元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

白星vs友愛⑦!







「高城。分かってるよな?」




「わかってるよん。勝つ為には手段は選ばない。」






最上さんと2番の高城さんはなにやら話している。
多分最上さんが何かアドバイスしてるみたいだけど、ここで俺が最上さんならアドバイスする所は1つしかない。






『明らかな弱点の雪山を狙え。』




いまさっき揉めてテンションもガタ落ちしていて、明らかにショートとしては実力不足の弱点がグランドに残っているならそこを狙うのは当たり前だ。




仲良く練習してきたからとか関係なく、試合になったら絶対に妥協しないのが本当の野球人だと俺は思っている。




弱っているからそこを狙わないのは優しさではなく、慢心としか俺は思えない。






バッテリーはそれに気づいている。




サイン交換の時点で柳生は右打者の高城さんがショートに打てないように、最初から座る位置がアウトコースの方に体が流れている。




アウトコース要求するのがバレバレだが、バッターの高城さんもキャッチャーだ。




そんなこと100も承知でショート方向へ引っ張ろうとしてくるだろうが、美咲の今日の球なら上手くすればショートに打たせないように出来るかもしれない。






「打たせないよっ!」




美咲は右打者の外に逃げていくスライダーを投げてきた。
アウトコースからさらに外に逃げるボールで、これだと引っ張るのは難しい。








「ボール。」




外に逃げるボールを使うのは良いが、ストライクゾーンを使わないと見逃されるだけで勝手に追い込まれる。




今日の美咲なら外角ギリギリの球を投げ込めるんじゃないかと思うが、アウトコース一辺倒ならここまでヒットのない高城さんでも狙い打ちしてヒット打たれる確率も大幅に上がる。






雪山には申し訳ないが、バッテリーの配球の幅を狭めていてお荷物になっている。


そういうのに気が付けないのはまだ野球のことを理解出来ていない。




キレてしまっている時点で視野が狭くなっているし、自分のせいでバッテリーがそんなことになっているとは思ってもいないだろう。






「厳しい。」






柳生も俺もプレー中にぼそっと独り言を言う癖があるみたいだ。


美咲にボールを返球してマスクを外して汗を拭いながら、厳しい顔をしてボロっと弱音を吐いている。






俺なら次はインコース高めにストレートを投げさせる。
アウトコースを狙っているなら今さっきのアウトコースローの対角になるインハイで詰まらせて、出来ればフライアウト取りに行きたい。






柳生は考えて出した答えはアウトコース低めのギリギリのところのストレート。






「ボール。ボールツー。」






アウトコースのボール球を打たせようと思っても無理だということに気づかないと手遅れになる。


もう手遅れになりかけているが、簡単に歩かせる訳にはいかない。






柳生は次もアウトコースに構える。
次は多分ストライクゾーンで勝負してくる。






3球目思った通りど真ん中からアウトコースへ逃げていくスライダー。






カキィン!




