世界最強のゾンビになって生き返ったが、とりあえず元の世界に帰る旅に出る

カイガ

216話「まだ赦せてねーんだ」



 「はぁ、はぁ......!そんな、嘘でしょう!?こんな、あり得ないことが……っっ」

 ベロニカはやや錯乱状態に陥り、息も乱す。恐怖に近い感情を抱きながらモニターに映っているものを呆然と見つめる。
 この召喚魔術で蘇った屍兵は、五回以上も殺されて復活すると、魔人族でも手を焼く程の戦力を持つようにつくられている。
 そんな屍兵が全部で50に迫る数もある。その規模の戦力はベロニカ本人でさえ厳しいレベルだ。
 にもかかわらず皇雅は、屍兵たちを十回以上も平然と殺し続けている。しかも彼に疲労の様子は微塵も見られない。
 さらには皇雅が屍兵たちを十回ずつ殺したところで、ベロニカにとって予想外の変化が起こる。50人はいた屍兵が数体、ベロニカの命令無しに消滅したのだ。その消滅した屍兵たちから伝わってきた感情は......純粋な「恐怖」だった。

 憎しみと殺意以外の感情など持ち合わせていないはずの屍兵たちが恐怖を抱くなど考えたこともなかったし、それが原因でこの世から消滅したなど信じられなかった。
 それ程までにあの「カイダコウガ」というイレギュラーの異世界人が規格外の化け物だということかと、ベロニカは考えるようになる。
 ここでベロニカはようやく皇雅のステータスを暴こうという思考に至った。皇雅などが持つ固有技能「鑑定」以外で相手のステータスを知る手段は基本無いとされているが、ベロニカだけはそれを可能とさせている。
 「魔眼」…目に超高魔力を込めることで、疑似的に「鑑定」を実現させる。この方法はベロニカ程の魔力を以て初めて可能となる。
 「魔眼」を発動したベロニカは皇雅のステータスを暴いた。その瞬間……彼女はそれを見てしまったことを酷く後悔した。

 「な...!?何なのこのステータスは!?こんなの、私はもちろん、ネルギガルドも……ヴェルド様ですら敵わない…!
 こちら側の陣営で彼とまともに戦えるのは、おそらくザイート様しか………」

 あまりにも規格外で次元が違い過ぎる皇雅の存在に、ベロニカは青褪めて呆然としてしまった。
 その後の彼女はどうしていいか分からず、皇雅が屍兵たちを惨殺していく様をただ震えながら見ていたのだった……。


                  *

 十五回、二十回、三十回とさらに皆殺しの周回を繰り返していくうちに、元クラスメイトどもとドラグニアの王親子の様子が明らかに変わった。連中の顔が、怒りや憎しみから恐怖へと変化していった。
 あれだけ殺すだの憎いだの唱えていた奴らだが、その勢いはすっかり無くなっていた。殺しても連中の能力値は大して伸びなくなっていった。俺に対する憎悪や殺意が弱くなっているからなのか。

 「おい、何怖がってんだよ。ベロニカに一方的に召喚されたとはいえこの殺し合いはテメーらから仕掛けてきたんだぞ。俺が悪いってんだろ 俺が憎いんだろ 俺を殺したいんだろ?
 さっさとかかってこいよ、この自己中ども!」
 
 一方的なまくし立てに対しても連中は最初の時みたいな言い返しをしてこない。怒鳴ることも突っ込んでくるこもしない。俺が歩を進めると誰もが一歩ずつ後ずさっていった。

 「何だそれ?つまんない奴らだなホント。数十回殺されたくらいで復讐心を簡単にかき消しやがって、なぁ?」

 心底見下した気分でそう言いながら、山本の髪を掴んで頭蓋に膝蹴りをくらわして顔面を粉々に砕いてやった。

 「あ”あ”あ”!や、べてぇ......!」
 「やめて?止めてほしかったら抵抗しろよ。何されるがままになってんだよ山本、なぁ」

 潰れた山本を雑に放り投げて元クラスメイトどもを睨みつけると全員竦み上がる反応を見せる。

 「さぁ、次は誰が相手だ?誰が俺を殺しにかかるんだ?憎い憎いこの俺を……」

 そう問いかけてこっちから近づいてやるが、連中は相変わらず向かってくるどころか引き下がるだけだ。埒が明かないので俺が飛び出して攻撃に出る。
 須藤の両腕・両脚をぶった切ってから渾身の正拳突きで心臓を打ち抜いた。

 「ぶごばがぁ......もう、いや......だぁ」
 「あ?嫌だと?あれだけ殺す殺すって息巻いてたクソイキりの須藤はどこいった?」

 ガンと顎を蹴って雑に吹っ飛ばす。ここでようやく大西が声を上げながら斬りにかかってくる。嵐・雷電・水の魔力を同時に発生させながら日本刀を振るって大西をサイコロステーキ状に切り刻んだ。雷の刃・風の刃・水の刃・日本刀の4連撃できれいに斬り刻んだ。
 その凄惨な光景を見た残りの元クラスメイトどもはすっかり萎縮しきっていた。殺す程力を増すとはなんだったのか、もう話にならない。

 「お、おい……甲斐田、お前何がそんなに、おかしいんだよ……!?」
 「は……?俺が、笑っている?」

 それは片上による突然の指摘だった。奴に言われて俺は自分の頬や口角に触れてみる。確かに……俺はさっきから笑っている。今だってそうだ。
 いや顔だけじゃない、少し前から感じている心から沸き上がるこの感情にも、今さら気付いた。

