白星vs友愛③！

3回裏。






白星の攻撃は2番の氷からの打順。
1打席目はしっかりと弾き返したが、サードの最上さんのファインプレーに拒まれてしまった。




氷はとにかく弱点の多い選手で、守備面と走塁面はあまり期待できないがその代わりに桔梗とはタイプは違うが、アベレージヒッターとしての実力は間違いない。






キイィーン！






初球のカーブのインコースのカーブをあっさりと今度は引っ張って一二塁間を真っ二つのクリーンヒット。


ライトゴロにならないように完全なヒットコースでも一生懸命走っているのは可愛いが、流石にもう少し足が早くなってもらわないと見てられない。






「3番の梨花に変わって代打柳生。」






柳生が右バッターボックスへ。


柳生はどちらかというとアベレージヒッタータイプだが、打者としてはあまり期待できる方のバッターではない。




あまり空振りをするバッターではないが、かといって芯で捉えるのが上手いわけではない。
相手のボールはしっかりと見えてはいるのだろうが、バットコントロールがイマイチなのだろう。




だが、それに目を瞑れるくらいの捕手としての能力がある。
キャッチャーとしてのボールを止める能力、キャッチングの上手さは他の高校のキャッチャーと比べても簡単には負けないレベルだろう。






「ストライク。ワンボールツーストライク。」






3球連続で見逃して一切振ってくることは無い。
結構厳しいコースに来ているのもあるが、ゲッツーを打つのが今の状況で最悪のケースだ。




柳生は打てなくても最低でもやらないといけないことをこなそうとするタイプだから、ここはゲッツーを打たないように動くだろう。


内野ゴロを打たないように自分が思ったよりも下を叩いて最悪内野フライでいいというバッティングをしてきそうだ。






カキィーン！




柳生はアウトコースのストレートを逆らわずに一二塁を破っていく。


ファーストランナーの氷は抜けたのを確認してサードに行く素振りをしているが、流石にライトの犬山さんもサードまでは行けないと思って中継に軽く送球してきている。




ノーアウト一二塁のチャンスで4番ファーストの桔梗がバッターボックスへ。


ここで俺が桔梗に求めるのはもう1発を狙って欲しいが、点差的に2点差のこの場面で桔梗はまず確実にヒットを狙ってくるだろう。


最悪凡退しても後ろに繋いで行くという4番らしくないバッティングをするが、それが桔梗の良さであり弱点にもなる。




もし右打ちしてランナーを進めたいというのが相手にバレてインコース攻めされた時に、逆方向に打つのは難しい。


インコースに来たら思いっきり引っ張って、自分で試合を決めるくらいの心構えを持ってくれる日は来るのだろうか。






「あっ。」






ドスッ






一ノ瀬さんはインコースの厳しいところを突いてこようとしたのだろうが、コントロールミスで桔梗の太ももに当ててしまった。






「デットボール！」




桔梗は上手く避けてそこまで痛そうにしてないので多分大丈夫なんだろう。


それでもベンチからすぐに猫田マネージャーさんが飛び出てきてコールドスプレーをしてあげている。


桔梗は大丈夫というジェスチャーをしているが、それを振り切ってマネージャーは桔梗のデットボールの当たったところを心配そうに確認している。








「猫田さん大丈夫だから。軽くスプレーだけしてくれたらいいよ。」






「ほんとに？女の子だからちゃんとしておかないとだめだよ？」




「大丈夫大丈夫。」






そういうと当たったことを感じさせない足取りで一塁へ向かって行った。


猫田マネージャーは心配そうに桔梗を見ているが、多分あんな硬いボールが当たったらすごい痛いと思えて仕方ないのだろう。


マネージャーは野球したことないらしく、どう考えてもあんな硬いボールが当たったら怪我するよ！とよく言ってた事を思い出した。






ノーアウト満塁のチャンスで五番の円城寺さんがバッターボックスへ。




一ノ瀬さんとの相性は良さそうだ。
実力的には打てないかもしれないが、当てれば持ち前のパワーで外野までは運んでいけるだろう。






「内野前じゃなくていいぞ！ゲッツーシフトでとりあえずアウトカウント増やしていこう！」




キャッチャーは内野と外野に指示を出している。




打撃のチームだからこそある程度の失点は仕方ないと諦めて、アウトカウントを進めていくことを優先した。




この判断は間違っていないし、さっきの打席三振したこと円城寺に対しても油断せずに警戒を緩めないのはいいキャッチャーかもしれない。






初球と2球目はカーブをアウトコース低めの際どいところに投げてきて、ワンボールワンストライク。




3球目は何を投げてくるのだろうか。
一ノ瀬さんはとにかく投げられる球種が多く、投げてくるフォームも違い、その違いで同じカーブでも曲がり方が変わっている。




サイン交換の時間が短いから多分どこから投げるかはピッチャーの一ノ瀬さんが決めているんだろうが、受けるキャッチャーとしては毎回違う曲がりをしてくる変化球を捕るのは大変だろう。






