元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
白星vs友愛②!
2回表の友愛の攻撃。
4番ファースト樹林冴子。
彼女は右投左打のとてもいい選手なのだが、良くも悪くも最上さんに全てにおいて見劣りしてしまう。
うちのチームにいればタイプは違うが、かのんと同等レベルくらいの選手なのは間違いない。
最上さんと同じスラッガータイプで、女子としてはかなり強気の性格で取っ付きずらいのは梨花と近いかもしれないが、梨花は言葉数も少ないから彼女は女子グループの頭というのがしっくりするかもしれない。
「ストライク!」
初球のインコースのやや甘めの球をあっさりと見逃してきた。
最初から打つつもりならかなり絶好球だったはずだが、打ってこなかったということはスプリット待ち。
いや、初球からスプリット投げてくるバッテリーなんてほとんどいないからそれはない。
ということはまずは打つことよりもどんな球を投げてきているかを自分の目で確かめているのだろう。
「ふーん。」
足元をもう一度ゆっくりとならしながらなにやら納得した表情でニヤついていた。
彼女もさすがはスラッガーというところか。
梨花の投手としての高い能力をストレートを見て確信したのかは分からないが、いい獲物を見つけたという笑みなのだろうか?
2球目は最上さんの時と同じスプリットの可能性も高い。
梨花は最後にストレートで相手をねじ伏せる為に、カウント取りでスプリットを使っているけど、少しだけ勿体ない気もするがそれがポリシーなら仕方ない。
2球目。
やっぱりバッテリーはスプリットを選択してきた。
バシッ!!
「ボール。」
ここはスプリットを読んでいたのか手を出してこない。
少しだけ反応したが、バットはきっちりと止めて最後までスプリットの軌道をしっかりと見ていた。
梨花は相変わらずいい球を投げて打たれても見送られても動揺することが少ない。
最近でいうと夏の大会の三本木先輩のリードとか、後半のゴタゴタに巻き込まれた時にキレかけていた。
樹林さんは思ったよりも慎重で選球眼がいい打者だった。
次に選択したボールもさっきのスプリットよりもいい所から落ちるボールだったが、これを見逃して2-1。
この見逃しはバッテリーにとっては結構きつい。
スプリット2連投でどちらもいい球が来たがこれを見逃されるのとなると、次はストレートを投げざる負えないが、スプリットを投げてもいいが見逃された時に1-3でこれはほぼ四球を覚悟するか、狙われているストレートを投げるのか。
4球目は決まった。
ほぼ狙われているストレートか、見送られると完全に追い込まれるスプリットか。
バッテリーが選んできた球はストレートだった。
けど、アウトコースの低めギリギリのがいいコースに来ている。
キイィィーン!!
フルスイングしてくるかと思ったが、アウトコースの球に対して無理に打ちに行くことも無く流し打ちしてきた。
打球は完全にレフトとセンターのど真ん中を割って長打コース。
氷は追いつくまでに時間がかかりそうだが、俊足の凛はボールに一直線に走り出していて、追い付きそうだ。
「エンタイトルツーベース!」
凛は追いついたのは追いついたが、この広すぎるグランドで追いつく頃にはバッターはホームベース近くまで戻ってきている。
だが、そういうルールと決めているので樹林さんはセカンドベース上で止まっていて、ベンチに向かって軽くガッツポーズをしている。
「キバコ!ナイスバッティングー!」
「きばやんナイスナイスー!」
大会の映像を見て思ったが、2年生達はほぼフルスイングばかりしているけど、今日の試合は1年生たちはフルスイングをしっかりとしてきているが、状況に応じては軽打してきたりして臨機応変に対応してくる。
と思ったのもこの4番までで、5.6番は良くも悪くも強烈なフルスイングしてくる友愛らしい打者だった。
梨花はストレートとスプリットをいいコースに投げてきて5番を三球三振、6番もストレート5球続けて連続三振を奪った。
「西さんいい球来てる!次のバッターもきっちり締めていこう!」 
「はいよ。」
梨花は七瀬から返球されたボールを取りながら軽く返事をしてマウンドをいつものようにならしていた。
梨花は三振を取ると気を引き締めるためなのか、自分の投げているマウンドを1度確認してマウンドをならしている。
初球。
ここまで初球は全球ストレートで入ってきているし、ボール球ではなくストライク勝負してきている。
ここもストレートを投げ込んできたが、この試合で1番甘過ぎるほどのど真ん中のストレート。
カキィィン!!
