世界最強のゾンビになって生き返ったが、とりあえず元の世界に帰る旅に出る

カイガ

126話「国王からの命令」



 喧噪が俺の耳に叩き込んでくる非難の野次に、鬱陶しそうに顔をしかめる。

 (ムカつくが……これが国…現実ってやつか)

 無言で立ち尽くす俺を、隣にいるミーシャが心配そうに見てくる。
 
 「大丈夫ですか、コウガさん?」
 「どうってことない。耳障りだけど」

 飛び交う野次を、国王が一喝して静かにさせる。威厳がたっぷりある。大勢の人をしっかりまとめるのも上手いな。

 「さて…気分を害したなら申し訳ない。皆もこの国を想う故の反応であると、ここは分かってもらいたい」
 「まああいつらが怒るのはもっともだと思う、うぜーけど。それにしても、さっきあんたの面前で乱暴はたらいた俺が言うのもなんだけど……国王様の面前で勝手に口々に野次を飛ばすとか、この国の位の高い人間も、たかが知れてるよなぁ」

 と、あいつらに聞こえる音量でそう言ってやる。するとまたも俺に対する非難が飛んでくる。ミーシャは驚いた顔をし、クィンはやや慌てていて、藤原は悩まし気に手を顔に当てている。

 「君がそう言いたくなる気持ちは分からないでもないが、私の優秀な部下たちをあまり悪く言わないでもらえるか」
 「で、あんたとしてもやっぱり駄目なのか?この要求。あいつらの意思を無視した場合でも」

 少し間が空いてから国王は静かに答える。

 「私もやはり彼らと同じ意見だな。君が元の世界へどうしても帰りたいという意思は改めて分かったつもりだ。君の目を見ればな」
 「……………」
 「しかし、だからといって個人の目的を果たす為だけに国の全てを教えるというのはリスクが大き過ぎる。私もそう思っている。故にミーシャ殿には機密情報を開示はしていない」
 「そうかよ」

 ミーシャに目を向ける。聞きたいことはただ一つ。

 「国王はお前に人材(魔術師たち)を用意してくれるみたいだけど、そいつらの協力ありで異世界転移の魔術は半年くらいで完成できそうなのか?」
 「………今の状況では、何とも言えないです。お付きの魔術師の方々でも頓挫しかかっている状況、です…」

 申し訳なさそうに答えるミーシャから国王へ目を移す。

 「だそうだ。彼女らの現状を打破させるにはやっぱり少しでも新しい何かが必要だ。その一つとしてこの国の機密でも何でもが欲しいんだけど…ダメって言うもんなぁ」

 そこまで言ってから俺はこの国に入ってからずっと自身にかけ続けていた「認識阻害」をあえて解いてやった。
 目の前にいる国王はもちろん、この場にいる全ての人間には本来の俺の姿が映るようになる。背丈と髪と服装は変わらずだが、肌は褐色に染まり、体の至る所に赤紫色の線が走っていて、無駄な脂肪が一切ない細マッチョ体型へと戻ったのだ。

 「その、姿は……!」
 「これが俺の本来の姿だ。色々あり過ぎたせいで、ほぼ人外の姿になっちゃったけどな」
 
 そう言って少し笑ってみせるが、この場にいるほとんどの者は引いた反応をしていた。後ろから中西が「化け物…」とか言ってくるし、米田も怯えた声を上げてるしな。

 「今のコウガの方が似合ってる」
 「改めて近くで見ると、迫力がありますね」
 「うーん。まだ慣れないかなぁ」

 一方アレンとクインの反応は悪いものではなかったが、藤原は小声でマイナス評価をする。さらには隣からミーシャがどこか恍惚とした視線を向けてくる。頬もなんだか赤いのだが?

 「おい」
 「っ!ごめんなさい、見惚れてました…」

 慌てて顔を国王の方へ戻して姿勢を正すのを見て、俺も国王を見る。

 「大事な話をしてるものだから、あんたには俺の本当の姿をちゃんと見せないと、と思ってな」
 「……まあ驚かされはしたが、同時にこうも思わされた。
 ――その姿をとることで私たちに威圧をかけているのでは、と」
 「………」
 「カイダコウガ。私は国の機密情報の開示を承諾しない方針でいるが、その場合君は武力で私たちを従えようとするつもりか?」

 厳しい顔でそう問いただす国王。同時に部屋の空気がピリつき始める。控えている兵士たちが構えをとっている。クィンも俺を見て冷や汗を流している。

 「か、甲斐田君!それは絶対にダメなことだよ!力づくなんて…!」

 藤原が隣に来て必死にそう説得しにくる。何か勘違いしているみたいだが、俺にそんな気はねーっての。

 「力づくで?それこそ、この世界の敵…魔人族どもと同じになってしまうだろーが。そんな輩みたいな手段はとらないっての。こちらから仕掛けることはしないって言ってるだろ。
 けどまあ、俺としてはこの国がお姫さんに全面的に協力してほしいと思ってるんだけどな」

 しばらく沈黙が続く。これは駄目かなと思い、話を終わらせてアレンを連れてここから出ようと考えたその時、国王が口を開く。

 「以前クィンに聞いたのだが、君は冒険者赤鬼改め、鬼族のアレンだったかな、その少女と共に鬼族の生き残りを捜す旅に出ているようだな」
 「そうだけど?」
 「この後、君たちはどこへ行くつもりだ?」
 「獣人族の国だ。この大陸にあるんだよな?」