アウトコースと分かって踏み込んで打ってきたが、雪山を狙って来ずにセカンドの花田の方に鋭いライナーを放った。






ある程度捉えた打球だが、セカンドが落ち着けばゲッツーを取れるコースにボールが転がっていく。






花田は打球に追いついたが、バウンドが合わずにボールを弾いた。


弾いた位置が自分の目の前で、すぐにボールを拾い上げて近くにいるはずの雪山にボールをトスした。






ファーストランナーの犬山さんが足が速く、結構な勢いでスライディングしてきた。






「邪魔ッス!!」






雪山は足元に強烈に滑り込んできた来た犬山さんを全然気にしていない。






「アウト!」






やっと一つアウト取ったと思ったが、雪山はゲッツーを取りに無理矢理ファーストに送球しようとした。




犬山さんもセーフになるために速いスピードでスライディングしてきて、ショートの雪山を避けてあげる余裕もない。






「え…。」






「危ないっ!!」




足元に滑り込んできている犬山さんのことを無視して投げようとして、犬山さんを左足で踏みつけてしまった。


それと同時に雪山の軸足を犬山さんはスライディングした足で蹴りあげてしまう。






犬山さんに雪山が上から倒れ込む形になった。
ボールはグランドを転々としているが、2人ともすぐに立ち上がらずにプレーどころではなくなった。






「いてて…。」






犬山さんは踏みつけられた所が少しだけ切れて血が出ている。


雪山が犬山さんの上から退くと、ゆっくりと立ち上がって普通に歩いているので一応は大丈夫そうだ。






「雪山、大丈夫か?」






「一応大丈夫ッス…。」






軸足を蹴りあげられて転倒したが、下に犬山さんが居たからクッションになったのかどうにか大丈夫そうだ。






スライディングしてきている犬山さんを避けて送球しないといけないが、それを無視して送球しようとしたのは危ないプレーだ。




今のプレーでどちらも怪我しなかった方が奇跡だ。
雪山は絶対に足首は良くて捻挫、悪くて靭帯損傷とかそんなレベルのプレーだった。




今の立ち上がって歩けているのは運が良かっただけだ。
今の雪山は集中力も切れているし、意地になってグランドに立っているだけだ。






「雪山、交代だ。」






「え?なんでッスか?エラーしたわけでもないっスけど?」






「分からないなら尚更試合に出す訳にはいかないから下がれ。」






「嫌ッスよ。意味わからず下げられるなんて納得出来ないッス。」






「早く下がって。下手なだけならいいけど今の状態で試合したら怪我するか怪我させるだけだから。」






「桔梗まで何っスか?コーチの味方するんスよね?」






パチンッ!!






急に雪山は思いっきりビンタをくらった。
誰だと思っていたら、凛が雪山のことをビンタしていた。






「いい加減にして。さっきから後ろで見てたけどその態度は何?野球以前にその態度が気に食わんっちゃけど?やる気があるのは分かるんやけど、空回りしすぎ。ハッキリ言って一緒に試合してること自体嫌。さっさと出て行って。」