「西さん!」
打球は梨花に向けて飛んでいた。
低いライナーで危ないというよりも捕ってという意味合いで七瀬は叫んでいると思う。
梨花は打球反応は良いのだが、投げた後にパワーを逃がす為に体勢が少しだけ崩れる。
顔付近にボールが飛べば反応するだろうが、足元にボールが飛ぶとあまり捕球しているところを見た事がない。
足元に飛んできたボールにグラブに伸ばすがボールに届かずにセンター方向へ。
守備の上手いショートの美咲とセカンドのかのんのど真ん中を破っていこうとしている。
「美咲!」
「かのん!」
2人はぶつからないように声をかけて2人とも頭から飛び込むが2人ともあと少しのところでボールに届かなかった。
センターの凛の前へボールが転がってきて、凛もかなりチャージしてきておりボールを捕ってすぐにホームへ送球してきた。
樹林さんはツーアウトだからか微妙なタイミングになりそうだが、ホームへ突っ込んできた。
「きばやんダッシュ!」
犬山さんはベンチから飛び出してきて腕をぐるぐると回しながら樹林さんに元気よく声をかけている。
犬山さんはガヤ担当かと思っていたが、あの明るさと皆をあだ名で呼んだりするあの感じはムードメーカーという感じなんだろう。
凛からの送球ははっきり言っていい送球はではなかった。
凛は足の速さ以外はどのプレーもまだまだと言った感じで、肩が弱いという弱点もある。
ホームに凛の送球が到達したが、樹林さんはその時点でスライディングしてキャッチャーの後方を回り込むスライディングをしていた。
「セーフ!ホームイン。」
七瀬は形だけはタッチしに行ったが、これは完全にセーフだった。
ツーアウトまであっさり来た分初球の甘過ぎるストレートほ少し梨花のコントロールミスだろう。
「まだ1点だよー!次のバッター抑えていこう!ツーアウトツーアウト!」
「「ツーアウト!!」」
外野から大きく透き通るような声がグランドに響いて、みんなその声に釣られるように声を出した。
梨花も動揺していないし、イライラしている感じもない。
キャッチャーの七瀬も落ち着いているから多分問題なさそうだ。
それにしても少しガッカリするタイミングで声掛けしてくる夏実にはさすがだなと感心していた。
バシィッ!!
「ストライクバッターアウト!」
「うしっ!」
梨花はポンっとグラブを叩いて珍しく駆け足でベンチまで帰っていた。
8番を今回はストレートではなく、スプリットできっちりと三振を奪って満足だったのだろう。
梨花のスプリットを捕るのを苦戦していた七瀬も、この試合はポロリすることなくきっちりとグラブに収めていた。
2回表は一点取られたがまだ3-1で試合は優勢に進められそうだが、懸念しているところも幾つかはある。
それはその時になって彼女たちがどうするかを今日はアドバイス出来ないから見守ることしか出来ない。
7番はキャッチャーの七瀬。
多分本来ならこの位置には柳生がいるはずだが、今日はこの後登板してもらうから先発のキャッチャーとして出てもらっている。
七瀬は今年は投手として野球の流れや、試合で何が重要なのかを知ってもらうことにした。 
投手としてしか分からないことがあるのに、これまでやりたくないという理由だけで考えることをしなかったのは七瀬の悪い所だが、そうさせた指導者にも問題があると思っている。
だからこそ七瀬には色々とプレーというよりは、野球に対する考え方や色んなことを学んでもらうために他の選手よりも多めに指示を出している。
打者としてはレベル的に言えば、美咲と同じくらいのレベルだろう。
うちの今の1年生の打撃レベルは高くないと俺は思っている。
機動力、守備力、投手力は結構高いレベルにあると思うが、打撃力だけはまだまだイマイチだ。
打撃練習をあまり今は出来ていないから仕方ないが、来年からは打撃力アップは必須だろう。
投手力も梨花がいること前提で高いが、もし怪我とかで投げられなくなってしまった場合は相当投手力が落ちる。
柳生姉が予定どうりに来ていればそういうことにはならなかったが、投手に関しては梨花のエース1人に任せっぱなしになるのはあまりいい状況ではない。
カキィン!
