異世界行ったら、出会う女性みんな俺を好きになるので収集つかなくなっている ~スケッチブックに想いをのせて 死神に恋した男の無双&ほのぼのハーレム~

ひだまりのねこ

カケルノクライシス


(くっ、まさか勇者美琴まで……)

 世界樹の精霊ルシアに戦慄が走る。勇者美琴の力は彼女も十二分に知っている。それだけに衝撃は計り知れない。だが、同時に納得もしていた。何より自身が動くことすらままらななかったのだから。

(下手に動けば……やられる)

 誇張でもなんでもなく、それは事実だ。数えることすらバカバカしいほどの長い年月、この世界の黎明期から生き続ける歴史の生き証人である世界樹が生まれて初めて感じる命の危機。それこそまさにカケルノクライシス。

(でも、触りたい、愛でたい、くんかくんかしたい。そのやわらそうな手で触れてほしい。その瞳で見つめて欲しいのよ……)

 本能が警告を発する。動いたら駄目だと、直視してはいけないと。だが、それでもなお動かなければならない。見ているだけなんて耐えられない。ルシアの覚悟は揺るがない。歯を食いしばり、生まれたての小鹿のように震える足を引きずるように前進する。幸い地下に根を張っているので、倒れてしまうことはない。ほとんど気休め程度ではあるけれど。

(くっ、なんてプレッシャーなの……私は世界樹なのよ……うぐっ、あと数歩が遠い。まるで月に向かって手を伸ばすかのようね)

 自らに覚醒効果のある樹液を注入することで、辛うじて意識を保ってはいるが、今度は甘くかぐわしい匂いに襲われる。ルシアにとってはまさに劇薬となりえるカケル子の優しい匂い。もはやルシアの体力精神力ともにゼロだ。それでも立ち続けているのは、世界樹としての矜持か、それとも世界の意思なのか。

(ミヅハ、モグタン、力を貸して……私だけじゃ悔しいけれど足りないのよ……)

 すがるようなルシアの呼びかけにも返事はない。ミヅハとモグタンは、すでに幸せの絶頂の中で生ける屍と化していた。とても戦力にはならない。

(くぅ……何てことなの……私が倒れたら大変なことに……自ら蒔いた種ならば、刈り取るのも私の果たすべき責任……)

 ルシアはここにきて、禁じ手を使う。世界中に張り巡らされた己の根から力を吸い集めるのだ。無論、禁じ手というだけあって、世界への影響は少なくはない。だが悠長なことはこの際言っていられないのだ。ここを切り抜けなければ未来はない。もっといえば、ルシアが生きてきた意味もなくなってしまうのだ。

(やっと見つけたんだから。ただ大きくなることだけを存在意義としてきた私の生きる意味。こんなところで諦めたくないのよ!!!)

 世界中から集められた力が、ルシアに流れ込んでくる。その力の奔流が足を踏み出す原動力となる。大海のごとく流れ込んでくる力ですら、まるで大地に大穴が空いたように、ざるに注ぐかのように失われてゆく。力は有限、時間はかけられないとルシアは悟る。

「カケル子ちゃん!」

 最後の力を振り絞り、ルシアは触手のように蔓を伸ばし、カケル子に抱き着く。その瞬間のことを、ルシアは生涯忘れることはないだろう。そのやわらかい感触と甘く優しい香りと身も心も溶かしてしまいそうなお日様のような眼差しを。

「ルシア先生!? 大丈夫ですか? ルシア先生!!」

 ルシアは、可愛いを音にしたようなカケル子の声を聴きながら、その意識を手放した。


***


 一方で、セレスティーナ、ミヤビ、ノスタルジアは防戦一方で撤退を余儀なくされていた。

「ミヤビ、クロエとヒルデガルドは何をしているんだ?」
 カケル子に視線を合わさないように注意しながら、短く叫ぶセレスティーナ。
「二人とも真っ先に飛び込んで行って返り討ちに遭ったよ。秒殺だね」
「くっ、まったく何をやっているんだあの二人は……」
 苛立ちを抑えながら、冷静に頭を回転させて状況把握に努める騎士団長。
「ああ、私たちはどうなってしまうのでしょうか?」
「心配するなノスタルジア。お前はこの私が守る。それにセレスティーナだっているんだ」