「凛こそその態度何っスか?いきなり出てきてビンタしてきて八つ当たりッスか?」






「もういい。東奈くん、凛もう下がるから。代わりに誰かセンター出しくれん?」






「龍、私も下がる。今の雪山と一緒にプレーするのは嫌。」






そう言うと凛と桔梗が勝手にベンチへ下がって行った。




こうなると俺がみんなを止めたりすることが出来ない。
なんと声を掛けていいか分からない。






「凛!桔梗ちゃん!ちょっと待ってよ!」






夏実は2人を必死に止めて説得しようとしている。
俺は成り行きをただ見ているだけで、誰に何を言っていいかも分からない。






「東奈。内輪揉めはあるけど、これじゃ試合にならんばい。」






そう言うと俺の横を通って最上さんが雪山の元へ。






「なんスか?」






「別になんもないさ。駄々こねてグランドに居座る奴がどんな目をしてるか気になっただけばい。」






そういうと責めるわけでもなく、ただ一言だけそう言ってじっと見つめてベンチへ戻って行った。






「雪山、そんなに代わりたくないなら集中してやれ。」






「……………。」






「お願いっ!この通りだから!試合に戻って!」






夏実は2人に深々と頭を下げてグランドに戻って来てくれるように頼み込んでいる。
流石に夏実が気の毒になってきたので、俺もお願いすることにした。






「2人とも戻ってくれないか?気持ちはわかるけど、とりあえず後少しだけ我慢してくれると助かる。」






「はぁ…。無理にでも雪山下げたらよかったのに。これで貸し1つだから忘れないでね。」






桔梗は俺に貸しと言って押し付けて、渋々グランドに戻って行った。






「桔梗が戻ったら凛も戻らんと悪役みたいになるっちゃろうねー。てことで貸し1つってことで。」






2人とも思ったよりもゴネなかった。
多分だけど、その前に夏実が何度もお願いしていたお陰だろう。




「夏実ありがとう。それじゃ行こうか。」






「全然大丈夫だよ!気合い入れ直して守るぞぉ!」






夏実はいつものように笑顔で守備位置まで戻って行った。
一応全員が守備位置について、夏実がまた大きな声を出して鼓舞しようとしている。






「だめだこりゃ。」




柳生は諦めの言葉を口にして、マスクを被って何も無かったようにサインを出し始めた。






ワンアウト一、三塁。






ここでバッターは3番の最上さんがバッターボックスへ。
これまでの打席で1番やる気がなさそうに打席に入った。




白星は今は勝手に仲間割れして、ガタガタの状態だ。
出来ることなら試合を中断したいくらいだ。






柳生はアウトコース一辺倒をやめたようだ。
ショートに打たせないようにリードしても無理だと思ったのか、普通にリードしてどうにか抑えようと開き直ったみたいだ。




最上さんを抑えるのにアウトコース一辺倒はほぼ自殺行為だ。




野球というのはプロだと3割打てれば一流。


俺個人的な意見で言えば高校野球は相手投手の実力がかなりバラバラで、プロみたいに選ばれし人たちが勝負する世界での3割と、高校野球の3割は天と地ほどの差がある。




高校で強打者と呼ばれる打者は最低でも.450は打てないと強打者とは呼べない。


3年の時に1年通して6割打てれば多分プロ入りできるレベルだろう。
これは打撃だけの話で、4割くらいでも全てのプレーが高次元にあるならそれはそれで素晴らしい選手だと思う。




桔梗が確か高校に入ってから5割近い打率と6割ちょっとの出塁率があったはずだ。




話が逸れたが、最上さんも多分4割くらいは簡単にクリアしてくるだろうし、それくらい打てるバッターが投げてくるコースがアウトコースと分かれば6.7割は打たれる。






ショートの雪山がどうだとか考えていると、次のアウトコースのボールであっさりと同点、下手するとスタンドに叩き込まれてそのまま意気消沈して試合終了ということもある。






美咲はいつも通り深々と帽子を被って、表情は分からないが美咲自身からは諦めるなんて雰囲気は一切伝わってこない。




 

柳生はインコースに寄って初球から強気のインコース勝負をするつもりだ。






「やば!」






美咲が投げようとしたのインコース低めのストレート。


この試合初めてと言っていい程の投げミスで、甘いインコース寄りのど真ん中へストレートが来ている。






マウンドの美咲も思わず声が出ていた。




柳生の表情は分からないが、多分もう半分くらい諦めていると思う。


後ろで審判している俺も、美咲のそこそこの速さのストレートが1番打ちやすいコースに来てしまっている時点で終わったと思った。






カキィィーン!!!






最上さんがこの甘いコースの球を見逃す訳がなく、しっかりと振り抜いて強烈な打球が左中間方向へ。




打球がそんなに上がってないからホームランにはならないと思うが、完全に長打コースだろう。








「凛!!」






かなりレフト寄りに守っていた凛がほぼ打球を見ずに落下地点まで一直線に走っている。




凛は中学の時は軟式の打球判断は悪くなかったけど、高校になって硬式の打球の伸びとかに苦戦していた。






最近はだいぶ良くなっているけど、今も打球を見ずに追ってはいるが、打球を見ないということは相当なリスクにもなるし、本当に落下地点が分かるならボールを見ないで一直線に走る方がもちろん守備範囲も広くなる。