「ファール。」
七瀬も美咲と同じようにどうにか動くボールを捉えるために試行錯誤しているが、やはりそういうバッターと戦ってきた一ノ瀬さんは同じ事をやってくるバッターを手玉に取る方法を身につけているみたいだ。
ガキィ!
2球目のカットボールをバットの先っぽに当ててボテボテのショートゴロ。
打ってしまった瞬間やってしまったという感じがひしひしと伝わってくるが、一ノ瀬さんは変化球のキレが少しずつ良くなってきている?
もしかして彼女もボールを投げれば投げるほど、尻上がりに調子が良くなっていくタイプかもしれない。
七瀬はあっさりと一ノ瀬さんの投球術にやられたところで、次のバッターは今日最初から最後までスタメンを確保した凛の打席だ。
軟式から硬式になって打ち方が変わって1番苦労しているのは凛だろう。
これまで軟式打ちで練習してきて、かなり素振りを繰り返してきたみたいで打ち方が軟式打ちで定着してしまっている。
フォームチェンジをやらせているが、こういう試合になるとどうしてもフォームのことよりも打つことに頭のメモリを割かれる為なのか、軟式打ちが出て詰まらされることが多い。
その都度注意はしているが、練習の素振りではフォームチェンジが完成しつつあるのに試合では出来ない。
野球というのはいつもやっていることが特に出来なくなるスポーツなのだ。
一瞬の判断、一瞬のプレーが要求されて一つ一つのプレーがあまりにも重要でプレッシャーとの戦いもある。
バドミントンや卓球なども一瞬の判断と、物凄い動体視力がいるだろうが、何セットか相手と戦って決着をつける。
野球は1人1人の出来るプレーは1試合で限られている。
打席に立てばよくて4打席しか立つことが出来ないし、女子野球なら3打席というのも多々ある。
守備だって同じプレーでも重要度があまりに違うことが多い。
試合が勝っていてなんてことないゴロなら普通に捌けるが、もしそのボールをもしかしてエラーすればその試合が負けるプレーだってある。
これはなんのスポーツにも言えることだが、特に野球は同じ場面でもプレーの重要度が特に重くのしかかるスポーツだと思う。
スポーツ番組でも印象的な場面はサヨナラを打った時でもなく、とんでもないエラーをしたところばかりがピックアップされる。
投手がうなだれる、野手がエラーしてその場に崩れるなどなんてことない場面なら笑って済まされるが、場面によって一生のトラウマになってそのまま野球が出来なくなることだってあるのだ。
「あー!もうっ!」
 
凛はストライクゾーンで勝負してくる一ノ瀬さんの少し動くストレートに全然対応しきれず、あっさりと追い込まれてしまった。
少しイライラしている感じがこちらに伝わってくるが、見た目はそこまで凄い球ではないからこそ打てない自分にイライラしてるんだろう。
ここまで無駄球無しの一ノ瀬さん達バッテリーはもちろん3球勝負しに来た。
ここまでほとんど投げてきていないスプリット。
梨花のスプリットとはかなり違う感じのスプリットで、梨花のはストレートの延長線上でそこから折れるように落ちるが、一ノ瀬さんのもストレートが凹むように少しだけ曲がるという感じだ。
そのボール対して上手くミートしに行こうと凛はスイングしに行っているが、バットが遠回りしている。
ブンッ!!