 だが、無情にも事態は動く。

「おーい、セレスティーナ、ちょっと来てくれないか?」
「おほっ! きゃ、きゃわいい旦那しゃまが私を呼んでいる……た、ただいままいりましゅ……」
 カケル子に呼ばれてふらふらと立ち上がるセレスティーナ。
「!? 馬鹿!? 行っちゃだめだ!!」
 ミヤビの悲痛な叫びも今のセレスティーナには届かない。
「セレスティーナさまああああ!?」
「駄目だ、もう手遅れですノスタルジア」
 セレスティーナを止めようと手を伸ばすノスタルジアを羽交い絞めにして引き留めるミヤビ。  


「うきゃあああああ!? だ、旦那しゃまあああああ……」
「お、おい、セレスティーナ!? 大丈夫か、セレスティーナあああああ!?」

 セレスティーナの断末魔の声と、カケル子の叫びがこだまする。

「ノスタルジア危ない!!」
 咄嗟にノスタルジアの耳を両手でふさぐミヤビ。カケル子の叫びを聞いてしまったら、致命傷だ。
「かはっ!? か、カケル子どにょ~、にゃ、にゃんてきゃわいい声……」
 ノスタルジアをかばったミヤビはもはや自我を持たないカケル子の操り人形だ。
「み、ミヤビ姉さま!? しっかりしてください、ミヤビ姉さまあああああ!?」
 
 ノスタルジアの悲痛な叫びも、もはや耳には届いていない。だが、彼女は生粋の戦闘狂。自我が失われた状態であっても、戦いの本能は失われてはいなかった。

「きゃ、きゃけるきょどにょ、しょ、しょうぶにゃあああ!!」

 ぷにゅっ

「ひ、ひぃやああああ!? や、やわらきゃい!? ぷ、ぷにゅっていったにゃああああ!?」

 ミヤビの一撃は、幸か不幸か、カケル子の胸にあたってしまった。即死である。

「あわわわわ……どうしましょう。も、もう私しか残っていないのです」
 周りを見渡せば、死屍累々の惨状が広がっている。空を飛ぶ鳥や、虫たちまで、地に落ち、動きを止めているのだ。この瞬間、世界で動いているものは、自分と愛しいナイトしかいない。ノスタルジアに、もはや怖いという感情はなかった。命を懸けてこそ、障害を乗り越えてこそ、燃え上がる恋の炎。彼女を突き動かしているのは、そんな激情だったに違いない。

(ナイトさま……お慕い申し上げております。この命を懸けても惜しくないほどに……)

 自らのスキルによって、呪われた地獄のような日々を送ってきたノスタルジアにとって、こんなことぐらいどうということもない。彼女の持つユニークスキル『リワインド』によって、彼女は何度死んでも巻き戻せるのだから。

(やっとわかりました。なぜ、私にこんなスキルが与えられたのか……)

 ノスタルジアは進む。死に戻りを繰り返しながら。なぜそこまでするのか? それはそこに愛するナイトがいるからに決まっている。

「ナイトさまああああああ!!」

 ノスタルジアは叫ぶ。それは叫びというにはあまりにも弱々しく、そよかぜにもかき消されてしまうほどであったけれど、その魂の叫びは届いていた。愛しい彼女のナイトの心に。

「……大丈夫か? ノスタルジア」

 優しく甘い彼女の大好きな匂い。女体化しても変わらない太陽のような眼差し。いつもとは違うやわらかい感触に包まれながら、ノスタルジアは死に戻りを繰り返す。

(ああ……私のスキルはこの時のためにあったのですね。呪いではなく、祝福だったのです……)

 ぷにぷに、すりすり、くんかくんか。ノスタルジアの甘い時間はまだまだ続きそうだ。 


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