レフトの氷は追いつきそうな感じがしない。
もうほぼランニングくらいのスピードで一応打球の方向に走っている。




ここまで打つ方でも全然ダメで、守備でも特に目立つ場面もなくて、さっきは1度やる気がなくなって下がろうとした凛が必死に打球を追う姿を見れただけでよかった。






最上さんも打球を見ながらゆっくりと走っている。
抜けてもどのみちツーベースなので全力で走る必要もない。






ボールが最高到達点から落ちてくる。
凛はまだ打球を追っているが、これは追いつけない。




しかもまだ打球を見ずに全力疾走している。
もし追いついたとしても打球を捕ることが相当難しいと思うが…。






打球が段々地面に近づいて、凛もボールに段々と近づいている。


レフトの氷は相変わらずランニングくらいのスピードで走っている。






「頼む!入ってぇぇ!!」






こちらからは凛がなにか叫んだことはわかったが、何を言ったかまでは分からなかった。




精一杯体を伸ばし、真横にジャンプした。






「どうなった?」






凛はトップスピードのまま打球に飛びついた。




そのまま地面に着地して、勢いを殺せずに地面に2回、3回と地面に転がった。
白土で乾燥しているグランドにあの勢いで転がったら擦り傷だけでは済まないだろう。




砂埃でどうなったかが分からないが、俺から見たらボールがバウンドしてる様子はない。


見えないだけで凛の後ろをボールが転々としているかもしれない。








「あ、アウトぉぉぉ!!」






凛はフラフラと立ち上がり、近くにいた氷にボールを渡しそのままその場にまたへたりこんだ。






凛は完全に長打コースの打球をギリギリのところでナイスキャッチ。






サードランナーはタッチアップしてホームに帰ってきた。
ファーストランナーは完全に抜けると思って2塁と3塁の間まで飛び出していた。






凛から氷がすぐにボールを受け取って、中継に送球しようとしたが中継に来ているはずの雪山が来ていなかったので、かなり飛び出しているファーストに大遠投。






氷は体は小さくて運動神経は良くないが、肩だけは結構強く精一杯の大遠投。




ファーストまでは80mくらいはあるが、ワンバウンド、ツーバウンド、スリーバウンドして桔梗の待つファーストへしっかりとコントロール出来ていた。






「アウトォ!!」






ギリギリのタイミングだったが、必死の氷の遠投が僅かに桔梗ミットに入ってダブルプレーを取った。






「コーチー!凛が立てないからこっちきてー!」




氷が凛を心配してすぐに俺の事を呼びつけた。
俺もさっきの勢いで転がった凛が気になってすぐに駆けつけた。






「凛、大丈夫か?」






「大丈夫じゃないけん立ててないちゃけどね。」






こんな時でも正論を言う凛を見て少しだけ安心した。
多分どこかを捻ったかして力が入らないのか、もしかしたら変な体勢になって軽い肉離れになったのだろつ。






「どこが痛い?」




「んー。痛いと言うよりは右足の力が入らない感じっちゃんね。」






「多分、着地した時に筋肉が伸びたか肉離れしてるかも。とりあえず俺の背中に乗れるか?」






「汗かいてるからやだ。あの、あれ、なんか怪我人を運ぶやつで運んでくれん?」




自分が怪我したのにそういうことを気にするのはやっぱり女の子なのだろう。






「凛、私が連れていくから背中に乗って。」






俺がどうしようか考えていると桔梗が来て凛のことをおんぶして連れていこうとしてる。


凛も同性の桔梗なら特に文句も言わずに桔梗の背中に乗って、心配しているチームメイトの元へ戻っていく。






「王寺だっけ?ナイスファイト。」




一応心配しているのはチームメイトだけでなく、友愛のメンバーも心配そうに駆け寄ってくれた。






「ナイスキャッチ!」


「かっこよかったばい!」






凛がある程度大丈夫そうなのが分かると、友愛からは拍手と声援が飛んだ。
凛は大袈裟だと嫌がっていたが、顔を赤くして精一杯の照れを見せていた。






「監督、凛は多分右ふくらはぎの肉離れかもしれないので病院に連れていった方がいいと思います。」






2年の試合が終わってこちらの試合を見に来た天見監督がベンチにちょうど来ていた。




「王寺さん、大丈夫?橘さん悪いけど、こっちの方まで連れてきてくれる?」






ベンチの裏に凛を横にさせて監督が凛の足を見ている。


あんまりジロジロ見るのも凛が嫌がると思ったので、俺は最終回を終わらせる為に審判を続けに戻った。




「ねぇ、桔梗。試合から勝手に代わろうとした凛やけど、チームの為になったやろうか?」






