元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
草野球!
俺は光瑠達の家でゆっくりすることが出来なかった。
帰ってきた弟の綾人に野球を教えて欲しいと言われ、終わったと思えばこれまでコーチとして、やってきたことを永遠と話す羽目になった。
「えー!スカウトもやってるんや!流石、龍くん!」
「綾人もまた今度こっちに来た時に野球教えてあげるから、それまではこのノートに色々と書いてるから参考にして練習してみな。」
「オッケー!頑張ってレギュラー取るわ!」
綾人は野球を初めてからまだ月日が経ってないみたいで、俺達の誰かに影響されたわけでもなく、友達から誘われて野球を始めたみたいで楽しそうにやっている。
それでもやっぱり友達には負けたくないらしく、嫌々ながらも姉2人に野球を教えて貰っているらしい。
光瑠はまだ分かるが、野球初めてそこまで経たない穂里はダメじゃないか?
久しぶりに会う親戚達と楽しく過ごした。
その時間もあっという間に過ぎてしまい、帰る時間になった。
来る時はスカスカだった5人乗りの車が帰りには満員になっていた。
「なんで穂里がいるんだ?」
「んー?今日監督に連絡して野球部辞めるって言ったから暇になったんだよっ。だから武者修行として龍兄ちゃんについて来た!」
「ま、まぁそれはわかったけど、監督さんはなんか言ってなかったのか?」
「才能があるのに野球辞めるの勿体ないぞって!今のままじゃ試合に出れないから女子野球始めるって言ったら、納得してたよー。」
本当に納得したのだろうか?
かなり強引に辞めて、監督さんが困惑しているのが容易に想像出来る。
「あんたまた先生達を困らせて!中学に入って1週間で陸上部辞めたよね!?その陸上部の顧問は私の担任で凄くガッカリしてたんよ!全国でも有名な宍戸さんの妹が入ってくれたのにって私に言われて…。」
「えへへ。だって、野球やりたくなったんだから仕方ないじゃーん。」
「はぁ…。まぁあんたがそうしたいなら別にいいけど。」
そう言うと諦めたように会話を終えて、そっぽを向いてしまった。
そこからは家に帰るまで、ほぼ穂里の話を聞かされることになった。
穂里は思ったよりも周りを巻き込んで色んなことをやっているようだ。
白星でいえば、かのんみたいなものか?
いつの間にか可愛い従兄妹が、かのんみたいになっているのかと思うと俺も少し頭が痛い。
家に着くと、室内練習場にいつの間にか2人は移動して勝手に練習を始めてしまった。
2人とも打撃練習がしたいみたいで、プロテクターをしっかり付けてからマシン打撃を楽しそうにやっていた。
打撃練習をやってる時は2人は仲良さそうに見えた。
なんだかんだ軽く言い合いをしながら、家で硬式を打てることに感動しつつ、いつまでやってるんだと思うくらいずっと打撃練習をやっていた。
「硬式打ったの初めてだけど、凄いボール打ってる感じする!たのしー!」
軟式しか打ったことない穂里にとっては初めの経験で、凄く楽しそうにしている。
最初は詰まって痛い痛い言っていたが、打っていくうちに硬式の打ち方を直感で分かってきたみたいだ。
「あー楽しかった!光瑠ちゃんはやっぱり硬式ずっとやってるから打つの上手いなぁ。」
「穂里こそ硬式初めて打ったとは思えないんだけど…。」
穂里は本心で感心してそうだが、光瑠は穂里の野球センスに少し呆れているようだ。
「2人とも今日はそこまでにしておこうか。」
この日はここで練習を終えた。
明日は光瑠を連れて草野球の試合に出てもらうのと、俺のちょっとした用事をこなしにいく。
「こら!穂里!龍兄の部屋で寝るのはダメ!」
「えー!一緒のベッドで寝るわけじゃないし、従兄妹なんだよー?考えすぎだよー。」
従兄妹同士は結婚できるとはいえ、俺たちは血が近すぎて倫理的に考えても無理だ。
穂里もそういうつもりじゃなく、俺をお兄ちゃん代わりとして甘えたいんだろうか?
「今日は姉妹仲良く姉ちゃんの部屋で寝なさい。」
「はーい。」
思たよりも簡単に引き下がって2人仲良く?姉の部屋で寝るみたいだ。
夏の草野球の朝はとても早いので、今日も9時過ぎには寝ることにした。
あの二人はこの時間に寝れるんだろうか?
