世界最強のゾンビになって生き返ったが、とりあえず元の世界に帰る旅に出る

カイガ

75話「オーバードーズ/連繋」



 「彼ら」が戦い始めてから僅か一分程経ったところで、その地は人族の大国があったことなど信じられないであろう状態となっていた。
 たった二人の争いで、王宮が消滅して、街が滅び、国という存在が跡形もなく消えてしまった……なんてことが、この場の外にいる人たちには信じられない話だろう。
 だが、実際起こっているアレを目にすれば、納得せざるを得ない。それだけ「彼ら」が繰り広げている戦いは、大国すらも滅ぼし得る余波を放っていた―――




 互いの拳と蹴りがぶつかるごとに、空間に皹《ひび》が入ったような音がする。
 今俺たちは、音速を超えた速度の物理攻撃をぶつけ合っている。「俺ら」のレベルに達していなければ、その姿を視認することすらできない程だ。
 俺たちが争った跡は、地図を描きなおさなければならないくらいに地形が滅茶苦茶になっていて荒れきっている。
 まるで世界が滅亡したかのような地だ。大国付近をこんなにしたのが、たった二人の争いによるものとは、何も事情を知らない奴らにとっては信じられないだろうな。
 戦闘を再開してからというもの、ザイートの肉を二度喰って「過剰略奪《オーバードーズ》」で強化してようやく、互角にやり合えている状況だ。それほどまでに俺と奴との差は大きなものだった。
 「過剰略奪」のお陰で何とか戦えている。力が増したお陰で冷静さを取り戻し、心に余裕もできた。

 「――ははははははぁ!!!」

 ザイートは笑っている。久々に全力に近い力を存分に振るうことに対する喜びからなのかはどうか知らないが、そんな感じがする。いや、たぶんそうだろう。なぜなら、

 「はあああああああああ!!」

 俺も、この状況を楽しんでいるからだ。ゾンビになってからは、ほぼ一撃で相手を殺してしまう。エルザレスとの戦いも、持てるもの全てを出し切ることはしなかったから不完全燃焼だった。
 だが今回は…思う存分に全力で戦っても倒れない相手がいる。本気になれる自分に喜びを感じている。ザイートもたぶん俺と同じことを思っているから、笑っているのだろう。とにかくここにきて初めてゾンビの俺が持てる全てを出せるときがきたのだ。

 初戦では焦って魔法の乱発だけになってしまったが、俺が本気で戦う時は、本来の戦闘スタイルは完全なる肉弾戦だ。
 脳のリミッター解除による人間の域を凌駕した身体能力、どんな生物をも上回るパワー・スピードを十二分に発揮すること。限界と制限が完全に無くなった奴が本気を発揮できるのは、結局は《《コレ》》に限る。

 というわけで、ここからまた鍛錬で洗練した武術・格闘技でいくぜ!
 ザイートから少し距離をとって、突進態勢に入る。もちろんただの突進ではない。前傾姿勢のまま自分の腕を身体にあてている俺をザイートは訝し気に眺める。
 腕を自分の腰と背に巻き付けてその態勢のまま身体を大きくねじる。布や雑巾を限界まで絞るように。その姿勢のまま、力を溜める。数秒で最大限に力を溜めて、限界を超えた捻りを解き、溜めていた力を全て解き放ち、標的目がけて回転しながら突進。
 脳のリミッターは…1500%解除。光速の約5分の1の速度のジャイロ回転突進の完成だ。そして油断しているザイートの腹に頭から突撃する。
 ドキュゥウンと、耳が劈くような音が辺りに響き、ザイートは地と平行に吹っ飛ばされる。普通の生物やモンストールなら、木端微塵になるか大穴が空いて絶命する程だったろうが、奴に与えたダメージはせいぜいアメフト選手の全力タックルをモロにくらった程度のものだろう。
 なので、すぐさま追撃に出る。飛ばした方向へ走り続けると、その先には案の定、何とも無さげな様子で立っているザイートがいた。
 俺は奴を視認するやいなや、すぐに次の攻撃に移る。突進系がダメなら、いつも通り拳打や蹴りでいく。
 「瞬神速」で即座にザイートに接近して、音速の左足刀蹴りを放つ。その際に、アレンのマネで、足に雷を纏ってみた。当たった瞬間、雷鳴かと聞き違えるような音が響いた。
 が、その蹴りは片手で容易く受け止められていた。そして今度はザイートの攻撃に移る。「武装硬化」した左手を貫手状にして俺の心臓を刺し貫こうとする。 
 もちろんこのままやられるわけない。今まで見えなかった奴の攻撃の動きが、今ならしっかり捉えられるようになっている。だから、最近会得した“カウンター技”を放つことも可能だ!
 今相手が繰り出しているのは刺し技。今の状態だと刺し貫かれるので、狙われている部分に「硬化」を集中させておく。
 そして奴の突きが胸に当たった直後、全身の筋肉と骨をフル稼働させる。攻撃された胸部分を起点に、腹と背→腰→右脚→右足の順に衝撃をずらして、最後の右足を使い、カウンター蹴りを奴の腹に叩き込む!
 奴自身の突きの威力と俺の蹴りを合わせた倍返し技をくらい、さしものザイートも苦悶に顔を歪めた。それも当然だろう。奴の腹から血が出ている。俺の蹴りが効いた証拠だ。