「うん。凛は凄いプレーでチームを助けたよ。」






「なら桔梗が今度はバットでチームを救ってくれるんかな?」






「わかった。」






凛と桔梗はなにやら話している様子だったが、桔梗から珍しく気合いの入った雰囲気が伝わってくる。




さっきまで揉めに揉めた白星メンバーだが、凛の怪我を恐れないプレーに触発されたのかベンチ内は静かでも勝利への執念が燃え上がっている。






いつも平常心であんまり気持ちにブレのない、この回の先頭バッターの柳生でも気合いに満ちている。






どれだけ喧嘩しても、まだチームとして月日が経っていなくても、チームメイトの気迫のあるプレー見せられて知らんぷりする子達ではなかった。






「東奈、この回から俺が投げる。」






最上さんがマウンドで投球練習を開始していた。
ピッチャーをしていた樹林さんはファーストには行かず、そのままサードのポジションへ。






「うぉぉぉ!!!」






バシッ!






最上さんは投手のフォームではないが、元々の肩の強さと豪快なフォームで投げ込んできている。


ストレートは120km/h以上は出ていると思う。
変化球は投球練習では投げていないので、何を投げるかは分からない。






最終回。




7回裏白星高校の攻撃。
点差は7-7。








「プレイ!」






柳生が打席に入っていつもよりも気合いが入って力が入り過ぎているような気がするけど、それを俺が指摘することは出来ない。


気合いで力が入り過ぎるのは良くないが、それを指摘して無理にそのモチベーションを下げなくてもいいとも思う。






最上さんはワインドアップモーションから豪快なフォームで投げてくる。


長身であれだけ躍動感のあるフォームから投げられる速いストレートは質がどうのこうのよりも、迫力と圧が凄い。






ドスッ。






「デ、デットボール。」






柳生からめちゃめちゃ痛そうな音が鳴ってボールはバックネット方向に跳ね返っている。




最上さんも気合を入れすぎたのか初球柳生にデットボールを与えてしまった。






「ふぅ…。」






痛いとは思うが、1度息を大きくついて投手を睨むこともなくファーストへ走っていく。






「すまん!わざとじゃないさね!」






柳生は分かってるという感じで、軽く右手を上げて最上さんに無言で返事を返した。




マネージャーがいつものように心配そうに駆け寄り丁寧にコールドスプレーをしている。








ここで気合十分の4番の桔梗がバッターボックスへ。




今日の試合3打席2打数2安打1本塁打3打点1死球。
普通なら上出来だし、この打席打てなくても文句は言われないだろう。




しかし、桔梗は珍しく闘志に満ち溢れている。
いつも俺の方をちらりと目線を飛ばしてきて、俺がなにを見ているのか、俺がどうして欲しいかを気にしている。




この打席は桔梗のことをじっくりと見ていたが、俺の方に目線を飛ばすことなくピッチャーの最上さんの方をじっと見ていた。






「桔梗!打て!!」


「桔梗ちゃーん!打ってー!」




ペンチから一斉に桔梗に期待する声が飛んでくる。
桔梗はそういう声に反応して、手を振ったり恥ずかしがったりすることは一切ない。




いつものように打席に入っていつものように打つだけだ。




桔梗の心が乱れたのは、中学の全国大会の齋藤綾香さんとの打席だけ動揺しての打ち損じだ。






今は一切そんな雰囲気もなく、桔梗から感じるのは、少し前から微かに感じるようになった一流の打者の雰囲気。


俺は人の気持ちや雰囲気だけでは無く、その選手が放つ一流の雰囲気を感じることが出来る。






最上さんからはまだその雰囲気をはっきりと感じられない。




今さっきの梨花と最上さんの対決で2人から一瞬だけ感じられるくらいのレベルだったが、今の桔梗からは微かながらも継続的にそんな雰囲気が感じられる。








「プレイ!」






マウンドの最上さんは楽しそうにしている。


多分、自分よりも上だというバッターとピッチャーとして対決出来るのはいい経験になるかもしれない。




最上さん自身はそんな事は考えていないだろうし、今は目の前の強打者を抑えることだけ考えている。








セットポジションから高々と足を上げて、勢いよく踏み込んで投げる球はもちろんストレート。






「打ってみろやぁぁ!!」






桔梗はいつものようにすり足で、初見の投手とは思えないくらいバッチリのタイミングで踏み込み、来ると分かっていたストレートをフルスイング。










パキィィーン!!!