3球目は2球目アウトコース低めのカーブからのさっきの打席で、三振に取った右打者の身体に当たるコースから曲がってインコースギリギリにストライクになるやや変化の大きいカーブ。








ガギィン！






狙っていたのか円城寺はさっき三振したボールをフルスイングしたが、とんでもないくらい詰まった打球がサード方面にフラフラと上がった。






だが、思いっきり振り切ったおかげかサード後方までボールがちょっとだけ伸びていく。






「最上！」






サードを後方を襲う打球になって最上さんが打球から目を切って真後ろへダッシュ。


内野手で真後ろへ飛ぶ打球を目を切って追って、落下地点へ一直線に向かって最後の最後で振り返るか、そのまま後ろを向いたまま捕るのはプロでも難しいプレーだ。








「くっそ！」








後ろを向いたまま打球を追って最後の一瞬だけ打球を見て飛び込んだが、流石にキャッチすることが出来なかった。




ワンバウンドしたのを確認してランナーは次の塁へ進む。
氷は悠々とホームインして、一塁、二塁ランナーも次の塁へ進む。






レフトがカバーに来たが、レフトが焦ったかボールをファンブルしてしまった。




それを見た柳生は3塁を蹴ってホームへ突入してきた。
レフトは慌ててボールを拾い直してホームへ投げようとするが、無理だと思って中継へボールを返すのが精一杯だった。




エラーが絡んだが、円城寺がタイムリーで5-1で点差を広げて尚ノーアウト1.2塁のチャンス。






「よろしくお願いしまーす！」






6番の美咲がバッターボックスへ。
さっきはきっちり捉えるために当てに行くスイングをしていたが、この打席はどうだろう。






バッテリーはあっさりとサインを交換した。
一ノ瀬さんはマウンドに上がるまでは結構色々と話したりしているが、マウンドに上がってしまってからは案外静かに黙々と投げている。






「はぁ。うちは頑張ってるのになぁ。」






なにやら独り言を呟きながらセットポジションに入り、チラチラと2塁ランナーを目で牽制している。






その初球。


アウトコース低めのカットボール。
美咲はセーフティーバントの構え。






「4点差でバントかよ！」






美咲はサード線に上手いセーフティーバント。
最上さんと一ノ瀬さんがバント処理をしに猛ダッシュで打球を処理しに来ている。




「うちが捕る！」






一ノ瀬さんはクイックも上手いし、バントへの反応と処理もスムーズでかなり上手い部類だろう。






「彩！サード無理！ファースト！」




捕球して投げるまでもかなり早い。
美咲のバントもかなり上手かったが、それよりも一ノ瀬さんの処理でファーストでアウトを取った。






セーフティーバントは失敗だったが、送りバントはきっちりと成功した。
美咲の事は物凄い詳しい訳では無いが、チーム内でも断トツで手先が起用かもしれない。




投手なのにあのグラブ捌きといい、バントの上手さといい、投手としての安定感といい、彼女はある程度自分で考えて自分で練習してきたからか自分で考えてプレーをやることに慣れている。




今のバントの判断も誰かから指示されているわけでもなく、バントしに来ている。




2塁ランナーが桔梗、1塁ランナーが円城寺でどちらも足が早くないからヒットを打ってもホームに帰って来れないと思ってのバントの可能性もある。






美咲はきっちりと仕事をこなした。
次のバッターに繋ぐバントを生かせるか生かせないかは七瀬のバッティング次第だ。






七瀬もそこまで打撃がよくない。




こう考えると安定感という点で期待できる1年は氷と桔梗位で、気分乗っている時のかのんは2人に近い打撃を見せることがあるが、調子の出ない時は本当にバットがボールに当たる気がしない。




1年で打撃の優劣を付けるなら多分こんな感じだろう。






桔梗＞＞＞氷＞かのん＞＞＞月成＞＞美咲≧七瀬＝柳生＞梨花＞円城寺＞＞夏実＞凛＞＞＞雪山＞一般生くらいだろう。




美咲から梨花まではトータルを考えるとそこまであまり差があるとは思えないし、月成もそのグループくらいだと思っていたが思ったよりも実践での打撃能力が高くてそのグループから抜けていると思っている。