最悪、朝2人を叩き起こせばいいかと思いながらそのまま就寝した。
「おい。絶対に来ると思ってたけど、本当に来たらだめだろ…。」
「あれ?バレちゃった?今日だけ!ね!お願い!」
「はぁ。隣で寝るだけだからな。」
「はーい。おやすみなさいー。」
抱きついてきたりするかと思ったが、ただ隣で寝ているだけだった。
それにしても寝るのが早すぎる。
返事をしてから1分くらいで寝てしまったけど、ここに来た理由はあったんだろうか?
別に隣に来なくてもいいんじゃないかとも思ったけど、俺も気にせずに寝ることにした。
「起きろー!穂里、やっぱりここにいた!龍兄も早く起きて試合にいくんでしょ!」
朝から叩き起しに来たのは光瑠だった。
隣でぐっすり寝て起きる様子がない穂里を起こすか迷っていた。
今日は光瑠と一緒に試合に行かないといけないし、別に穂里がこのまま寝てても問題は無い。
最悪、穂里には後で文句を言われることを覚悟して起こさないことにした。
朝早かったので、ご飯が用意されている訳もないし、今日はお盆最終日だし両親もゆっくりしたいんだろう。
「光瑠、昨日言った通り俺のことは兄貴でも兄ちゃんでもいいから名前呼ばないようにね。」
「またその話?わかってるって言っとるやんか!」
俺があまりに念を押すからちょっと怒っているようだ。
昨日のうちに2人には今日試合する相手に、上木さんという喋ることが出来ない選手がいることを伝えておいた。
「楽しみやねぇ。上木さんって子。」
朝からテンションが高いと思ったら、やっぱり久しぶりに試合で投げられることを楽しみにしているようだ。
昨日のうちに軽く軟式を投げる練習しておいた。
思ったよりもあっさりと投げられるみたいで安心した。
「むにゃむにゃ…。2人とも…。置いていこうとしたでしょー。」
そろそろ出るかと思った時に、だらしないユニホーム姿で2階から穂里が降りてきた。
「あんたね…。それってユニホーム着てるってよりも脱いでない?」
「だってー。置いてこうとするからっ!」
光瑠が穂里のユニホームをちゃんと着させていた。
俺が着替えをあんまり見ているのもあれだったので、2人の荷物も用意してあげた。
球場までウォーミングアップついでに、20分くらいランニングしながら行くことにした。
穂里は朝からなんでこんなに走らないといけないのと、文句を言いながらもしっかりとついてきた。
「ねー!まだー!?」
「うるさい!黙って走らないと追いていかれる!」
俺は途中から結構早いスピードで走っていたので、2人とも途中から本気で走り始めていたが、穂里は起きてから時間も経っていないので流石にキツいみたいだ。
「よくついてきたね。それじゃここからは名前を呼ぶんじゃないぞ。」
「はーい。」
「わかった。」
球場に着くと、もう両チーム結構な人数集まっていた。
上木さんが1塁側のプルペンで投げているということは、俺たちは3塁側か。
「おはようございます。今日はよろしくお願いいたします。」
「よろしくお願いします!」
俺はベンチの前で準備運動をしていた選手たちに一礼した。
「君たちが和水ちゃんの言ってた助っ人か!こちらこそお盆のこんな朝早くに来てくれてありがとうね。」
そういうと40歳くらいの優しそうな痩せ型のおじさんが俺に挨拶をしてくれた。
この人がこのドックスターズのチームの監督さんなんだろう。
俺はお盆明けまでに試合に参加できないかと、上木さんにお願いしていた。
上木さんのチームよりも相手のチームがかなり人数がやばいみたいで、不戦勝になりそうだからということで相手チームとして参加することにした。
「2人は姉妹だよね?見た目も似てるし、身長も高いし。」
「そーですよー。私が妹で、あちらが姉ですっ!」
「今日はよろしくお願いします!」
人見知りをせずにいつも通りに話す穂里と、きっちりと挨拶をする光瑠。
「今日はちょっと予定変更したいんですけど、ピッチャーに光瑠、キャッチャーを穂里にやらせて、自分がセカンドかショートさせてもらるとありがたいんですが…。」
「いいよいいよ!いつもセカンドしてる人が今日いないからセカンドお願い出来るかな?」