 (俺は今、この状況を……こいつらを何度も殺しているこの狂った状況やこいつらの恐怖している顔を見るのを、愉しんでいるのか?どうしてそんな……)

 自分でも戸惑ってしまっている。でも実際俺はこの状況が楽しくて仕方がないのだ。
 ふと後ろを見れば、マルスが俺から距離を大きく取ろうとしている…あれは逃亡してるな。カドゥラも同様に逃げようとしている。馬鹿かよ、逃げ場が無いってテメーらが言ったくせによ?
 「瞬神速」で二人とも捕らえて同時に地面に叩きつける。叩きつけた先に重力魔法がかかった沼をつくって完全に縛る。そして死ぬまで全力で拳の雨あられを浴びせた。
 「「ひ...ひいいいいいいいいい”い”い”い”い”やああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”...!!!」」

 ………やっぱりそうだ、心がスッとしてくる。もう何度も見てきたこいつらの死、飽きているはずなのに何故か口角が勝手に上がってくる。大西や須藤、山本や片上といったかつてのクラスのカースト上位の男子どもが苦しんでいる様を見ることに娯楽を感じてさえいる。
 俺が狂人となってしまったのか?確かに人と比べておかしいところが元々あったかもしれない。でもアレンやカミラ、他の鬼族たち、クィンやミーシャ、藤原に高園といった守ってやりたい奴らのこともちゃんと考えられるから狂ったとは言えない。

 “王毒”

 躊躇うことなく最強最悪の毒を放つ。文字通り闘技場内が阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。体が溶けたり痺れたりするのは序の口。全身から血が噴き出す毒、痛覚・神経が超過敏になり肌を外気にあてるだけで激痛が走る猛毒、精神崩壊をきたす幻覚を見るようになる劇毒。奴らの肌が爛れていく......やがて毒は肉を焼き、骨にまで到達。かつて経験したことないだろう毒による激痛が、奴らを容赦なく苦しめて殺していく。

「「「「「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」」」」」
「「「「「痛い”い”い”い”い”い”苦しい”い”い”い”い”!!!」」」」」

 元クラスメイト全員が血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら助けを求めてのたうち回っている。マルスとカドゥラにしても王の威厳など微塵も感じられない様だ。

 「ご、ごめんなさい……!」
 「も”、もう”……赦じで、ぇえ……!!」

 早川や山崎の謝罪や赦しを乞う言葉を聞いて眉を顰める。ごめん?赦して?何言ってんだか、赦すも何も俺はこいつらに何を―――

 「―――っ!ああそうか。やっと分かった。さっきから楽しいって感じてる理由が。どこからこの気持ちが湧いてきてるのかが」

 そう言いながら俺に縋ろうとしてくる安藤や柴田を蹴り飛ばす。そしてこの気持ちの答えを導き出す―――


 「俺はこいつらのことをまだ赦せてねーんだ」


 そう考えると全部に納得がいく。生前はこいつらに除け者にされたり排除しようとされたり、異世界では弱い俺を好機とみて虐げられたり見下されたり、そして見捨てられたんだ。
 ゾンビになって復活して、自分のこの力に気付いた直後…あの時の俺はこんな考えも生じてたんだった。
 この元クラスメイトどもと国王と王子への復讐を…。
 ただこの考えはしばらくしたら消えてしまった。わざわざこいつらのところへ行って殺す…そんなめんどくさいことする気にはなれなかった。第一こいつらには見捨てられはしたが殺されはしなかったからな。洞窟でアレンと初めての会話で復讐のことを聞かれた時も、めんどくさいを理由に復讐で出向くことを辞めた(*19話参照)。
 ただ……赦すかどうかってなると話は変わる。
 半年前にドラグニアでこいつらと再会したあの日…あの時の俺の中に、ずっと前に消えたはずの憎悪が再燃していたんだ。
 学校で受けた嫌がらせや排斥行為とこの世界で受けた虐めと生贄扱いの出来事がフラッシュバックされて、どうしようもない憤怒と憎しみ、そして殺意があの時の俺の中に発生していたんだ。クィンとミーシャがあの場にいて俺を諫めてなかったら俺がこいつら全員を殺していたかもしれなかった。
 そうだ、本当はこうしたかったんだ!あの時こいつらと再会した時、こいつらがふざけた言動と態度をとったからある程度痛めつけてやったけど、本当はあんな程度で済ませたくなかったんだ。
 手足をぶった切ってやりたかった、腹に風穴を空けてやりたかった、全身の骨や内臓を壊してやりたかった、人としての尊厳を完全に踏みにじってやりたかった、首を刎ねてこいつら全員の命を終わらせてやりたかった……!!
 俺が受けた痛み、屈辱、苦しみ、恐怖を何倍にも返してやりたかったんだ。
 ドラグニアで行った報復はあんなものでは足りなかった。本当は満足できてなかったんだ。
 今になってようやく気付いた、気付くことができた。同時に胸のつかえが、喉に刺さったままの小骨がとれた気分にもなれた。

 「そうだ、そうだよ。テメーらのこと赦せていない。死んだのはテメーら自身のせいだって言ってんのに俺のせいにしやがって。勝手に俺を憎みやがって。死んで少しは反省したかと思ったらちっとも変ってねー。死んでなおも、テメーらは自分勝手にも程がある……」

 ギロリと睨みつけると全員顔を青くさせて硬直する。蛇に睨まれた蛙とはこのことか。

 「俺はテメーらのことが赦せねー。さっきの言動といい下らない責任転嫁といい、テメーらはまだ最低のクズどもだってことだ!!」


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