いくら練習で打てても、本番の試合で打てる奴が試合に出るのが当たり前なのだ。


月成は打撃練習は月成の実力がよく分かるくらいの打撃しか出来ないが、試合でも同じかそれ以上の打撃を見せることがある。




練習で6割打てても試合では2割くらいしか打てないとかざらだ。


8割打てても試合では2割も打てないという選手だって沢山いるだろうが、月成は練習で4割、試合で3割5分くらい打てる本番に強いタイプだった。




七瀬は練習ではかなりいい打球を飛ばすのだが、試合になると打ち損ねた打球が目につく。




練習では打てる長打が試合で打てないというのは、試合で力を出し切れていないのか、余計なことを考えてそれが裏目に出てる可能性もある。


七瀬はまだキャッチャーとしてはまだまだだが、キャッチャーとして相手の配球を読んでいるんだろう。






「ストライクッ！」






甘いど真ん中低めのストレートを見逃した。
変化球を狙っているようなタイミングのとり方だったから読みが外れたのだろう。




こうやって近くで見ると七瀬はキャッチャーをしている時よりも打席でかなり悩んでいるようだ。


実力的なところでは投手の一ノ瀬さんと七瀬とでは大きな差はないと思うが、こういう気の迷いが少しずつ差を大きくしていく。




一ノ瀬さんは何かを我慢しているような気がするが、自分の投球を淡々と繰り返しているような気がする。


ここまで一ノ瀬さんを見てきたが、彼女は変則的な投手だ。


クイック、牽制、バント処理、フィールディング共に高水準の能力があるのにも関わらず、投げるところだけはナチュラル、自然体な気がする。




そもそも一番最初に出会った時に行った初見殺しの球は一体なんだったんだろうか？


このムービングファストは初見殺しといえば初見殺しだとは思うが、自信満々で打たれないと宣言するには弱すぎる。






それなら何かを隠してる？
彼女は私生活では天然っぽさが目立ったが、野球の事になるとかなりしっかりしてるというか、女王様気質がある気がする。






「またストレート…。」






2球連続で甘いストレート。


ここまで変化球多目の配球でアウトコース中心だったのが、ここになって甘いストレートを真ん中付近に投げ込んできている。




この回球数も増えてるし、午前中のトレーニングで下半身の粘りが効かずにコントロールがアバウトになってきているかもしれない。






3球目。


やはり3球勝負できた。
球数を抑えたいのか無駄なボール球を使ってこない。




3球目も甘いコースにストレート。


ストレートと言っても変化するからツーシームみたいなものだろうが、ここまでの2球よりも甘すぎるほどのど真ん中のストレート。








ブンッ！！






もちろんど真ん中の甘いムービングファストなら変化しても打つのはそんなに難しくないだろう。
七瀬はここまで当てに行くスイングだったが、ここはきっちりと振り抜いてきた。






