世界最強のゾンビになって生き返ったが、とりあえず元の世界に帰る旅に出る

カイガ

227話「黒い何か」



 ………。
 …………。
 ……………。

 「――って気を失ってる場合じゃねー!完全に死んだのをまだ確認してねーんだ。早くしねーと。ゆっくりするのはその後だ」
 
 リミッター解除の反動で体が一度完全に崩壊してしまい思わず気を失っていた。どうにか意識を覚醒させるも脳がまだスパークしていて上手く起き上がれない。頭から血が絶え間なく流れ続けている。数分経ってやっと血が止まり、脳も正常に戻っていくのを実感してからやっと立ち上がる。ザイートの様子を急いで確認すると奴はまだ体力が減り続けている状態で、起き上がるどころか這う力すら無い。顔色がさらに悪くなっていき、出血量も増えている。放っておいても死ぬかもな……。

 「まさか自滅で……敗けるとは、思わなかった…。“限定超進化”のリスクは、俺自身にも予想しきれないもの、だった」

 自嘲するように言って俺に話しかけてくる。割とお喋りなこの魔人族族長の最期となる会話に、俺は付き合うことにする。

 「俺みたいにゾンビでもないテメーが、あんな規格外な力を使えばそうなるさ。死んだって不思議じゃねーよ。身の丈に合った進化で留めておくべきだったな」
 「はっ、不死身のお前がそう言っても…嫌味にしか聞こえないな…。仕方がないだろう……こうまで、しなければ…今のお前の本気とまともに戦える気がしないと、最初……地底で受けた最初の一撃をくらった時に…悟ったからな」

 様子見のつもりで攻撃した最初の時か……というかその言い方だとこいつは、


 「お前は、強くなり過ぎた……。イレギュラーと呼ぶに相応しい程に」


 あの時点で、俺がこいつより強くなっていたと、予感していたのか。レベルと能力値が劣っていたからこいつが格上だと思っていたけど。
 強くなり過ぎた、ねぇ...。

 「ベロニカやネルギガルド、ヴェルドたちが束になっても……おそらくお前には届くまい。お前には、俺の理解に及ばぬ力が宿っているらしい…。ゾンビといったか…?屍族や同胞の誰にも存在しない未知の力……。
 もしかしたらそれこそが、異世界から来た際にお前が授けられた、特別な力とやらなのかもしえないな」
 「そうか…そういう解釈があったか。確かに、あり得るかもな」
 
 元来研究熱心な性格だけあって、よくそんな考えにたどり着くものだ。頭のキレも相当良い。こんな奴によく勝てたよホント。

 「それで…?お前は残りの同胞たちをも殺す気でいるのか……?魔人族と連合国軍との大戦に、まだ関わるつもり、か?」

 仲間たちへの心配半分俺への興味半分からか、そんな質問をしてきた。

 「そうだな……。今日テメーらの本拠地に強襲したのはザイート、テメーを殺すことが主な目的だった。そのついでに俺の仲間たちを脅かすであろう軍もできるだけ消しておこうって意図もあった。
 なぁ、逆に聞くけど……テメーが俺に討たれたってこと、連中に伝わったら魔人族は世界を滅亡させることを止めるのか?」
 「………どうだか、な。俺の思想に同胞たちは皆乗ってくれた…。それが本心だという、なら……あいつらは止めねーだろうな……」
 「だったら俺も魔人族の殲滅に動くぜ。元の世界に帰ることを邪魔する奴ら、仲間たちを殺そうとする奴らには容赦しない。全部ぶっ殺す。以前のように地底にこもってひっそり暮らすだけってなら、俺から殺しに行くことはしねーよ。俺を害すること、不快にさせたりしない限りはこっちからは何もしない。けどネルギガルドって奴は死ぬんじゃねーかな。奴に復讐したいと思っている鬼族がどれだけいると思ってやがる?少なくとも奴だけは確実に死ぬぜ」
 「………………」
 「あとはもうどうでもいい。この大戦もそうだ。かつて一緒に旅してきた仲間たちや元の世界に帰す魔術を実行するサント王国の特定の人物、その他死んで欲しくない奴らが無事でさえいれば、好きにすればいい。俺たちのあずかり知らないところで好きなだけ争えばいい。元はと言えばテメーらが勝手に始めたことだ。どう転ぼうとも知ったことか。連合国軍側から魔人族にちょっかいをかけた場合も同じだ」

 言いたいことを言い切ると一息つく。ザイートは小さく笑い出した。
 
 「本当にどこまでも…傲慢だな、お前は。今やこの世界は……お前の気分次第で簡単にどうこう変えられるのだから」
 「かもな。その点は自他共に認めるよ。俺のこの力は現代世界で言うなれば、核兵器みたいなものだ」

 核兵器という言葉に訝し気に眉を顰めるザイートを無視して空を見上げる。俺がそういう存在になるなんて、思いもしなかったなー。鍛錬しながら元の世界に帰る手段を探していたらいつの間にかこうなっていた。
 そうだ…せっかくだしこっちからも話を振ろうか。こいつもいつ死ぬか分からないし。
 血がさらに流れ出して、体がやせ細っていく様子もお構いなしに、ザイートに話しかける。

