小さなヒカリの物語

あがごん

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英人はそう言い、まだ何かぼやいている鈴木を引きずるようにして教室を出て行った。
その後ろ姿を見てやっぱり俺も行くべきだったかなと少し後悔した。
本当は一緒に行きたかったんだけど、だって今日は……ねぇ?
体の不純物を排出するように大きく深呼吸する。これは気持ちを切り替えるための儀式。
今朝のことが気になって、そわそわしっ放しの自分を一旦戒めないと。両頬をばしんと叩いて余計なことを考えないようにする。準備万端だ。
「よし、俺らも帰ろうか」
ちょうど帰り支度を終えたヒカリに声をかけた。ずっしりと重たくなったかばんをややだるげに思いながら教室を出る。最後の人はかぎ当番だから、気持ち急いでヒカリの腕を引っ張りながら。




「えっと、朝さ、なんていうか……うーん……戦ってたじゃん?」
校門を出て三、四歩歩いたところで、俺の斜め右前を歩くヒカリに曖昧な日本語を投げかけた。
「その、もっと詳しく教えてくれないか? いろいろ話したいこともあるしさ、な?」
「うーん、どこで話すの?」
ヒカリは首をかしげる。
「場所はそうだな、俺んちでいいか? ヒカリもまだ場所覚えてるだろ? 母さんも久しぶりに会いたいだろうし、人に聞かれちゃ困る話なら外じゃなく俺の部屋で話せばいい」
「こーちゃんち……うん、そこでいいよ。すごく懐かしい」
二つ返事で行き先は決まった。まぁ、俺はただ家に帰るだけなんだけど。
「こーちゃんちに行くのはほんと久しぶりだねっ!」
「そうだな」
「何年ぶりだっけ?」
「三年だろ?」
「小学六年生からだから、そうだね、ちょうど三年だ」
ヒカリの昔と変わらない口調に久しぶりという概念が薄れてゆく。
断られるということもうっすら考えていたが、この分だと問題は思ったより深くないのかもしれない。そう思うと少しだけ不安が取れた。ヒカリに元気をもらって軽やかに歩を進める。ヒカリのかばんについている熊のぬいぐるみが一歩ごとに揺れてかわいさに拍車をかける。思えば今これが三年ぶりのヒカリとの下校。懐かしすぎて涙が出そうだ。あの頃と違うのはヒカリがちょっと背が伸びたのと、より女らしく成長したってことくらいで基本の部分はあまり変わっちゃいない。
「えへへ、驚いた?」
くるっと振り向いて、ヒカリは無邪気な笑顔を見せた。その表情はとてつもなくかわいいと思う。だが、勘違いはしちゃいけない。この感情は好きという感情とは別物だ。だってあの時そう誓ったから。



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