「危ないっ！」






七瀬の打った打球はピッチャーライナー。
かなり強烈な打球が一ノ瀬さんを襲う。






バチィッ！！






一ノ瀬さんは避けながらもしっかりと打球に反応してボールがグラブの中に収まった。


一瞬ヒヤリとする打球だったが、あまりにも鮮やかなピッチャーライナーへの反応と処理。






「ア、アウト！」






一ノ瀬さんはボールを取ってすぐにランナーを確認したが、桔梗も円城寺もどちらもしっかりと帰塁していた為ゲッツーは免れた。




七瀬は打った瞬間やばいと思ったんだろうが、一ノ瀬さんに打球が当たらずにほっとした反面、アウトになるとは思ってなかったんだろう。




右打席の中で少し唖然とした表情で立ちすくんでいる。








「七瀬。」






「ん…？あぁ。」






俺に声をかけられてやっとベンチに戻って行った。
七瀬は結構性格的に荒いところもあって、相当な負けず嫌いがここにも出ている。


ベンチに帰るときに悔しそうに地面を軽く蹴りあげていた。
近くにいた凛が少しだけびっくりしていたが、七瀬はたまにこういうことがあるからみんなも理解しつつはある。






「皐月ちゃんいい打球だったね！次はきっと打てるよ！」






「夏実…。ありがと。夏実も頑張って。」






この2人は元々同じチームで、仲良くしていたみたいだし高校でも相変わらず仲はいいみたいだ。




今はギクシャクしているように見えるが、実際のところ夏実が七瀬の不機嫌な態度を気にしている様子はない。


長い付き合いだから付き合い方もよく分かっているのだろう。






ツーアウト2.3塁で8番の凛の打席。




凛は1打席目あまりにもタイミングが合っていなかったのでこの打席は修正出来るだろうか？


打つ打たないはあまり気にしていないが、1打席目のあの合って無さを考えているとこの打席でどれくらい修正してくるかが楽しみだ。






「凛。今日の調子はどう？」






「午前中はいけると思ったけど、今は微妙。」






「そうか。」






試合中は審判をしているので、攻守交代のタイミングにしか声をかけないと決めていたが、今日凛を叱ったのを思い出して思わずお節介にも声をかけてしまった。








凛は流石に1打席目のあの内容で自信満々なのもどうかと思うが、ちゃんと自分が一ノ瀬さんと合っていないのに気が付いて返事が微妙だったのだろう。






「プレイ！」






ブンッ！！






初球のスライダーをフルスイングしてきたが、どうにもタイミングが合っていない。


1打席目よりはだいぶマシにはしてきているが、打てるとは思えるレベルのスイングではない。






凛は必死に食らいつこうというその意気込みは伝わってくるが、その必死さが多分キャッチャーの高城さんにバレているし、一ノ瀬さんも凛に対しては警戒心を緩めているような気がする。








2球目。






ブーン。






2球目はこの試合1.2球くらいしか投げていない抜いたようなカーブ。




速い球に絞っていた凛はあっさりと体勢を崩されて空振りしていた。


ここまで完璧に一ノ瀬さんの投球術というか変幻自在の投球に苦戦を強いられている。






ここまで凛が一ノ瀬さんに苦戦するとは思っていなかった。




他の選手も苦戦してはいるが、凛ほど酷くはない。


俺は逆に今日凛の明らかな弱点に気がついたことが収穫だと思っていて、凛には悪いがこの試合もう少しだけ無様な姿を晒してもらうか。






変則的な投手というか、軟投派みたいな投手を完全に苦手にしているみたいだ。


軟式出身ということもあり、軟式は多彩な変化球を投げるのが難しく、大体の投手はストレートとカーブやスライダーなど多くても2球種くらいしか投げないと聞いたことがある。




そういうタイプのピッチャーと戦ってきたせいか、上から横からありとあらゆる変化球を投げる投手との対戦経験が少なく対応出来ない可能性が高いことがわかった。




梨花と練習で対決する時の方がまだ余裕で弾き返している印象がある。






多分ストレートとスプリットしか投げないからどちらかに絞ってスイングするのが凛には合っているのだろう。






3球目もあっさりと捻られると思って後ろから見ていた。








コツン。






「おい！ツーアウトからセーフティーバントかよ！」






凛は今日の感じじゃ打てないと判断して、ツーアウトでツーストライクの絶対にバント失敗できない場面でセーフティーバントを敢行してきた。






それがサードの前にいいバントになった。


フィールディングがいい一ノ瀬さんが処理するには遠すぎて、バントしてくると思っていなかった最上さんがダッシュしてくるが凛は足が速い。






「千鶴！無理！見逃して！」






キャッチャーの高城さんは最上さんに指示したが、最上さんはそれを振り切ってボールを捕ろうとしている。




多分捕ってから素早く投げてドンピシャの送球でもギリギリだろうが、見逃してもファールになるかも微妙なラインだ。






最上さんは捕る寸前ギリギリで手を引っ込めてボールを見送った。






ボールは転々とサードベースに向かっている。




ボールは少しずつファールゾーンへと転がっているが、そのままサードベースに当たる気もする。








「ファール！スリーバント失敗！スリーアウトチェンジ！」






凛のバントは最高のバントだったが、ほんの少しだけフォールになってしまった。


ほんの数cmというくらいのギリギリのラインだったから今日は凛に運が味方しなかったということだ。






凛は一塁ベースを駆け抜けたところで天を仰いでいた。
多分苦し紛れのセーフティーバントだったが、完璧に決まったと思ったんだろうが、ほんの僅かでスリーバント失敗の三振という結果だ。