金属バットのいつものグランドに響く高音よりも更に、甲高く感じられるほどの打球音。






桔梗は打った瞬間バットをその場にそっと置いて、打球を見ることなくファーストベースへ走っていく。






その一瞬は球場が静かになる瞬間だ。




友愛からすれば入らないでくれ、白星からすれば入ってくれとみんなが思いながら打球を見届ける瞬間。




観客もその打球の行方を見るために目で打球を追って口数が少なくなる。




投げた最上さんは嬉しそうにニッコリと笑い、打った桔梗はいつも通りのポーカーフェイスだった。


















「ゲームセット!7-9で白星高校の勝利!礼!」






「「ありがとうございました!」」








桔梗の一振りで色々と波乱のあった試合は幕を閉じた。


最上さんが120km/h以上のストレートを投げられたとしても、ストレートが来ると分かっていた桔梗には通用しなかった。






「桔梗…。打ってくれるとは思とったちゃけど、一振りで試合を終わらせるとは思わなかったんやけど。」






「凛のあのプレーに比べたら全然だよ?凛のプレーがなかったらあのホームランもなかったよ。」






色々と問題はあったが、試合には勝つことが出来た。


1年生チームはここまで1度も負けることなく来ている。






梨花が長く投げればもっと楽に勝てたかもしれないけど、一ノ瀬さんも何かを隠していたからそれを投げられていたら全然試合内容が変わっていただろう。






凛は試合を見届けると、そのまま友愛の監督に連れられて病院に行くことになった。




俺は監督に今日の試合内容と喧嘩があったことを話した。
最初は雪山がきっかけになったことに驚いていた。






試合の後、日陰でストレッチをしながら白星の一年生たちは監督からありがたい話をかなり長い時間聞かされていた。




簡単に言えば説教を30分以上されていた。
全く関係のない巻き込まれたメンバーもいるが、チームスポーツだから巻き添えを食らうのも仕方ない事だ。






「てことで、とりあえず今回の喧嘩の話はここまで。」






「はぁ…。」






やっと説教が終わって溜息を漏らす子もいた。
監督にそれを気づかれて更に10分以上説教が長引いてしまった。






監督が伝えたいことは、練習中やグランドの外での喧嘩はある程度しかないこともあるけど、試合をしてくれている相手がいて、しかもベンチ内ではなくグランド内で喧嘩するなんて言語道断だということ。






