不登校だったおれが竜王相手に世界を守るために戦う話~学校に行けなくてもコマンド操作なら得意ですから~

文戸玲

勇者求む


 勇者求む。でかでかとそれだけ書かれた紙を見て,心躍る気持ちが徐々に萎んでいった。余白の多い一枚の神の前で立ち尽くす。頭の中では様々な疑問が浮かび上がっては渦のようにぐるぐると周った。勇者と言っても,元勇者でよいのか。もっと言えば,勇者と言われてはいないが,これから地球を救おうという高い志を持った子どもが取り柄もない少年の参加は許されているのか。いつどこへ向かえば良いのか。必要な情報が何一つ記されていなかった。
 ライアンと共に依頼ボードの前に立ち尽くしていると,あの,と遠慮がちで静かな声をした少年に話しかけられた。

「あなたたちは勇者ですか? ぼくは勇者ではないのですが,ぼくにも何か出来ることはあるのでしょうか? 時間には間に合ってますか?」

 背格好がそれほど変わらない少年がいつの間にか横に立ってこちらに顔を向けている。目が隠れるほど長い前髪が,くたくたになった緑色のニット帽で押さえつけられていて表情がほとんどつかめない。ニット帽と同じくらい使い古された淡いブルーのマフラーは口元を隠すように巻かれているため,ぼそぼそと話す声を聞き取るのがやっとだ。よく見るとズボンやセーターも同じ質のもので出来ている。丁寧に作り込まれているような気がするが,あまり上等な者ではなさそうだ。手作りで編んだものだろうか。腰にはぼくと同じ形をした剣を携えているが,それが立派な作りをしている分だけ彼の身なりが貧相な者に見えてくる。

「ぼくたちも昨日ここに着いたばっかりで,この依頼ボードも今見つけた所なんだ。答えてあげられなくてごめんね」

 少年は肩を落として,分かりました,とうなずいた。

「ぼくはまさる。こっちはライアン。ぼくは勇者なんて立派な者とはほど遠いんだけど,自分を変えたいなって思っていろいろと頑張っている。ライアンはこう見えて,昔は勇者って呼ばれていたすごい人なんだ。君の名前は?」

 「こう見えてってどういう意味だ」とライアンに頭頂部を拳ではたかれた。だってそうでしょ,と涙目になりながら言い返したが,ライアンはあまりそのことに触れてほしくなさそうだ。

「まさるよ。最初の頃より口がよく回るようになったな」

 そうかな,と鼻の頭をかきながら考えた。確かに,初めて会った人に自己紹介をしてから名前を尋ねるだなんて,少し前の自分では考えられない。それどころか,簡単にライアンの紹介を済ませ,目の前の相手の様子から何かしてあげられることがないかだなんて考えてすらいる。何か彼にしてあげられることはないか。そんなお節介が心の中に湧き上がってくるのはしばらくぶりだ。そんなのは小学生の頃にやめたはずだったのに。ぼくはいつしか好意的な感情も否定的な感情も人に抱かないようになった。
 昔は活発な方だった。思ったことをそれなりに口に出していた。それがあるとき,学校に行くのが苦痛になった。それでも無理して学校に行った。そんなことを続けていると,心が壊れた。人間は身体を守るために防衛本能がプログラミングされているらしく,適応できない環境に無理して足を運ぼうとすると,いつしか玄関から出られなくなった。動かない足を無理矢理にでも前に出そうとして,嘔吐したこともあった。次第に制服を着ることも出来なくなり,平日に自分の部屋から出ることはほとんど無くなった。
人と関わるのが怖くなった苦い思い出が,まるで落雷が落ちたように脳内でフラッシュバックした。


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