悪魔座

不動 聖

悪魔座と正義の味方

目を瞑り一分ほど経った頃。


ぴた。


寝ている快刀の頬に冷たい物が押し当てられる。



「・・ん?」




目を開けると水の入ったペットボトルを快刀の頬に押し付け、先ほどの少女が立っていた。

ペットボトルはまだ冷たい。
どうやら今買ってきたばかりの様だ。

「ちょっと、おじさん。せっかく助けてあげたのに、また寝てどうするの?」

あきれた様子で母親が子供に諭すように少女が言う。

「・・ああ、悪い悪い。昨日飲み過ぎちゃって」

「まったく。また同じ様な連中にからまれるよ。・・さあ早く起きて」

少女が快刀の腕を引っ張り体を起こそうとする。

「いてて・・わかった、わかったよ」

仕方なしに快刀がベンチから立ち上がった。

「うわ。お酒臭い!早くこれ飲んでよ」

よほど昨日の酒が残っているのだろう。
鼻をつまみながら少女が再び水を押し付けてくる。

快刀はせっかくなので好意に甘え、ペットボトルを受けとると、水を一気に喉に流し込んだ。

「・・・ぷはー!」

両手を広げ大きく伸びをする快刀。

「・・いやあ、生き返った」

「大丈夫?」

「悪いな。さっきから色々助けてもらっちゃって。何かお礼をしないと」

「別に良いよ、お礼なんて。あんな連中どうってことないし」

「いやぁ、大したこともんだ。人を助けて腕っぷしも強くて。君は正義の味方だな」

「私は別に正義の味方なんかじゃないわよ。ただの女子高生」

「男三人を相手にあれだけの大立回りをするただの女子高生はいないだろ。見事な腕前だったよ」

「小さいときからおじいちゃんに仕込まれてるからね」

「神楽流って言ってたけど、この辺では有名なのかい?」

「そう。この町はもちろん、武道に少しでも詳しい人なら誰でも知ってるよ。江戸時代から続いてる由緒ある道場で、警察の人とかもたくさん通ってるんだから」

自分の道場を誇りに持っているのだろう。
少女は自慢気に言った。

「それであの連中が一目散に逃げたって訳か」


快刀が改めて周囲を見回す。



「そういえば、ここはどの辺になるんだ?」

「ここは叢雲町むらくもちょう。この公園はちょうど住宅街の真ん中にあって、もう少ししたらサラリーマンとか学生が沢山通るよ」

(叢雲町か。繁華街から帰るつもりが家とは反対方向に来ちまったか)

「おじさん、この辺の人じゃ無いよね?どこから来たの?」

「おいおい。おじさんはひどいな。俺はまだ若いんだぜ」

少女が背伸びして快刀の顔を覗き込む。

「・・本当だ。確かに思ったより若いんだね」

少女は悪戯っぽくクスクスと笑う。

「君の言うとおり俺はこの辺の者じゃないよ。近くの繁華街で昨日飲んでたんだ。帰ろうと思ったらここに迷いこんだみたいだな」

昨日の記憶はほとんど無いが今の状況を考えると、そう分析するのが妥当だろう。

「いくら酔っ払っても、こんな平日の朝から公園で寝てたらダメよ。この辺にはさっきみたいな悪さをする連中もいるんだからね」

「肝に銘じて置きます・・」

「もし身を守る術を学びたかったらいつでもウチに来たら良いよ。この辺で神楽流道場って聞けば誰でも知ってるから」

「はは・・そうだな。その時はよろしく頼むよ」

「私の知り合いだって言えば安くしてもらえるよ。・・・私はあおい神楽葵かぐらあおいよ」

「ああ・・俺は月陰快刀だ。よろしく」

「じゃあ、私は学校があるからもう行くね。気を付けて帰るんだよ」

「ああ、色々サンキュー。正義の味方」

「あはは。それじゃあね。おじさ・・じゃなかった。かいと!」

友達と別れるように笑顔で手をふりながら葵は再び走り去って行った。

(かいと、ね・・・やれやれ。元気な娘だ)

普段犯罪者や裏の世界の人間ばかりを見ている快刀にとって、純粋な少女に出会うと心が少し洗われた気分になる。

(それにしても悪魔が正義の味方に助けられるとはな・・)

皮肉めいた出来事に自分自身で苦笑していると快刀はポケットの携帯が振動している事に気付いた。



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