「はい!ありがとうございます!」
俺は今日は野球三兄妹という設定で、宍戸という母の旧姓を名乗ることにした。
なんで俺がこんなことをしているかというと、相手のチームに問題児が1人いるからだ。
「よーし!今日も勝つッスよ!!高校で鍛えた実力を見せつけるッス!!!」
謹慎中の雪山が草野球に参加しているのを知っていたからだ。
そもそも、俺が草野球をしてこいと言ったようなものだ。
俺はサングラスをかけて、地元のプロ野球チームのユニホームを着て、道具も個人練習用の雪山が見た事のないであろうをものを使用している。
喋るとバレそうなので、話す時も細心の注意が必要だ。
しかし、俺が投手をして蓮司を久しぶりに野球に引っ張り出して来ようと思ったが、まさか従兄妹の2人がバッテリーを組むことになるとは…。
しかも、試合が約4年振りの姉がピッチャーで、試合経験の少ない天才肌の妹がキャッチャーとは。
「光瑠ちゃん、試合でバッテリー組むことになるなんてねー。多分、バッテリー組むの最後になるかもしれないから、楽しもうねっ!」
隣で2人が話していて、穂里が光瑠に対して少しだけ寂しくなることを言っている。
「急になに?いつも家でボール受けてくれてるやん。」
「試合の話だよー。光姉さんのいた城西に行くんでしょ?私は白星に行くから同じチームとして、試合出来ることってもうないんじゃないかと思ってさー。」
「………。そうかもね。」
「こうやってバッテリー組めてよかったねっ!高校に入ったら嫌でも戦うことになるんだし、その時は手加減してあげられないよっ。」
穂里が真剣な表情をして光瑠のことを見つめていた。
光瑠はいつもふざけている穂里とのギャップにビックリしているようだ。
「あんたがそんな事言ってくるなんて思わんやったよ。それなら今日だけは姉妹で楽しく野球しようか。」
「うんうんっ!私を信じて投げてきてね?」
2人は少しすれ違うことが多いかもしれないが、これはこれでいい関係だなと思いながら話を聞いていた。
「それじゃ、試合始めまーす!両チーム集まってー。」
「あの姉妹っぽい子達バッテリーみたいッスよ!ウチの力を見せてあげないといけないッスね!」
「…こくこく。」
草野球で最近活躍しているらしく、明らかに調子に乗っているのが分かる。
それをわかっていて、優しく笑ってあげる上木さんを見ていると、とても女神のように見える。
「あれが兄さんが言ってた上木さん。それで少しうるさいあの人が野球部の問題児の雪山さんだよね?」
「そうなんじゃないかなぁ?上木さんって独特な雰囲気ない?お兄ちゃんが認める選手って感じだけはありそう!」
「おい。2人ともあんまりベラベラ喋るんじゃない。」
「それではドックスターズとセイバーズとの試合を開始します!礼!」
「「お願いしまーす!!」」
俺達は後攻だったので、守備位置に散らばっていった。
マウンドでは少し緊張した面持ちの光瑠がピッチング練習をしていて、キャッチャーの穂里は逆にリラックスし過ぎなくらい普通にしている。
「プレイ!!」
1番バッターの上木さんがバッターボックスへ。
出来るだけ対決させてあげたいので、上木さんにお願いして1番として出場してきた。
「打ち方は光姉とは全然違うのか。」
初球はもちろんストレート。
と思ったが、初球からカーブを投げてワンストライクを取った。
上木さんの打席だけは光瑠の好きに投げさせてあげてと、穂里には予め伝えておいた。
『初球から変化球なんてかなり慎重なんだな。』
何度か穂里のサインに首を振って決めたボールは一体なんだ?
キィン!
「ファール!」
2球目は何度か首を振ってストレート。
後ろから見てもいいストレートがいっているのがわかるし、慣れない軟式でもコントロール出来ている。
3球勝負はせずに、ちょっと厳し目のストレートをインコースのボール球を投げた。
光瑠は俺好みの結構いい配球を披露していた。
もし、次絶対に抑えたいなら外に逃げるスライダーがいいだろうけど、力で勝負したいならアウトコースへのストレートだろうがどうする?
パキィン!!
