世界最強のゾンビになって生き返ったが、とりあえず元の世界に帰る旅に出る

カイガ

263話「君はこんなところで死んではいけない」



 “時間回復”

 美羽がそう唱えた直後、霊体状態のバルガの時間が巻き戻っていく。
 もの凄い速さで……音よりも速く、光の速さのように。それ程の速度で奴の時間は巻き戻っていく。

 《は、はは...何をするのかと思えば、時間を巻き戻す?それでいったい何の解決になる?せいぜい普通の生物にしか効果が無い魔術ではないか!しかも魔力と体力...生命力をも犠牲にするリスク付だ!それが俺に対する最後の切り札だと?血迷ったか異世界人よ!?》

 ……………違う。血迷ってなんかいない。バルガは分かっていない。この究極の回復魔術が境地に達したらどうなるかを。奴は理解できていない……!
 同時に気付く。美羽がどうやってバルガをこの世から完全に消すのかを。

 「単に昔のテメーの年齢・姿・強さに巻き戻す……そんな生温い程度で済むと思ってんのか?テメーはこの回復魔術の恐ろしいところについて何にも分かってねーのな?」

 元の世界でいくつもの異世界ファンタジー系の作品を読んできた俺だから分かる。そしてその知識を俺から教えてもらったから、美羽にも分かったんだ。
 こんなクソ魔神みたいなラスボスが、不死で不滅のどうしようもない野郎になった場合でも、そいつの倒し方なんていくらでも存在している。それがフィクション作品だ、フィクション作品の世界舐めんじゃねえぞ……!!
 脂汗を浮かべながらも、美羽はバルガに不敵な笑みを見せて、こう告げた。

 「私が巻き戻そうとしているあなたの時間は、あなたが若い頃でも産まれたての赤ちゃんの頃でもないよ。

 《《あなたが存在していない時間》》まで巻き戻すのよ!」

 “魔神バルガは最初から存在していなかった”

 「あなたの時間をその頃まで“回帰”させる!この魔術が終わる頃には、あなたは本当の意味で消えて無くなるの!!」
 ≪馬鹿な……そんな、世の理から外れたことが、アアアァァァ!!≫

 バルガから狼狽に満ちた叫び声が上がる中、美羽の手から放たれている光がさらに強まる。さっき以上の速度でバルガの時間が巻き戻っていく。
 しかし……

 「かふ、ぅう……っ!!」

 同時に美羽が吐血する。この究極の回復魔術を発動すると大きな代償を術者は払わなければならない。自身の大量の体力と魔力はもちろん、生命力をも削られてしまうのだ。
 
 (大戦の初日で魔人族一人の時間を巻き戻したと聞いた。その時間は10年……それだけでも美羽は瀕死になりかけたとクィンから聞いた。バルガを完全に消すには10年でも、100年でも足りない…。このままだと……っ)

 俺とほとんど同じ考えに辿り着いた様子のバルガは苦しみながらも余裕そうに嗤う。

 ≪やはり、その回復魔術は己の生命をも大きく削るものらしいな…!このままだと俺を消すことが出来ずに、その回復術師の異世界人は力尽きて死ぬのだろう?ハハハハハ!その程度の器では俺を殺すには至らないというわけだ!惜しかったなァ!?≫
 「く、うううぅぅぅ……!!」

 再び嗤うバルガに対する美羽は悔しそうに、そして苦しそうに呻きながらも光を絶やすことなく回復魔術を発動し続ける。しかしその光は徐々に弱まろうとしている。
 そんな美羽の手に俺は自分の手を重ねる。

 「皇雅君………?」
 「このクソ魔神と戦ってるのはあんた一人じゃねーだろ?確かに一人でだったらこいつを消すのは無理だったろうなぁ。けど……今ここにいるのはあんただけか?」

 美羽がハッとした表情を見せる。それに俺はニヤリと笑って頷いた。

 「俺の力も使え。全部、くれてやるよ!それでバルガの時間を完全に巻き戻してやれぇ!!」

 カッッッッッ ≪な………ッ!?≫

 弱まっていた光が再び……それもさっき以上の輝きを放つ。俺の力と魔力を美羽に注ぎ込んで、時間を巻き戻す力を強めた!

 「私もやる!私の力も使って!!」
 「よし!俺の手に重ねろ!!」

 駆けつけてきたアレンに指示を出すと、彼女は美羽の手に翳している俺の手に両手を乗せて力を込めた。回復魔術の力がさらに強まった!バルガの時間が50年、100年、500年、1000年へと巻き戻っていく!「魔神バルガは存在していなかった」という事象への回帰へ近づいていく……!!

