小さなヒカリの物語

あがごん

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より康介、ちゃんと支度は済んだんでしょうね?」
母さんの呆れたような声が一階から聞こえてきた。階段の手すりから顔を出すと、母さんが一番下の段に足をかけ、こちらをじろりと睨んでいた。しかしそれだけじゃ怯まない。待ちに待った日、それが今日ということで、俺は朝からテンションが高かった。ここで退いたら男がすたる。後悔先に立たずだ。今やるだけやっとけやいとばかりに強気に出る。
「俺様を誰だと存じ上げる! 日本が生んだスーパースター、柊康介であらせられるぞ!」
ざしゅっ。
ん? なんか飛んできた。あれ、鼻からぽたぽた赤色の汁が流れて……
「いつまで寝ぼけてんの! 支度が出来てるなら、早くご飯を食べてちょうだい。洗い物が出来ないじゃないの!」
「うぉぉお! 痛ってぇー! うわっ、血が出てきた。しゃもじって、ちょっ!」
「あんまりぐちぐち言ってると朝ごはん抜きにするからね」
「息子の顔を普通狙うか!?」
「何? なにか文句あるの?」
母さんの鋭い眼光が反抗する気力を失わせる。仕方無しに俺はぐっとつばを飲み込み、
「……すいません。許してください」
急激に勢いを削がれ、鼻の頭を押さえながらしぶしぶ階段を下りた。
テーブルの上のティッシュ箱から紙を二、三枚引っこ抜き、鼻の中に突っ込む。
……まさか朝から人を殺す勢いでしゃもじを投げられるとは思わなかった。地味に痛い。。
と、黄色の熊さんがプリントされた赤いエプロン姿の母さんは俺に気づき、
「あらまだ着替えてなかったの? 支度が済んでからって言ったでしょ。ほら、早く着替えてらっしゃい」
またいつもの小うるさい指示をしてきた。
あれ、今日から俺は……そっか、まだ違うのか。約束はまだ少し先なんだ。
早く降りてこいって言ったのは誰だよ、と言い返そうとするのはやめ、ここは思い踏みとどまった。
余計なことを言って約束を反故にされたら困るからな。
何を隠そう今日は俺の待ちに待った高校の入学式。
世の少年少女が大人へ一歩近づいて、責任とある程度の自由を戴冠される大事な日だ。
制服のボタンを留め終え、保険証のコピーなど必要なものを確認して、よし準備万端。
ハム、レタス、チーズ、トマト、目玉焼きをパンに挟み、胃袋に強引に押入れ、水分もたっぷりと補給して今日も好調だ。早く家を出ようと靴のひも結びに努める。朝は特にお小言が多いからな。
と、母さんは俺の顔にしゃもじを突き出し、
「パパの仏壇はちゃんと拝んだのかしら?」
ぐりぐりと頬をえぐってくる。
「あっ」



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