異世界行ったら、出会う女性みんな俺を好きになるので収集つかなくなっている ~スケッチブックに想いをのせて 死神に恋した男の無双&ほのぼのハーレム~
セイクリッド・フィールド
「ヴァニラ、荷物をまとめて今すぐこの街を出るんだ。あまり時間は残っていないかもしれない」
その言葉の真意をはかりかねていると、ネージュが続ける。
「今回のバイキン族の動きは過去に無いほど危険な規模になってきている。最悪の場合、この街中が戦場となる可能性がある。しかも現在駐留している戦力では、防ぎきれないかもしれないんだ。だから頼む、少しでも海岸線から離れた町に避難してくれ」
「……そんなに危険な状況だったの? 他の人たちは?」
「これから街全域に避難命令を出す。お姉さんの情報だけは話しておかなければと思って立ち寄ったんだ」
悲壮な決意を固めたネージュの厚意を無駄にする訳にはいかない。
「わかった。すぐに避難するわ」
「うん、そうしてくれ。これで心おきなく戦える。では、もう行かなければ」
買ったばかりの大量のネックレスをしまいこむと、足早に出口へ向かうネージュ。
「ネージュ!! 駄目だからね!? 絶対……死んじゃ駄目だからね!!」
「……ああ、善処する」
ネージュが居なくなった店内で、泣きながら荷物をまとめ、避難の準備をすすめる。
最後まで決して振り返らなかった彼女は一体どんな表情をしていたのだろう。
曲がったことが大嫌いで嘘なんかついたことが無い彼女が、嘘をつくことが出来ないあの高潔な女性が、困った末に絞り出した台詞。
『善処する』
聞きたくなんかなかった。わかった、約束するって言って欲しかったのに。そう言ってくれれば信じることも出来たのに。
でも……私は止められなかった。彼女がどれほどこの街を愛しているか知っているから。彼女が逃げ出したら、この国が、人々がどうなってしまうか想像できてしまうから。
戦う力がないことが悔しくてたまらない。ごめんねネージュ。私には祈ることしか出来ない。せめて、あなたの足手まといにならないように、後顧の憂いとならないように避難することしか出来ないから。
一時間後、私は街の中心部で馬車を待っている。すでに迎えの馬車が内陸の他の街から到着し始めていて、避難は滞りなく進みそうだ。
(さようなら、ヴァイスの街、絶対にまた戻ってくるからね……)
でも……最後にやるべき仕事が残っている。私にしか出来ないことがある。
路上に特殊な顔料で大きな魔法陣を描き始める。高名な錬金術師である師匠から餞別にいただいた特別製で、売れば家が建つほどの高級品だけれど、今ここで使わなくて、いったい何時使うと言うのだろう。
魔法陣は補助的に使うことで、魔法の威力と安定性、継続性を飛躍的に高めることが出来るのだ。出来ることは全てやってやる。
魔法陣を描き終えると、陣の中心に立ち魔法の詠唱を始める。戦う力を持たない私の最大にして最強の極大魔法。個人ではなく、指定したエリア全域に効果を付与する聖級魔法だ。範囲内の味方は、常に体力・魔力が少しずつ回復し続ける上、味方の全ステータスが向上し、敵のステータスは減少する。まさに最強クラスの都市防衛魔法の一つなのだ。
5分にもおよぶ長い詠唱が終わり、魔力が極限にまで高まり研ぎ澄まされてゆく。
我、力の根源たる女神イリゼに願い奉る。その海よりも深く、大空よりも広い慈悲深き御心を持ってヴァイスの街を護るためにその聖なる力の一端を行使することをゆるしたまえ。
『セイクリッド・フィールド!!』
巨大な光の柱が魔法陣から立ち上がり、ヴァイスの街全体を包み込んでゆく。まるで鳥籠のように、そして揺り籠のように。優しく温かい力が満ちてゆく。
すでに馬車からヴァイスの街は見えなくなってしまったけれど、セイクリッド・フィールドの光の柱は遠く離れても確認することは出来る。
(……ネージュ、絶対にまた会いましょうね)
***
「だ、団長、これは……一体!?」
突如現れた光の柱と、街全体を包み込むほどの極大魔法に、動揺する騎士、戦士団員たち。
(これは……セイクリッド・フィールド? そうか……ふふっ)
こんなことが出来る魔導師など、この国には何人もいない。ネージュは険しい表情を少しだけ崩して団員たちに告げる。
「案ずるな、これはセイクリッド・フィールド。小さな魔導師殿が置いて行ってくれた贈り物。我らを勝利へと導く道標だ」
(ヴァニラ、ありがとう。出来うるならば、再び会って、礼を言いたいものだな)
「団長、奴等が動き出しました。その数……およそ……三百」
斥候から報告が入る。決して少なくない敵の数に、少しは動揺が走ってもおかしくないところだが、セイクリッド・フィールドの効果だろうか? 戦意は高く、その意気は天をも突き破りそうだ。
「来たか。すでに避難は完了している。引き付けて、街で迎え撃つのだ!!」
***
一時間後――――
「団長、大勝利ですね」
「うむ……だが、おかしい。数が少なすぎるとは思わないか? 少なくとも数千はいた筈だが……」
「うーん、今回は様子見ってところなんじゃないですかね?」
であれば良いのだが、嫌な胸騒ぎがする。
「団長、斥候によれば、敵の拠点にはすでに敵影は無いようです。敵わぬと見て逃げ出したのかもしれませんね!」
「なんだと!? それは本当か?」
「は、はい……間違いありませんが……」
くそっ、何てことだ……ということは奴らの狙いは……主力をここにくぎ付けにしている間に、無防備な背後の都市を狙うことか……どうやって兵力を移動させたのかは分からないが、もしそうだとしたらマズイことになる。
「全軍に告ぐ、敵の狙いは避難先の街だ。ここには最低限の守備隊を残して、全軍救援に向かう。足の速いケルピー隊が先行する、急ぐぞ!!」
ホワイティアに生息するケルピーは、馬のような姿をした鱗のある水の下位精霊だ。心正しき者にしか乗りこなすことはできず、ケルピー隊は、その貴重な乗り手から編成されたホワイティアのエリート部隊でもある。
ケルピーは、地上を走ることもできるが、実は空気を蹴って走ることも出来るため、悪路や水上もなんのその、馬の数倍のスピードで移動することが出来る。今すぐ出発すれば、おそらく途中で追いつけるはずだ。
(どうか無事でいてくれヴァニラ……)
ネージュは、自身の愛ケルピーに跨ると、ヴァニラたちを追ってヴァイスを出発するのであった。
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