「ストライク!バッターアウト!」
凛は曲がりの少ないスプリットに対してバットを当てることが出来ずに空振り三振。
この三振はあんまりいい三振ではないし、スピードがあるスプリットに対して体勢を崩されて空振りするのは本当にこの打席は何も出来なかったという感じだ。
そして9人目のバッターは9番の夏実。
視野がとても広く司令塔という観点で言えば1番キャッチャー向きではあると思う。
誰に対しても明るく優しい性格はチームの中心になれる素質充分という感じだ。
キャッチャーの七瀬は知っていると思うが、夏実は実力が足りてないと思われているが、去年のこの時期に出会ってその時から比べると相当レベルアップしていると思う。
俺が見てきた中で1年間という期間で見たら1番レベルアップしているの多分夏実だろう。
それでも元々自分の実力を下に見すぎていて、向上心がなかったせいかなのか、中学校時代もっと練習しておけば今もっと上手くなっていただろうが、七瀬と同じ監督のせいだと俺は思っている。
夏実は一ノ瀬さんとの相性が良くないと思う。
まだムービングファストとかツーシームとか打たせてとってくるタイプを打つには技術も経験も足りていない。
カキィーン!
俺は打てないと思っていたが、あっさりとセンター前に綺麗に運んだ。
結構厳しいアウトコースの動くストレートを素直にスイングして芯で捉えた。
今のスイングは迷いが一切無く、フルスイングでもなく動くボールへ当て行こうというスイングでもなく、いつもやっている素振りのフォームそのままできっちりスイング出来ていた。
「自分が出来ることをやるだけか。」
夏実の口癖を俺は呟いていた。
一塁上で味方からの声援に少し照れながら手を振っている夏実を眺めながら、俺は夏実とこの合宿前に話したことを思い出していた。
ー合宿2日前ー
「東奈くんお疲れ様ー。今日まだ時間あるなら少しだけ練習付き合ってくれないかな…?」
「まだ時間も遅くないし全然大丈夫だけど、今日はなんの練習する?」
「今日はちょっとだけ…投球練習しようかなぁ…って。」
あの時の夏実はいつもと違ってえらく歯切れが悪い感じの言い方をしていた。
今思えば投手練習をしたいということ次第が少し恥ずかしかったんだろう。
俺は夏実のボールを受けていて思うことがあった。
ストレートが明らかに速くなっているし、コントロールも昔と変わらずに安定している。
それでも美咲とかに追いつけるレベルではないが、去年までは100km/hくらいのストレートが、1年で110km/h出ていない位まではどうにか出るようになっている。
それでいてあの独特のスローカーブは健在だ。
夏実のスローカーブは本当に遅くて、かなりふわっと浮き上がってきてそのまま重力に逆らえずに曲がるというよりも失速して落ちるという感じだ。
しかもそんなボールをいとも簡単にコントロール出来るのはこれはこれで才能のひとつだと俺は思う。
夏実は少しは自分に自信を持てるようになっているみたいだが、投球については全くといって自信を持てないようだが珍しく俺に受けて欲しいと言ってきた。
「夏実、ストレートも速くなってるしスローカーブは相変わらず遅いから投手しても条件次第では抑えられると思うぞ。」
「えぇ!?無理無理!こんな遅い球打たれちゃうよ。」
そう言いながら本当に遅いカーブを投げ込んできた。
夏実には色んなことを教えたが、まだまだ20%も実行出来ていない。
100%出来るならその時にはきっと誰かとレギュラー争いしているだろう。
「そう言えば俺が指示しないと投球練習しないのに今日はどうしたん?」
「んー。自分でもよく分からないんだけど、東奈くんに投げてる時はリラックス出来るからちょっとだけ気分転換なになるのかな?」
「リラックスか。まぁ投手も出来るけど本格的にやっている訳では無いし、気分転換に投げて練習になるなら案外それもいいかもね。」
夏実と会話しながら投球練習に付き合った。
もしかして、合宿中に投げる機会があるかもしれないと思って練習したいと言ってきたのだろうか?