  「そういえば、長生きしている知り合いからテメーらのこと少し聞いた話なんだけど…ああそいつはエルザレスって竜人族だ」
 「エルザレス…懐かしい名だ。昨日のヴェルドによる襲撃から、よく生きていたものだ……。それで、俺たちのことを聞いただと?何を……?」
 「主に昔のテメーらのことについてだった。百年以上前のテメーら魔人族は、人族からも魔族からも世界の脅威として認識されていた。魔石で強くなる前からテメーらはずっとそうだったってな」
 「ああ…。だがそれでもエルザレスとは、かつての俺にとって宿敵同然の関係だったな。何度殺し合ったか……。」

 息絶え絶えになりながらも笑うザイートを尻目に続きを話す。

 「聞いた話には、テメーは今みたいな野心家で好戦的な性格じゃなかったそうだな?野心というよりも探求心が強い?ような男だったと。竜人や獣人、亜人たちの生態・戦闘法何にでも興味を持つだけの奴だったと。
 それが今はどうだ?全種族根絶やしにするだの、世界を支配するだの、随分と悪の帝王様的なキャラになってんじゃねーか。百年以上も経つとそういう心変わりが起きるものなのか?」

 修行中エルザレスから聞いた魔人族の話は、主にザイートのことについてだった。いちばん遭遇して何度も戦った魔人族だったからか、奴について色々知れていたのだろう。魔人族が脅威とは言っていたが、それは奴ら全員ではなく、当時の奴らの長であった魔人の王にのみ向けられたものだったらしい。昔のザイート含む他の奴らは、そこまで世界征服にお熱ではなかったとのこと。
 だがエルザレスの言ったことと今のこいつらを見ると矛盾している。今では全員が全てを壊そうとしていて、世界を魔人族のものにしようとしている。これも、魔石の性だというのだろうか?もしエルザレスがここにいれば、何か気付いたかもしれないな。

 「ふん、奴め……そんなことを話していたのか。悪いがお前の問いに詳しく応じる気はない。まぁ心変わりしたというのは、否定しないが。
 “特別な力を手にしたから変わってしまった” というのは、お前にも通じるところがあるだろう?強くなった時には、俺はこの世界を潰してモノにしたいという衝動に駆られていたんだ...それだけさ」

 本当にそれだけか?いやそうじゃない。今日こいつと直接戦った俺だから分かる。こいつには「何か」が……………

 「最期に、教えて欲しいことがある......お前がいた世界についてだ。どんなところ、なんだ……?」

 思案しているとザイートからそんなことを聞かれる。何にでも興味を持つという根本的なものは変わらずってところか。百年以上経ってもその好奇心旺盛な性分は消えてねーみたいだ。
 ザイートはもう今にも死にそうだ。生命の火とやらも消えかけている。疑問はまだ解消されてねーけどとりあえず答えてやろう。


 「ここと違って魔力という概念が無い、当然魔法や魔術も無い。魔物もいない…というか知性ある生物は人間…テメーらが言う人族だけだ。剣や火器を用いて争ったりもしない。ここよりも娯楽が豊富で退屈もしない。平和で楽しい。でも俺にとって嫌な人間が比較的多い、クソッタレな世界でもある!」


 俺は楽しそうに、しかしどこか嫌そうにそう答えてやった。

 「そうか......それは、また興味深い世界、だな...ククク」

 ザイートは満足気に笑って納得した。...もうそろそろ、こいつの命の灯が消えるな。ここまでか。

 「……………本当の最後になるからせっかく、だ……。
 お前には一つ嘘をついて、しまっている」

 ザイートは死が間近だからか苦しそうにしている。しかし先程までの笑みを消して真剣に言う。

 「俺の、中…には………俺じゃない、“何か”が…微かだが、その存在を、感じ―――」


 ≪―――フム。ザイートももはやこれまでか。ならばこの器からもう出て行くとするか≫


 ―――ザイートの言葉を遮って、「何か」の声が響いた。

 「は………?」

 予想だにしないことに俺は思考を停止してしまった。そうしているうちにザイートの体に異変が生じる。体の中心に黒い「何か」が集っていき、結晶のように形づくっていく。

 ≪カイダコウガ。お前には大いに楽しませてもらった。進化の境地に達したザイートによくぞ勝利した。
 だがまだ足りない。やはり観てるだけは足りないというわけだ。
 では次の戦場で《《逢おう》》ぞ。その時こそ本当の戦をしようではないか―――≫

 黒い「何か」からの声なのか。何言か話しかけてきた後に、それはザイートの体から離れていき、俺がやっと動いた頃には空気に溶けるように消えていった……。

 「………!?おいザイート、今のがテメーが言った、テメーの中にいた“何か”ってやつか!?」

 ザイートに話しかけるが反応が無い。心臓は止まっており意識は完全に無い。戻ってくることは二度と無いだろう。奴はもう死んだのだ……。
 しかし脳はまだ生きている。人の本当の死…脳死にはまだ至っていない。

 「だったらせめて、その力を俺に寄越せ―――」

 “過剰略奪《オーバードーズ》”

 ゾンビの特殊技能「過剰略奪」でザイートの経験値と固有技能を奪いにかかる。瞬きした時には、ザイートの体は無くなっていた。それくらい早く奴を捕食したのだ。

 魔人族の族長…戦士「序列一位」の男を、討ち取った瞬間だった。この世界を脅かし続けていた魔人族の総大将を、日本という異世界の国から召喚されたけど一度死んでゾンビという異次元の力を得て復活したイレギュラーの男子高校生…俺が討ち取ったのだ。
 しかし、これで終わったなどと微塵も思うことはなかった。できなかった……。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品