 「今のは……!?」

 俺のカウンター技をくらったザイートは、驚きの反応を見せる。

 「何、俺流の武術を繰り出しただけだ。今度はこっちから行くぜ!」

 距離をとるザイートを追って、攻めに転じる。追ってくる俺に対し、ザイートが突然前に出て、俺の首を落としたあの鉤爪状に立てた手を構えて俺を迎え撃つように突撃しに来た。

 『破砕爪《クラッシュガロン》』

 くらえばまた首が落とされる。他の部位に当たってもその部位が消し飛ぶ威力のクロー技だ。さらに奴は今突進しながらあの技を放とうとしている。威力はさっきの倍以上だ。
 それに対する俺は迎え撃つわけでもなく、魔力攻撃を放つわけでもなく、障壁を張ることもしない。カウンター技を使う。今度は突撃に対する型でだ。

 向かってくるザイートを見据えて、まずは特別に硬質化した両手を開いて、奴のクローがぶつかるタイミングを読んで前に突き出す。
 クローがぶつかった瞬間、全身を旋回させ、手首→肘→肩→背と腹→腰→脚と順にクローの衝撃を送っていく、音速で。そして最後にさっきと同じ、奴の攻撃も乗せた左の爆蹴りを顔面にぶちかます!
 2回目のカウンター蹴りが決まってまた吹っ飛ばされるザイートを見て、俺は快哉を上げる。受け止めた部位だけでカウンター技を放つのではなく、受け止めた部分を起点にして、手から足へ、足から手へと全身を使って相手の攻撃を流してパスして加速もさせて、倍返し以上の威力にして返す。
 相手が強いほどこの威力は強くなる。途中失敗すれば体がバラバラに吹き飛ぶがな。

 『連繋稼働《リレーアクセル》』成功だ!この世界で俺だけにしかが使えないオリジナル技を、「過剰略奪」で得た「身体武装硬化」で前よりさらに強化されている。
 能力値の差は技で補えばどうにかなる。現実でも日本の陸上選手たちがリレーのバトンパス技術を進化させたことで世界でメダルを獲ったように、リレー技「連繋稼働」を駆使して奴に食らいついて…いや、越えてやる!

 「俺の攻撃を利用して反撃をくらわす技か。それも凄く高度なカウンター技を、だ。クク、さっきと本当に別人のように強くなったな」

 二度もカウンター技をモロにくらったのにも関わらず、ザイートは楽し気な笑みを浮かべて戻ってきた。

 「素手攻撃がダメなら、魔力攻撃でいこうか。あまり得意ではないが」
 
 俺から距離をとったザイートは両手に異なる属性を出現させ、すぐに魔法攻撃を放ってくる。

 『氷の砂塵《アイス・ダスト》』
 『邪悪な波風《ダークブラスト》』

 右手から無数の氷の礫が、左手から暗黒属性の嵐魔法が放たれてくる。物理がダメなら特殊攻げ……ここでは魔法か。奴が放った魔法はどちらも超濃密な魔力が込められている。
 ここでまたもぶっつけ本番だが、強化された「あれ」を使ってみるか。

 “魔力防障壁”

 念じた直後、シールド状の障壁が俺を囲むように出現する。しかもこの障壁、外からは何も見えないが中からはくっきり見えるマジックミラー仕様になっているようだ。これなら相手にこちらの次の動きが読まれない。もちろん、障壁の耐久性も大幅に強化されている。
 が、やはり奴レベルの魔法攻撃を防ぎきるのは不可能だったみたいで、ヒビが入って数秒後には破壊されるだろう。だがその数秒があれば十分だ。即座に魔法攻撃を撃つ態勢に入る。

 “超電光射撃《レールガン》”
  
 手を片手銃の形にして、超濃縮・縮小した雷電属性の魔力の弾丸を指先から放つ。障壁はまだ張られたままだが、この障壁の特性にはまだ便利機能がある。術者が放つ攻撃は全てすり抜けるという特性が新たに付与されていた。
 これにより、相手の意表を完全に付ける。さらに今放った弾丸は、砂の一粒程度のサイズで、これが落雷と同じ速度で移動するため視認するのは非常に困難もしくは不可能。そして当たれば雷ダメージと破裂と貫通などなどたくさんダメージを与えられる。
 これでザイートの脳天を貫き、頭部破壊を狙う。奴の魔法を躱す一方、音をも置いていく速度で一直線にザイートに向かっていく弾丸は、しかし奴の頭部を貫くことはなかった。
 「武装硬化」した蹴りで弾丸を容易く明後日の方向へ蹴り飛ばして何事もなかったかのように立っている。

 「マジかー。意表突いたと思ったのになぁ」
 「その程度の障壁なら俺も使える。こちらから見えないことを利用してこっちの意表を突く何かを仕掛けることは簡単に読めるさ。今の弾丸を頭にくらってれば確かにヤバかったがな」

 ほくそ笑んでそう応えるザイートはまだ余裕そうだ。俺はゾンビだから体力も魔力も減ったり尽きることはない。このまま持久戦に持ち込めば俺が勝つだろう。
 が、それは今のあいつだったらの話。あいつにはまだ「限定進化」という切り札がある。アレンやエルザレスとでその効果を見たが、能力値の上昇が半端ない。あれを発動されたら俺はまた無力化されて負けるだろう。やはり、奴の肉を喰らってさらに「過剰略奪」で強化するしか、攻略のしようがないよな……。
 さて、どうやって崩してやろうか……?


「世界最強のゾンビになって生き返ったが、とりあえず元の世界に帰る旅に出る」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く