 (けど……まだ足りねぇ!このままの俺たち全員の力だけじゃバルガは消えない。アレンと美羽もとっくに全てを出し切っている。後は……
 俺が自分の持てる全部を出し切れば良いだけだ!!)

 掴んでいたバルガから手を離すと懐からあるものを取り出す。それを目にしたアレンの目が見開かれる。

 「コウガ、それって……!」
 「ああ、魔石の原石だ。一つはヴェルドの体から取り出したものだ。そしてもう一つ……」

 俺の手ある魔石は二つある。二つ目はいったいどこから取ったのか。答えは――

 「倭、あんたの力も借りてくぜ!!」

 ――ズブブッッ

 「「!?」」

 アレンと美羽は俺の行動に衝撃を受けていた。俺は今、自分の体に魔石の原石を二つとも埋め込んだ。これによって俺は魔石による強化を得られる!

 「皇雅君、君は………っ」
 「今まで俺はゾンビだったから、みんなみたいに強化薬を摂取しても強くなれなかった。けど人間に戻った今なら、俺もこうして強くなることができるんだ……!」
 「そうじゃないよ!魔石そのものを使った強化は魔人族をも死に至らしめる程の副作用がつくんだよ!?それを二つもなんて、君は……なんて、ことを………っ」

 こんな時だというのに悲痛な顔で俺を見る美羽に、困った表情を見せるしかできない。そこに今度はバルガからも声がかかってくる。

≪魔石の原石を二つも摂取するなど、初めて目にした……ぞ…!しかし……お前も、ただでは済まない、ぞ……。魔石の副作用に蝕まれて、俺を消し去ろうとする途中で……お前が自滅して、終わるぞ?
 仮に俺を消せたとして、も……お前は確実に死ぬ、ぞ!?今のお前の体力・魔力は有限で……不死ではないのだぞ!?≫
 「コウガ………っ」

 俺が何をしてしまったのかを理解したアレンの手から激しい動揺が伝わってくる。後ろにいる彼女も悲痛な顔をしているのだろうか……。

 「ごほっ!……分かってんだよ、それくらい…。でもこうでもしねーと、テメーは完全に消えないんだろ?だったらこれくらいやってやらぁ!!」

 存在感が小さく希薄化していくバルガがいくら警告しようとも、血を吐いて全身に激痛が襲ってこようとも、俺は笑ってそう答えて、魔石で得た力を十分に発揮して時間を巻き戻す力を最大限にまで高めた。

 ―――――
 ――――――

 ≪お、おおォオおオ……!俺の存在が、薄まっていく、だと………!?闇に消えるのではない、本当にこの世界から消滅してしまうのか、ァアアア!?≫

 1500年、2000年、3000年、4000年……そう巻き戻していくうちに、バルガが本当の意味で消えていくのを感じる。けど同時に俺にえげつない苦痛の波が襲ってくる………っ

 「“痛い” そんな感覚久しぶりだなぁ。死んで復活してから今までずっと、ズルして痛いって感覚を無くしてたからなぁ。マジで辛いわやっぱ。今までのみんなは、この“痛い”を耐えながら敵と戦って勝利してきたんだよな。すげぇや、みんな」

 なら多少は我慢してやるか。バルガはもうすぐ消滅する。こんな激痛、あともうすぐで終わる...!
 だから、耐えろよ俺の体!!

 「美羽先生!ここまできたら腹括るしかねぇ!説教はこれが終わったら聞いてやるから!今はこいつを消すことだけ集中しろ!!」
 「………!」
 「アレン、心配すんな。俺は死なない。約束したよな?“続き”は戦いが終わった後って。だから絶対に大丈夫だ!!」
 「…っ!うん……!!」

 二人に叱咤の言葉をかけると彼女たちはもう動揺することも何か言うことも無くなり、俺と同じようにただ全力を尽くすだけとなった。

 「あ、あああああああああああああっ!!!」

 気合いの叫びを上げながら時間の巻き戻しをまた加速させる。内臓がいくつか潰れて、骨が砕けて、立つのもやっとの状態だ。目の前も暗くなってきたけど……まだだ!まだこいつが存在している限り俺がさきにくたばるわけには――

 ――ギュッ...!

 アレンの、俺の手を握る力が強まる。空いている方の腕で俺の背中を支えてくれる、お陰で地面にちゃんと立てている。
 さらに美羽も俺の体を支えてくれる。彼女から優しい温もりを感じて、それだけで失いかけていた光を取り戻した気分になった。
 声が聞こえなくても伝わる。二人が俺に必死に語り掛けてくるのを。

 『もう少しだよ!!ゴールまで、あと少しだよ――』
 『それまで私たちが支えてあげるから、最後まで、諦めないで――』
 『『コウガ(皇雅君)!!!』』

 (ありがとう アレン、美羽先生――)

 「――ぅおおおおおおおおらああああああああああああ!!!」
 
 目に光が戻って刮目。全身に力を入れて、美羽の手に魔力を全て注ぎ込む。霊体バルガをついに地面にひれ伏せさせる!