普通に考えたら当たり前のことなのだ。
頭に血が上るとどうしても自制が効かなくなることはよくあるし、まだまだ俺もだけど子供でイラッとすると表情にも出てしまう。




後は雪山が監督にかなり厳しく叱られていた。


監督はあんまり怒ったりすることはなかったが、今回は喧嘩をしたということよりも、俺の言うことを聞かずに試合に出続けて中途半端なプレーをした方を問題視していた。




俺もみんなもビックリしていたが、合宿が終わって福岡に帰ったら梨花と凛は3日間の謹慎、雪山に至っては2週間の謹慎をするように言い渡されていた。






雪山は試合が終わってからも拗ねていて、反省の色が見えないから監督もかなり厳しい判断をしたのだろう。






俺に言われたなら雪山は抵抗したかもしれないが、監督に言われて流石に言い返したりせずに受け入れていた。


少し泣きながら下を向いているところを見ると流石に可哀想な気もする。




同級生だからこそ同情してしまうところもあるが、あのプレーと態度は褒められたものではなかった。






試合には勝って、いい経験を積んだ選手も多かった。


チームとしてのまとまりの無さや、チームとしての方針も曖昧で、みんなが一つの目標に向かって進めていないのが問題だろう。




うちは強いチームではないから甲子園という大きな目標を掲げたところで、多分ピンと来ない選手たちの方が多いし、ピンと来ない目標を掲げることにあまり意味は無い。






ならどうしたらいいか?
チーム作りをしたことの無い俺にはまだどうして行けばいいかわからなかった。






ミーティングという名の説教も終わり、選手たちには自由時間が訪れた。




元気の有り余っている選手は流石に少なく、合宿所に戻る選手がほとんどだった。


友愛の選手は自主練でも素振りをしたり、トスバッティングをしている。




青柳先輩はチームメイトにお願いしてノックを打ってもらったりしているが、お世辞にも守備が上手いとは言い難い。






雪山はいつもなら自主練を喜んでいつもやっているが、流石に今日は自主練せずに夏実と美咲の2人に声を掛けられながら合宿所に戻って行った。






「龍。」






「桔梗ちゃん。」






「ちゃん付けは…。もういいや。雪山の事だけど責め過ぎたかな?謹慎もあんなに長くなるとは思わなかったし…。」






「そう思うなら一言だけでも声を掛けたらどうかな?本当に一言だけでもいいし。」






「うん。わかった。」






話もあっさりと終わって、グランドの隅っこに行って素振りを開始していた。




それを見計らったように最上さんが桔梗の元へ歩いて行っていたが、最上さんもなにか二人で話したいこともあるだろうし、2人の元に行くのは遠慮することにした。








「東奈さん。今からノック打ってもらってもいいですか?」






「円城寺さん。試合に出てたのにまだまだ元気そうだね。」






「打球もあんまり飛んでこなかったですし、大して活躍もできなかったので…。」






円城寺から自主練の手伝いをお願いされることは基本的には少ない。


みんなが俺に自主練を見てほしいと頼みに来るので、他の人に譲ったりしていると夏実から聞いた。








「いいよ。円城寺さんには自主練あんまり見てあげれなかったし。」






「ありがとうございます!後、進藤先輩もいいですか?1人だと頼みずらいらしく…。」






男性が苦手な進藤先輩に指導をするのも誰かが一緒にいないとままならないのもどうにかしないといけない。


進藤先輩は誰にでも同じように礼儀正しく接することが出来る円城寺と仲がいいみたいで、この前の円城寺と進藤、大湊キャプテンと下校したことを思い出した。






「東奈くん…。ご指導宜しくお願いします…。」






円城寺と俺は2mくらいの距離で話しているが、その倍の4m位のところから俺に深々と頭を下げている。






「指導するのがコーチの役目なんで、何時でも言って来てくれていいんですよ?」






「う、うん…。ぜ、善処します…。」






2人にノックを打とうとしていると、2年生達が続々と俺たちのところに集まってきた。






「東奈ー。私達にもノック打ってくれへんかー?」






とんでもないエセ関西弁の剣崎先輩と寡黙な打撃職人の遠山先輩まで俺の元へやってきた。






「ダメって言っても参加させてもらうけどな!ガハハ!」






「よろしく。」






断る理由もないし、守備練習は人が多い方がやりやすかったりする。


特に外野や内野の両ポジションがいるとカットプレーやノックでもやれるプレーも多くなるし、内野がエラーしたら外野が拾ってくれれば時間短縮にもなる。






「お、ノックしてるなら混ぜてもらってもいい?」






しまいには大湊キャプテンまで参加することになった。
この5人でノックを始めようかと思っていたが、青柳先輩が入りたそうにこちらを見ているのに気がついた。






「青柳先輩一緒にどうですか?」