 そう答えると国王の顔色が少し変わる。

 「獣人族の国に、行くと言ったのか?」
 「そうだよ」

 便乗するように答えてやると国王はまた難しい顔になる。

 「獣人族がどうかしたのか?」
 「………うむ、君には知らせておこうか。
 獣人族の国……“カイドウ王国”には最近おかしな動きがある疑いがある」

 獣人族の国は「カイドウ王国」と呼ぶのか。

 「おかしな動き、とは?」
 「獣人族は元は国ではなく里として存在していた。里が国へと発展したのは最近…半年前といったところだ」
 
 アレンが小さく声を出す。彼女も知らなかった事情だったな。獣人族の国があるということは。

 「しかし王国が成り立った時期から、獣人族は鎖国体制をとるようになった。以前に我が国の兵士団が獣人族の国境に入りかけたことがあったのだが、獣人族たちは彼らを過剰に追い返す措置をとった」

 日本でもかつては鎖国政策をとったことがあったし、その徹底ぶりは今の国王が話したことと変わらないものだった。モリソン号事件とかが良い例だ。

 「王国が成り立ってからの獣人族は過剰に他の魔族や人族を寄せ付けない体《てい》をとっている。それはいったい何故なのかを知るべく、兵士の何人かに偵察任務を頼んでみたところ、その兵士から妙な報告を聞いた」
 「どんな?」
 「それは……黒い瘴気を纏った獣人族の戦士を目撃したとのことだ」
 「黒い、瘴気…!?」

 アレンが驚愕して少し動揺する。そういえばアレンの家族を殺し里を滅ぼした魔人族には、体に瘴気を纏っていたと彼女から聞いたな。

 「あいつ、なの…?」

 小声で何かを言うアレンの背をさすりながら国王に質問する。

 「その獣人を捕らえるとかはできなかったのか?」
 「数度、カイドウ王国への潜入調査を命じたことがあったのだが、結果は全て失敗に終わった。国境に入り王国の門に近づいたところで、獣人族の戦士たちに撃退されたそうだ。兵士団団長コザ」
 
 国王に呼ばれた兵士…コザが俺の隣に立ち一礼する。エーレ討伐の時にもいた男だ。

 「最後の偵察任務ではこの私も偵察に出たことがありましたが、王国への潜入すら失敗に終わるという失態。任務の際に獣人族の戦士たちと一戦交えたのですが……」

 コザが渋った様子で続きを話す。

 「奴らは、まだ里だった頃のそれとはまるで別人でした。何か……禍々しさを感じるものがありました。獣人以外全てが敵だと言わんばかりの、過激な排他的な行動でした」
 「禍々しい……黒い瘴気とかも見えたのか?」
 「あ、ああ。私の目にもそれは映って見えた。人外の化け物。まるで………」

 そこまで言うと口をつぐみ、国王に一礼してから下がっていった。
 
 (獣人族。鬼族を捕らえているかもしれないという情報だけだったが、他にも何かがありそうだな。興味が出てきた)

 「私も、ここにいる皆も、獣人族を脅威に思い始めている。私はこうも考えている。あの国をこのまま放っておくと、何か良くないことが起こるのでは、と。5年前のモンストールによる大侵略の時と同じ災厄が起こるやもしれんと予感している」
 
 それはそれは大層な予感だ。それ程までに獣人族に脅威を感じているならこの俺が直々に行って―――

 「そこでだ!君に…冒険者オウガとして正式な依頼を出したい!
 獣人族カイドウ王国への潜入調査をここに命じる!!」

 ―――おっと?まさか向こうからそう言ってくるとは。しかしそれにしても…

 「命じる、ね。俺はあんたの国の人間ではないんだけどな」
 「しかし冒険者ではある。サントの冒険者ギルドに登録をしている以上は、冒険者にも王国からの任務を課すことが出来る。君も例外ではない」
 「………まあ命令云々はさておき、俺とアレンも丁度獣人族に用があってこれから国に入ろうと考えてたから、まあここはあんたの命令に乗ってやらないこともないか………けど」

 鋭い視線を国王に飛ばす。

 「依頼任務を出すんだ。相応の報酬はきっちり頂くぜ?あんたは俺たちに何をくれるんだ?」

 藤原が小声で言葉遣いに気をつけなさい!と注意する中、国王はこんなことを言い出す。

 「ミーシャ殿への機密情報の開示を許可しよう」
 
 国王の一言に、部屋中がこれ以上ないくらいにざわついた。

 「面白い。引き受けよう!」
 
 こうして俺とアレンは冒険者として、国王直々の依頼任務を受けたのだった。


                  *

 謁見が終わり、用意された部屋で今日は一日を終えることとなる。俺とアレンだけだとまだ広く感じるような広い部屋で旅の疲れを癒す。

 「明日からいよいよ獣人族の国へ乗り込む。国王から聞いた話だと昔の頃とはまた違うらしい。昔のことは知らないから何とも言えないけど、まあ油断は許されないということだろうな。危険地帯の時と同じ気持ちで行くべきだろう。今のうちにしっかり休んで、みんな万全の状態で行こう」

 鬼たち全員を集めて簡単にまとめ話をして最後にそう締める。アレンもセンたちもやる気十分に応じてくれた。特にアレンからは強い意志を感じられた。やる気とか張り切りとかがいきすぎて空振りしないよう俺がしっかり見ておくか。
 明日についての話し合いを終えて解散し、部屋には俺とアレンだけとなる。やることも特に無く、消灯しようとしたところで、ドアを叩く音がする。
 ドアを開けると、意外な人物が訪ねてきた。

 「甲斐田君。今、話出来るかな……ううん、話をさせてほしいです!」

 高園縁佳は何やら決意した様子で俺にそう言ってきた。

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