つと思い無視して、コーチを続けた。



お盆明けでみんな少し気が抜けていそうだったから、ちょっと厳しめのメニューをこなしてもらった。


夏の高い気温でみんなバテバテになりながらも、ローテーションで休憩しながらノックを打ち続けた。


やはり白星に興味のある穂里は食い入るように見ていた。

それよりも意外だったのが、こんな暑い日にもかかわらず光瑠は2日ともわざわざ白星まで来て練習を見学している。



光瑠も普通に野球してれば、色んな高校からスカウトもくるだろうし、セレクションを受けまくって色々経験出来ただろう。



俺は明日の城西のセレクションが終わったら、次の日にでも白星のセレクションという名の体験入部でもしてあげようと思っていた。



白星での練習が終わったあとは、早く帰宅して光瑠のセレクションが上手くいくように色々と手伝ってあげた。




「いいんじゃないかな?とりあえず今の調子で行けば落ちることないと思う。俺のスカウトしてきて言えることは、抑えて結果を出すとかよりも、光瑠の今投げれる最高のストレートを投げるだけで受かるはず。」




「そうかな?たまにはその言葉を信じてあげるよ。」



そういうとさっさと姉の部屋に戻って寝てしまった。

今日だけは光瑠をゆっくりさせてあげたいということで、俺のベットで穂里が寝て、俺が床に布団を敷いて寝ることになった。



「明日大丈夫かなー?」



「光瑠なら問題ないだろうね。どれくらい評価されるかの方が気になるね。」



「それならいっか!明日セレクションついて行くって言ってたけど、練習は大丈夫なのー?」



「城西のセレクションってことはいい選手いるかもやろ?掘り出し物がいたら、向こうよりもいい条件でスカウトするんだよ!」



「おー!かっこいいー!」



スカウトとはなにかを穂里に説いていると、結構遅い時間になったのでさっさと寝ることにした。



「おはようございます。」



「龍ちゃん、おはよう!光瑠達の練習とか見てくれたんでしょ?ありがとうね。」



セレクションにはおばさんに連れていってもらう事になっていた。


セレクションの集合時間は9時からなので、一応30分前には行った方がいいと伝えていた。



うちの家から城西までは混んでなければ車で20分くらいの距離だ。


実際に球場に着いたのは8時25分だ。

俺が球場に着いてびっくりしたのは、部員が色々と準備してるのとは別に、参加者と思われる人数がこの時点でかなり多い。


白星がセレクションするって行ったら人は来るのだろうか?


この人数を集められるようになるなんて、夢のまた夢だろう。



セレクションに来ている1年生の中には、今年スカウト活動で目をつけた選手も2,3人はいた。


ここに集まった子達と、城西がスカウトした子は別なのだろうか?


ざっと見積っても30人以上はいるが…。
城西がいい選手のスカウトを何人か終えていて、それとは別にこの人数が集まるとなると、層の厚さにかなりの違いが出るだろう。


俺が必死にスカウトしても10人前後で、城西は自分から入りたいという選手が少なくても30人はいるってことになる。



「こればっかりはチームを強くするしかないな。」



俺は来ている選手の中でスカウトした選手はいないかを探してみた。


セレクションに来ている選手ではなく、城西の選手で案内役をやっている選手を知っていた。



鶴見塁つるみるい


かのんが白星高校に入るのを決める少し前に、セカンドとしてA特待でスカウトしたが断られてしまった選手だ。


野球のタイプはかのんと同じくなんでも出来るが、特に足が速かった。

唯一違うところはプレースタイルが違って、チームプレイ第一で試合に勝ちたいという執念を感じられるいい選手だった。



俺の知る彼女のままなら、新チームになった今ならレギュラー争いには加わってくるだろう。


去年のスカウトのことを思い出しながら、グランドを見渡していると、鶴見さん以外にも俺がスカウトした選手が2人いた。


その2人はB特待としてスカウトした。

城西には特待として入れたのだろうか?
鶴見さんは間違いなく特待生だろうが、あの2人は城西のBと考えると実力不足なのような気もする。



俺は光瑠がセレクションで引っかからないなんて事はないと思っていた。

野手だったら、打てないし、エラーもする、走塁で暴走することもありえるかもしれない。


セレクションという舞台で、緊張のしすぎでボールも投げられないということになれば話は別だけど…。


隣の光瑠をちらりと見ると、軽くストレッチしながらリラックスしていた。


「まぁ大丈夫だろ。」



「ん?なんか言った?」



「緊張してるかと思ったけど、大丈夫そうだと思って。」



「あー。してないことは無いけど、いつもの試合前と同じって感じ。」



そうきっぱり答えると野球道具を持ってグランドの方へ歩き出して行った。



「光瑠ちゃんがんばー!」



妹からの緊張感のない応援を聞き流してそのまま行ってしまった。


グランドに入る前に監督らしき人から話があって、鶴見さんが中学生を引率してアップを開始した。



アップをぼけっとしながら眺めていると、普段あまりならない電話がかかってきた。



「誰だ?……姉ちゃんからかよ…。」


このタイミングで電話してくるということは、俺がここにいることもきっと筒抜けなんだろう。



「はい。もしもし。」



「おはよーん。光瑠はもうグランドの中かな?」



「そうだよ。なんか伝えて欲しいこととかあった?」



「いや、光瑠とは昨日話したから大丈夫。ちょっと聞きたいことがあってねー。ちょっと代わるね。」



『代わるって誰と代わるんや…。』



俺は嫌な予感がしながらも電話を切る訳にもいかず、緊張しながらその相手からの第一声を待っていた。



「いきなりごめんなさい。龍くんでいいのかな?」


やっぱりというか、当たり前というか聞いたことの無い女性の声だった。



「私は光さんと同じチームメイトの、西郷照さいごうてるです。」



西郷照。


姉と同じ城西で、天見監督が3年生の時の1年生だったはずだ。


ドラフト1位でプロ入りして、1.2年目は結果が出せずほぼ二軍暮らしだった。

3年目の去年に遂に頭角を現し、リーグ3位の打率と打点をマークして新人王に選ばれた。


今年は主に3番として出場して、4番の姉の前の打者を任されている。



「あ、西郷選手ですか。初めまして。光の弟の龍です。」



「急にごめんね。城西のセレクションに行ってるって聞いて。そのセレクションに私の妹も行ってるはずなんだけど、いるかな?」



「えーと。どんな感じの子ですかね?」



「髪の毛染めていけって言ったから黒だと思うけど、もしかしたら金髪に赤のメッシュ入れてるかも…。」



俺が見ていた感じそんな派手な女の子はいなかったはずだけど…。


もう一度よくグランドを見渡してみたが、それらしき女の子はいなかった。



「そんな派手な子はいないですね。他に特徴…と…。」



ほかの特徴を聞こうとしていたその時、グランドの入口でなにやら揉めている女の子がいた。



「あ、あの…。髪の毛シルバーで、身長165cm前後の女の子が居ますが…。」



「多分その子がうちの妹の西郷天音さいごうあまねです!こんなこと頼むの申し訳ないですが、私の名前使っていいので止めて貰えませんか?」



1番最初に思ったことは普通に嫌だった。

自ら絶対にめんどくさい事になるとわかっていて、好き好んで突っ込んでいくバカはいない。


普通なら断っていた。
だが、それは無理だった。

断れない理由はこの電話の後ろに姉がいたからだ。



「わかりました。とりあえずやってみますけど、あんまり期待しないでくださいね。」



「本当にごめんね。それじゃよろしくお願いします。」



俺は目の前にある地雷原に突っ込んで行くことになってしまった。

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