「そうそう!どうせなら一緒にやった方がええで!」






剣崎先輩は青柳先輩の元に行って肩を組んでこっちまで連れてきた。
こういう時フレンドリーな剣崎先輩がいてくれると話が早くて助かる。






ノックが始まる前に白星の2年生達が青柳先輩と今日の試合の事を話を始めた。






「友愛の2年生が3年を押し退けてほとんどレギュラーって聞いてたけど、あそこまで打つとは思わなかったよ!」






大湊先輩が友愛の打撃力を褒めている。


2年生たちは友愛に完敗したらしい。
深くまでは内容を聞いていないが、結果は14-4で負けたとだけは聞いている。






「私達なんて打つことばっかりで、守れないし褒められるようなものじゃないよ…。」






確かに友愛の守備は上手くない。




守備練習をしてないからどれくらいの守備ができるかを完璧には把握出来ていないが、友愛の1年生は樹林さん、最上さん、一ノ瀬さんの3人は守備が上手い。






「いやいや!それでもあれだけ打てるなら少しくらい守れなくったって大丈夫だってば!」






大湊先輩は褒めちぎり、青柳先輩は謙遜し続けている構図が永遠と続いている。




最初は話に乗っかっていた2年生達だが、そういうことに一切興味のない遠山先輩がさっさと離脱して外野手のポジションまで歩いている。




円城寺も話が長くなるうちに練習がしたいのが少しソワソワしている。


遠山先輩は暫くノックが始まりそうにないことを察して、外野の守備位置で座り込んでいる。






「あのー。先輩方ー。おしゃべりしたいならどいてもらってもいいですか?」






「あ!ごめんごめん!」


「折角教えて貰うのにごめんなさい!」






大湊先輩達はすぐにお喋りをやめて練習を開始した。




ノックをしていてすぐに分かった事があった。


先輩達は結構守備が上手く、天見監督はどちらかというと打撃よりのチームというよりはしっかりと守れるチームを作りたいんだろう。




この中で守備が1番上手くない遠山先輩でも、普通の高校のレギュラー並みの守備力はある。


剣崎先輩も女子とは思えない物凄いフィジカルで、守備もそこそこ上手く、送球のスピードもかなりいい球を投げてくる。




投手も行けそうでパワーピッチャーになれそうだが、監督曰く彼女は投手になるとコントロールがイマイチで、性格的にキレやすくて投手をやらせるのは断念したらしい。




2年生もいい才能を持った選手たちがいるが、1年生と2年生のレギュラーもまだ決まっていない。




大湊先輩は事細かに守備の下手な青柳先輩に色々と教えているみたいだ。






「うーん。なるほど。言ってることは分かるけど結構難しいね。」






「私にとってはあれだけフルスイングして空振りせずに打てる技術の方が欲しいけどなぁ。」






2人は波長が合うのか、無い物ねだりでお互いの優れた技術を早くも尊敬し合っているのかもしれない。






1時間ほどノックを打つと流石にみんな疲れたのか解散の流れになった。


みんな一人一人俺にお礼をしてくれるが、遠山先輩はぺこりと頭を下げるだけだ。




遠山先輩は本当に寡黙で、俺とまともに雑談をしたことは無いんじゃないか?




けど、遠山先輩は俺の事を嫌っている訳では無いと思う。
どちらかというと俺の事を信頼してくれるているんだと感じる。




会話はしないが、簡潔に質問してくることは結構多いのだ。




「これ大丈夫?」
「こんな感じ?」




こんな感じでいつも自分が動いてその動きがあっているかどうかを聞いてくる。


違っていたら違うと伝えるし、合っているなら合っていると伝える。






そうやってコミニュケーションをやっていくうちに喋らないのに仲良くなった気がするのは俺だけだろうか?




自主練も終わり、もう一度しっかりとグランド整備をしてから合宿所に戻ることにした。






「東奈くーん。初めましてー!」




目の前から20歳そこそこくらいの明るそうで、しっかりと鍛えているのがよくわかる体のラインが出るスーツを着た女性が話しかけてきた。






「ど、どうも。初めまして。東奈龍です。」






「私は友愛のコーチの佐久間美波さくまみなみです。昨日と今日はスカウト活動してて顔出せなかったけど、明日からの練習からよろしくね!」






「そうでしたか。こちらこそよろしくお願いします。」






「堅苦しい挨拶しなくても大丈夫よ!お姉ちゃんくらい思ってタメ口でもOKよ!」




とても明るい感じの選手たちには好かれそうなコーチだが、高波監督には結構叱られてそうな感じもする。






「美波ー。龍くんをちょっと連れてきて。」






俺はあれよあれよという間に、監督たちが集まっている部屋に連れ込まれることになってしまった。






俺はここで天見監督からこの長崎で、やってもらいたいという内容を知ることになるのであった。





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