 《まだ...そんな力、が...!!俺の存在が消えていく...!意識が、思念が薄れていく......!!》

 声が弱まり、バルガの姿も透けていく。いったい何千年前まで巻き戻したのか、様々な形態に変化していたが、ようやく一種の形態に留まり、若返っていく。そして存在が消えようとしていた。

 「老害は、とっとと存在ごと、消・え・ろおおおおおおおおおおおお!!!」


 “浄祓《じょうばつ》”


 最後まで振り絞って、絞り尽くして、持てる全ての力を出し切った。
 そしてやっと……

 ≪ギャアアアアアァァァァァァ……………………≫

 断末魔の叫びが徐々に聞こえなくなり、バルガの霊体が完全に消えた。「魔神バルガの時間は、奴が最初から存在していなかったという事象まで巻き戻ったのだ。
 …………そういえば、断末魔の叫びの前にバルガは何か言ってたな―――

 《クク、ク………。俺は終わる、ようだな……。本当の本当、に。ククク……!!まぁ数千年戦いを愉しめたんだ。満足するとし、よう。カイダコウガ、改めて礼を言う、ぞ……。最後の敵がお前でよかった……愉しかった―――》

 最後までバルガは心底愉しそうに、満足して消えていった。悪役のラスボスだってのにそんな言葉を残しやがって。悪役らしく恨み言を叫びながら消えろよな……。

 さて、ラスボスをようやく浄化して完全に殺すことに成功したのは良いけど………

 ドクンッ 「ぐ、はぁ………っ」
 「コウガ!?」

 血の塊を吐いて体を痙攣させながら倒れる俺を、アレンが抱き起してくれる。今にも泣き出しそうな顔だ……。

 (ああ………体力と魔力はもちろん、生命そのものが削られて無くなっていくのが分かる………)

 体に埋め込んでいた魔石をどうにか取り出して捨てたがもう遅い。魔石の原石を取り込んで力を得た際の副作用からは逃れられない………。今だってこの体が壊れ続けている。「回復」を発動してるけど効果無し。意識が、遠のいていく。

 「コウガ、約束した!死なないって、大丈夫だって!私も約束した!あの続きは全部終わった後に必ずするって!!
 もう終わったよ?だから、一緒に帰ろう!!」

 (ああ、そうだよな……。約束した。そして全部終わらせた。嘘は、つきたくない。それも、好きな女の子に嘘なんて、つきたくねぇ……!)

 「―――っ ――――、……………」
 「コウガ、コウガぁ…!!」

 声が出なくなった……。自分の心音も聞こえなくなっていく………。ダメだ、このまま俺まで終わるなんて、ダメだ…!
 アレンとの約束を果たすんだ、サント王国と鬼族の里へ帰るんだ、そして……元の世界へ帰るんだ―――


 「 そうよ。君はこんなところで死んではいけない。私が絶対に助ける 」

 意識の消失が止まった。その声がそれだけはっきりと届いたから。俺の体がさらに抱き起されていくのを感じる。アレン……?違う―――

 「…………っ(何をするつもりだ、美羽先生?)」
 「死なせない。私の命に代えても……!」

 美羽が再び聖属性の魔力を熾したのを感じる。それはとても温かくて、落ち着くもので―――

 「………!………っ!?(まさか!あんたまた時間を回復させるつもりか!?)」

 必死に言葉にしようとするが声は出ないままだ。俺が言おうとしていることが伝わったのか、美羽は何かを惜しむような表情で微笑んだ。

 「元の世界に……日本に帰りたいって、ずっと望みながら旅してたんだよね?それを叶える為に君は魔人族とだって戦ったし、命も懸けてきた。そしてこの世界まで救ってくれた。私じゃとても出来ないことを君はやってみせた。
 そんな君は報われるべきだよ、皇雅君」
 「…………!!(その力を使ったら、あんたが代わりに……!!)」
 「うん、そうかも……。私だって元の世界に帰りたいって思ってるよ。でもそこに君がいないなんて、私は嫌だよ。でもね、私も約束してるんだ。縁佳ちゃんと。だから、君だけは救ってみせる……!!」
 「み……わ…………せん、せぇ………!!」

 そして美羽は優しい声で、

 「 “時間回復《リバース・ヒール》” 」

 それを唱えて、最後の回復魔術を発動した………。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品