この回更に点数を広げて5-1。


凛のセーフティーは惜しかったが、この点差はまだ安心出来る点差ではない。




それをまだ白星のメンバー達は気づけていない。
しかもこの点差で諦めるような友愛でもない。






そして、4回の表。






ここから本当は七瀬が投手をする予定だったが、最上さんと梨花のお願いでこの回の対決だけやらせてくれという約束をした。








梨花は投球練習をいつも通りに丁寧にやらずに軽く流すようにやっている。




俺がもう少し真面目に投げた方がいいと忠告したが、投げる時間を自分の足元をしっかりと固める為に使いたいからと投球練習はさっさと済ませてしまうらしい。


足元だけはどうしてもこだわりがあるるしく、しっかりと固めないと投げずらいといつも俺に言ってきている。








「東奈。改めてありがとうな。」






「別に気にしてないよ。この対決はこの合宿で1番いい経験になると思っただけだしね。」






「まぁ、そう言うなら気にせずに勝負させてもらうさね。」






俺は何も言わずに軽く笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。


最上さんからは1打席目のように投手に話しかける様子もないし、梨花の方をじっと見てなにやら考えている。






2人の実力はかなり拮抗していると思う。


意地にさえならなければ次の勝負も五分五分で戦えるはずなのだろうが、梨花は初球を何を投げるかは分かっている。




99%はストレートだ。


ストレート勝負にこだわるなら絶対に際どいボール球から入らないと勝ち目は薄いだろう。
本気で打ち取りに行くならスプリットから絶対に空振りを取れると思う。






だが、俺は審判で2人の勝負に口出しするつもりもない。
梨花の思いもあるし、最上さんの思いもある。


梨花が抑えても打たれてもこれは練習試合なのだ。
別に守っているチームメイトも打たれたからと言って責め立てるようなことはないだろう。




ただ2人の野球人としての実力とプライドをかけて勝負するだけなのだろう。




2人は互角の実力を持っているが、野球人としてのここまでの歩んできた道が違う。






長崎の剛健と呼ばれるくらいの有名なスラッガーの最上さんと、広島の田舎のチームで大会にも出れず燻っていた梨花。






「プレイ！」






仁王立ちで七瀬からのサインを確認する梨花。
七瀬もここでスプリットのサインを出すほど大胆なリードをすることは出来ないだろうし、俺がキャッチャーでもスプリットのサインを出すのは無理だ。


これが公式戦ならスプリットは普通に出すかもしれないが、練習試合でそんなサインを出して投手と喧嘩したいとは誰も思わないだろう。






だが、投げるコースだけはボール球気味の厳しいコースを要求しないとあっさりと終わる可能性もある。






七瀬はどこに構える？
梨花はどこに投げたいのか？
最上さんはどのコースに絞ってる？






第1球目。




ど真ん中高めのさっき最上さんを内野フライに抑えたコース。
ストレートのキレとノビは問題ないし、スピードもさっきと同じ127〜8km/hは出てだろう。




力で無理矢理抑え込みに来た。
ストレートの威力は高校1年生が投げられる最高のストレート。






「俺を舐めるなぁぁぁ！！！」








最上さんは何かを叫びながらさっき打ち取られたストレートをこれ以上ないという位のフルスイング。


こっちも高校1年生がしてもいいレベルのスイングではない。










ガキイィィーン！！！










打球は1打席目と同様に高々と上がった。






違うことがあるとするなら梨花が軽く息をついて、打った最上さんのことをじっと見ている。


その最上さんは打ったバットを軽くポンと投げて、梨花の方を見ていた。




後ろからでは最上さんがどんな顔をしているか分からないが、梨花とは対照的な顔をしているに違いない。








パシッ！






センターの凛が最上さんの完璧に捉えた当たりをセンター深いところでキャッチした。




一瞬打ち取ったかと思ったが…。






「ホ、ホームラン！！」






凛は予め相当深く守っていたんだろうが、俺の引いたラインを越えてボールをキャッチしていたのだ。


俺の引いたラインは普段ならスタンドのある位置に線を引いてある。






左中間のほぼセンターよりの105mくらいにラインを引いていたので、110m位は飛ばしたという事になる。
ここまで飛ばされれば投手の梨花も負けを認めざるおえないレベルだ。






「負けたわ。勝負させてくれてありがと。」






梨花は打たれたとは思えないくらい清々しい顔でゆっくりとマウンドから降りて行った。






「西。いや、梨花。まだこの合宿終わってないんやから、次の勝負楽しみにしとるばい。」






「ふっ。」






梨花は鼻で笑って軽くグラブを持っている手を1度軽くあげて、そのままベンチに帰らずにクールダウンしに行った。




梨花はツンツンしているが、また勝負する気満々なのが雰囲気ですぐに分かって俺は思わず笑ってしまった。






元々は桔梗と切磋琢磨して欲しいと思っていたが、梨花と桔梗だと今の時点で実力の差がある。


その実力の差を埋めるためにまずは目の前の最上千鶴というスラッガーを抑えないといけない。






「いいライバル見つけたな。」






最上さんと梨花の2打席目の勝負は初球のストレートをバックスクリーン左に叩き込んだ。




1打席目を抑えたとはいえ、2打席目あれだけ完璧に打たれれば互角とは思えないだろう。






最上さんのソロホームランで5-2になったが、まだまだ中盤戦。




梨花と最上さんの個人での戦いも終わり、今度はチームとしての激しい試合が始めるのであった。