軟式の軽い音と共に鋭い打球が光瑠を襲う。
グラブを出すが、打球がセンター方向へ。
「よしっ。きた!」
セカンドの俺はアウトコースに構えた穂里を見て、投げる直前にセンター方向へ守備位置を変えていた。
上木さんはかなり上手いバッティングをしてくるバッターだ。
アウトコースのボールを無理矢理引っ張ったりはしない。
センター前へ抜けそうなボールをどうにか逆シングルで捕球して、その勢いのままジャンピングスローでファーストへ送球。
「ア、アウト!」
久しぶりに内野守備をやったが、鮮やかなファインプレーでワンアウトを取った。
「うわー!!あのセカンド凄いッス!!かっけぇッス!」
よしよし。
第1弾は成功したようだ。
俺が苗字まで偽ってプレイしているのは、雪山に俺のプレーを見せるためだ。
俺が試合場に来たら、偵察だの、監視だの言われてプレーを見せるどころの話じゃなくなりそうだったからだ。
俺のプレーを目に焼き付けさせて、基礎の重要性を別の角度から雪山に伝えようとしていた。
逆に言えば、ここまでやらないと雪山はしっかりと基礎練習に取り組まないだろう。
『従兄妹まで引っ張り出してやってるんだから、明日からの練習でふざけてたらぶん殴ってやる。』
俺は謹慎開けたら、またとんでもないくらい地味な練習をやらせるつもりでいた。
2番の雪山は光瑠のストレートを打ってショートゴロ。
初球からしっかりストレートについてきていた。
いつもなら呆気なく空振りしそうなものだが、草野球だと気負いがない気がする。
いつもこんな感じで試合に臨めれば、もっとマシな活躍出来るはずなのに…。
「ふぅ…。」
「光瑠ちゃんナイスピー!」
1回は何事もなくしっかりと抑えた。
最初は緊張してる様子だったが、いつの間にか緊張もほぐれていい球を投げていた。
それよりも気になるのは、ネクストバッターズサークルに入っている穂里の方だった。
キャッチングとかは問題なさそうだが、バッターがスイングする時に少し気にしているのと、サインの意図が感じられない。
多分なんとなくでサインを出している。
それでは今はまだ草野球だからいいが、この先もこれだとキャッチャーは務まらない。
ピッチャーはもちろん上木さんが登板してきた。
やっぱりマウンド姿や、投げ方、投げる変化球全てに姉の姿が見え隠れしている。
お互いの1番ピッチャーという珍しい打順になっていた。
光瑠は左バッターボックスに入って、あんまり気負ってる感じもしないし、どんなボールを投げてくるか楽しみにしているんだろう。
光瑠はヒットを打つというよりも、ある程度ボールを見てみたいのかカットしている。
何球か粘ったが、最後にアウトコースのストレートを引っ掛けてセカンドゴロになった。
打って変わって軟式を打ち慣れている穂里が、初球のストレートを弾き返してセンター前ヒット。
3番バッターが三振して、4番の俺に打席が回ってきた。
俺は上木さんのボールを受けたので、どんなボールを投げてくるかわかってる。
そこまで分かれば打つのは難しくはない。
俺は2球目のスクリューを完璧に捉えて、ライトスタンドに叩き込んだ。
「す、凄いッス…。」
久しぶりに試合でホームランを打って、こうやって注目されていたんだなと思いながらグランドを1周していた。
雪山が羨望の眼差しでこちらを見ているような気もする。
いつもそうやって俺の事を見てくれていたらこんなことをする必要もなかったのに…。
「お兄ちゃんナイスバッチー!」
ホームに帰ると先程ヒットを打った穂里が、俺の事をぴょんぴょんと跳ねながら迎えてくれた。
「ありがと。穂里のいいバッティングだったよ。」
「わーい!お兄ちゃんのフォームとそっくりだったでしょー?」
「バッティングフォームまで似せてくるとは思わなかったよ。打ちにくくないか?」
「んー?打ててるから打ちやすいんじゃないのー?」
そもそもあんまり気にしている様子もないし、大丈夫?なんだろうが、ちゃんと意味をわかっていないのはどうにかしないといけない。
この試合はこのまま順調に進んで、5回まで穂里はエラー絡みの1失点で抑えた。
妹の謎リードに困惑しながらも、どうにかこうにか切り抜けてきた。
2打席目も上木さんを抑えたといえば抑えたが、右中間にストレートを引っ張られて、あわや長打になりそうな打球を打たれていた。
打席の方は2打席目にチェンジアップに体勢を崩されてセカンドフライ。
穂里も2打席目はチェンジアップにやられて、空振り三振。
俺は初球のストレートを打ってセンター前ヒットだった。
「上木さんって本当に外野手なん?どう見てもピッチャーにしか見えんのやけど…。」
「そう思うだろ?けど、外野手も相当うまいからな。」
上木さんの野球の能力の高さを認めているが、他にも引っかかることがあるみたいだ。
「白星には勿体なくない?どうにか3日後のセレクション一緒に行けないか聞いてみようかなぁ…。」
いきなりとんでもないことを言い始めた。
俺がどうしても欲しい選手ということをわかっていて言ってるのか、それとも同じチームメイトにしたいと思っているのか…。
「まぁ、聞くのはいいけど、無理に連れていこうとしたりするなよ。」
「しないよ!けど、彼女も強い高校に行って甲子園に行きたくないのかなぁ…。」
「どうだろう?上木さんはそういうことを望んでるようにはみえないけどね。かといって、遊びで野球をやってるとも思えないけど。」
残り2回は俺がマウンドに上がって、雪山をきっちりと抑える。
後はキャッチャーの本物のリードを穂里に見せてあげないといけない。
「穂里。ここからは俺がリードするから自分のリードと、何が違うか考えながらボールを受けてみてくれ。」
「わかったよー!」
真面目に話を聞いているようだけど、俺のリードの内容を理解できるんだろうか?