「夏実は投手として試合に出れるなら野手じゃなくて投手でもいい?」
「うーん…。」
さすがに投手としての起用されるとなると話が変わるのか少しだけ悩んでいるようだ。
「投手…。嫌ではないんだけど、通用するとは思えないんだよ。」
「野手としてやっぱりレギュラーを目指したい?」
「そう言われると私が出来ることをやるだけかな?やれって言われれば私が出来ることはやってくるよ。」
夏実にどうなりたいとか質問した時は、こうしたいとかこうなりたいとかはあまり言わずに言われたことをやるといつも言っている。
俺からしたらなにか明確なビジョンも欲しいと思うが、夏海はそういう性格ではないのだろう。
「けど、最近は東奈くんが起用法とかどうなりたいか聞いてくれて嬉しいな。それまでは我慢して基礎基礎って言われてたから、ちょっとは使えるレベルになったかなって。」
「1年生の中では頑張ればレギュラー争い出来ると思ってるからね。けど、来年から1年も入ってきた時は分からないけど、負けないようにきっちりと練習しようね。」
「うん!とにかく今は練習頑張るよ!」
ー回想終わりー
ちょっとだけ少し前のことを思い出していると、かのんがあっさりと初球のカーブを打ち損じてセカンドフライを打ち上げている。
こういう当たり損ねた打球で現在ツーアウト。
みんな適当にダラダラ走るが、こういう時にも全力疾走しろとは言わないが、しっかりと走れる選手が俺は野球を真摯に取り組める選手だと思う。
「アウト!」
夏実はこういう時でもしっかりと走っている。
かのんも一応はちゃんと走っているが、明らかにやる気が失せているような走り方をしている。
「かのん次の打席は打てる打てる!」
「任せときなさーい!夏実も次の打席も塁に出ておいてねっ!」
白星は点が入らなくてもいい雰囲気で試合に望んでいる。
友愛も雰囲気は悪く無いし、選手たちの能力も高いのだがあまりチームとして機能してるとは言いづらい。
3回表。
「おいっ!あややん!もっと真面目に振らんと当たらんばい!」
そう檄を飛ばすのはネクストバッターズサークルにいる犬山さんだが、この打席の一ノ瀬さんを見る限り振ったところに球が通らなければ打たれる気がしない。
「ストライク。バッターアウト。」
そんなたまたま起こることもなく、三振したことを気にすることも無くベンチに鼻歌交じりで帰っていく。
「こらー!いくらピッチングがよくてもそのバッティングはどうなん!?」
「しーらない。打つのはあなた達の仕事なんだから頑張ってよー。」
「開き直るなー!こらー!人の話は最後まで…。」
犬山さんはわーわーと一ノ瀬さんを注意というのか、文句というのか分からないラインのことを言っているが、それを一ノ瀬さんは聞く様子も全くない。
少しして諦めて疲れたのか叱られた犬のようにとぼとぼと打席に入った。
梨花は1打席目に詰まらせて結果は抑えたが、桔梗のファインプレーがあってこそという感じだった。
相変わらず独特の天秤打法で構えている。
この打ち方でよくクイックとかをしてくる相手の球を打てるのかが疑問だったが、こういう変わった選手が新しい野球の技術や進歩を見出したりすることもよくある。
天才にしか分からない独特の感性というものがある。
そう考えるとプロ野球選手の技術を盗みまくって、自分の技術にし続けた俺は独特な感性を持っていないということになる。
そういう観点でいえば俺は天才ではないのかもしれない。
キイィン!!
