小さなヒカリの物語

あがごん

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徐々に視界を覆う土煙は薄れてゆき、そのシルエットが浮かび上がってゆく。
なぜかいい予感は全くと言っていいほどしない。さっきのテンションはどこへ行ったのやら、急激に気持ちが冷めてきた。ひどい頭痛がする。忘れてたように悪寒が舞い戻ってきた。
そして、それが何か明らかになった時、俺は声を失ったように口が空回りする結果となった。
「……おぁ……え?」
俺の目が脳に非現実を伝える。
それは、俺より一回りも二回りも大きい濃い紫色の球体で、地面にさえ着いていなかった。むしろその表現では甘過ぎるほど人間としての本能が、それは不快なものなんだと認識させた。悪意の塊という表現が見合っている。直感として俺は逃げるべきと思った。それは良いことを微塵たりとももたらしそうにないからだ。悪意のベクトルは全力で逆方向に振り切れていた。
先に言おう。結果として、その直感は正しかった。
物体は唸り声を上げ、地を裂きながら、ものすごいスピードで向かってきた。
「わあああああああーーーーーー!!!」
この声を断末魔の叫びと言わずになんと言おう。
押し寄せる恐怖に俺は腰が抜けて、へなへなと力なく尻もちをついてしまった。
(し、死ぬ)
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬうわあああああああーーー!!
そう確信したとき、俺の身体を一つの影が覆った。
「はあぁぁぁ!!」
力のこもった声とともに少女が俺の頭上をすっと飛び越える。
そして少女は剣を物体に向け、そのまま迷わず振り下ろした。
一瞬の出来事だった。
紫色の物体は激しい音をたて、左右に切り裂かれた。
一つは俺のすぐ横をかすめ、地面の土を削り取り、静止したところで消滅した。
もう一つは校舎の側壁に当たって、ガラガラという瓦礫音とともに見えなくなった。
前方に立つ少女の長い髪が風でなびき、ひくつく鼻の頭をくすぐった。
額から頬へ汗が一筋流れ落ちる。心臓が脈を打つのが感じ取れる。心を大きく乱され、呼吸が上手く定まらない。今、何が起こったのかと聞かれても脳の情報処理速度が間に合わない。うまく答えられる自信がない。そのため、脳が事実と違う結論をはじき出したとしても、それは仕方のないことかもしれない。現に脳は現実逃避をすることで自己防衛しようと躍起になっている。
というよりも現実なのか? これ。さっきの物体もその剣も何かの撮影だろ? 映画同好会主催の。にしては少し懲りすぎのような気もするが。カメラはどこだ? カメラマンも照明さんの姿もねぇぞ。ああ、たぶん俺から見えないだけで、あちらからは俺らがきちんと見えてんだろう。
やべぇ、それならもっといい顔で映らなきゃ。あれ? 上手く笑えない。手の震えが止まらない。



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