それもこれもとりあえずやってみるしかない。
「ストライク!バッターアウト!」
「速いッス!!打てる気がしないッス…。」
雪山を簡単に三振に取って、その後は相手のバッターによって色んなリードを披露したが、その意図がわかっただろうか?
ヒットを打たれることもなく、手を抜いて2回をしっかりと抑えた。
「試合終了!!ドックスターズの勝利です!礼!」
「「ありがとうございました!!」」
試合が終わると、上木さんと雪山がこちらに向かってきた。
「あ、あの!宍戸さん!守備も打撃も投球も凄かったッス!!」
「…あ、ありがとう。」
「どうやったらそんなに上手くなるんッスか!?あんなプレーしてみたいッス!!」
俺は自分の思った通りの展開になってきた。
いや、逆にあまりにも上手く行きすぎて嫌な予感もする。
「毎日地道にずっと練習してきたんだよ。やりたくない地味な基礎練習の繰り返しで、ここまで出来るようになったんだ。」
「基礎…練習ッスか…?」
基礎練習という言葉に拒否反応を示しているのか、あからさまに嫌な顔をしている。
その時思った。
こいつに野球はやっぱり向いていない。
俺がこの後どうしようかと思っていたら、思わぬ人が俺を助けてくれた。
「お疲れ様でーす!雪山さんでしたよねー?初めまして、私は宍戸穂里ですっ!野球初心者なんでよろしくお願いしますねっ!」
「穂里ちゃん、よろしくッス。え?あんなに上手いのに初心者?冗談ッスよね?」
「いいえ。野球初めてまだ一年半ですよー。」
雪山も野球を始めて1年半くらいだったはずだ。
目の前に同じくらいの野球経験年数なのに、野球の上手さが全然違う選手がいる。
「ど、どこの高校で野球やってるッスか?」
「えっ?私はまだ中学2年生ですよー。中学に入ってから野球初めました!」
雪山にとっては穂里がかなりイレギュラーな存在に見えている。
どうやったらここまで野球が上手くなるのか、しかもそれが中学生ということにかなり焦っている。
「雪山さんって基礎練習してないでしょー?初心者の私だからよく分かるんですよっ。」
「うっ…。なんで初心者なのにそんなこと分かるんッスか?」
「私は一年半試合にもほとんど出れなかったんですっ。けど、どうしても野球を上手くならないといけない理由があったんですよー。」
雪山は穂里のその言葉を真剣に聞いている。
「どうしても上手くならないといけなかったから、一年半ずっと地味な練習だけやってきたんですよー。それがよかったのか、いつの間にか体に野球の動きが身についてましたっ!」
「そ、そうなんッスか…。」
「それもこれもお兄ちゃんに教えてもらったんですよー。最初は地味だしキツいし嫌でしたけど、上手くなるならって我慢してたらなんか上手くなっちゃいましたっ!」
本当は地味な基礎練習もあるが、穂里自身の天才的なセンスのお陰が大きい。
それを雪山は知らないし、今何を思っているかもわからない。
「ウ、ウチでも上手くなるッスかね…?」
「きっとなりますよっ!野球好きなんですよね?ならちょっと嫌な練習でもやってみて、ダメだったらそれをやらせてる人のことを1発殴ちゃいましょー!」
なんてこと言うんだと思いながらも、同じ初心者として素直な言葉が雪山に刺さっている気もする。
「な、殴るッスか?殴り返されないッスかね…。」
「その指導者だってそれで上手くなれるから、そうやって指導してるんですよね?したくないことやらされて、上手くならなかったらぶん殴ってもいいと思いますっ!殴り返されたら指導者辞めさせましょう!」
確かにそれはそうだ。
俺もやるからには必死に教えるからこそ、もし雪山が上手くならなかったら殴られても仕方ないとも思っていた。
「そうするッス!今は我慢して上手くなんなかったらぶん殴るッスーーー!!!」
俺の作戦自体は微妙だったが、穂里が助けてくれた。
野球部に復帰してもこの出来事のおかげで、少しは真面目にやってくれるだろう。
「学園」の人気作品
書籍化作品
-
-
1978
-
-
440
-
-
20
-
-
93
-
-
3087
-
-
140
-
-
841
-
-
35
-
-
1359
コメント