「おい。マジかよ。」
梨花と犬山さんのこの対決は犬山さんの独特なバッティングが光る結果となった。
2球目の梨花が投げ損なったワンバウンドしたスプリットをスイングしてきてセンター前に運んだ。
梨花からしても投げ損なったスプリットを、打つとか打たれるとかが起こると思っていないボールをヒットにされて思わず声が漏れていた。
「よしよし!高城!絶対にゲッツーとか打つんじゃなかよ?俺に回せば打つから任せろ。」
ここまで一ノ瀬さんを上手くリードしてきている、2番キャッチャーの高城さんはそんな事を言われてもという困り顔をしていた。
俺が2番に指名したからいいバッターなのだが、どちらかと言うと器用なバッターでゲッツーとかを回避するのは上手な気がする。
と言っても今はランナーを貯めて点差を追いつくことが重要なので、ランナーを進めるという消極的に行く訳にもいかないのだろう。
『犬山さん多分走ってくるな。』
俺は犬山さんの様子を見てかなりの確率で盗塁してくると読んだ。
多分だが、ゲッツーで最上さんに回らなくなることを考えて足が早い犬山さんが盗塁を考えているんだろう。
その初球。
「「走った!!」」
案の定盗塁をしてきた。
梨花はクイックが早くないし、七瀬もまだまだ捕ってから投げるまでがそこまで早くない。
だが、七瀬は盗塁を読んだのかしっかりとウエストを要求してきていた。
「やばっ!」
犬山さんはもう戻れる位置にはいなかったからウエストされていてもそのままセカンドへ突っ込むしか無かった。
外してしまえばチームで2番目の強肩の七瀬は素晴らしい送球をセカンドへ放った。
「アウトォ!」
タイミングは余裕を持ってアウトだった。
クイックがイマイチでもあれだけ外して強肩のキャッチャーから盗塁出来るほど甘くはない。
「ワンコ!!なんで走った!高城が打てんやったら俺に回ってこんのわかっとるんやろな?」
「回す為に盗塁してゲッツー無くそうと思ったん!けど失敗した…。」
カキィン!
「あっ!ショートゴロ。どっちみち最上んには回ってこんやったやん、」
「………。」
ショート正面のどっちみちゲッツーコースだった。
盗塁失敗したからとか色々とあるが、もし盗塁しなくてもゲッツーでチェンジは免れないだろう。
梨花は強打の友愛を3回被安打3、自責点1でしっかりとまとめてきた。
ストレートとスプリットだけでよくここまでしっかりと抑えられるもんだと感心していた。
俺的には打たれて新しいスタイルとかも模索させたいというのが本音だったが、このスタイルのままで抑えていけるならそれでもいいと思っていた。
本物の天才と呼ばれる投手ならそんなことをしなくてもそれだけで勝手に抑えられるだろうし、それが出来れば姉に届く投手になれる可能性だってある。
「梨花、お疲れ様。とりあえずこの試合は野手出場もないからクールダウンだけはしておいて。」
「はいよ。お疲れ様。」
抑えたのは満足そうだが、さすがに先発して3回は短すぎるのかそこらへんは不満げにしながら手をヒラヒラ振ってベンチに戻っていった。
「おい。待て。」
そこに現れたのは最上さんだった。
それを横目で見た梨花は少しだけ嬉しそうな顔をしていたのが印象的だった。
「なんや?マウンドを降りる投手を止めてまで言いたいことがあるんか?」
「次の回、俺の打席だけでもマウンドに上がって勝負さ。1打席だけ抑えて勝った顔出来んかろ?それならもう1打席抑えて気持ちよくマウンド降りたらよか。4球くらい多く投げても問題なかろ?」
「ワシはそれでもええんじゃけど。そこにいる主審さんに聞いて許可もらったら投げるわ。」
と、2人の話が終わると俺の方をじっと見てきた。
流石にこの白熱したライバル関係をせいぜい5.6球多投げるだけの理由で、これからお互いの成長出来そうな対決を止めさせる理由はあまりない。
「わかった。その代わり梨花の打順で柳生を代打に出すけどそれは勘弁して。」
「それくらい問題ないばい。」
そう言うとわざわざ帽子を脱いで俺に一礼してサードのポジションに走って行った。
「龍、いいのか?」
「2人はいいライバルになりそうだから水刺すのもって思って。勝っても負けても最後だから全力で抑えにいってね。」
「負ける気なんて最初からないわ。全力で殺す。」
なにやら物騒なことを言っているが、野球の対決の話なので聞かないふりをすることした。
俺も内心ではどちらが勝つか対決を楽しみにしていた。
どちらも勝ち負けの可能性はあると思うが、ヒットを打つだけなら最上さんが少し有利な気もする。
ホームランを狙うなら梨花の方が有利だとは思うが…。
まだまだ前半戦。
予定は変わってしまったが、次の回の梨花と最上さんとの勝負は楽しみだ。
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