トップウォーター

銀足車道

丸助の勇姿

 やかましい蝉の声に起こされた。今日から七月が始まる。俺は丸助をバッグから取り出してルアーケースに入れた。ベースボールキャップを被って、バッグを肩にかけた。久しぶりの釣りだ。
 一碧湖に着くなり俺は、砂浜のある一帯を目指して歩いた。浜では三匹の鴨が体を休めているところであった。驚かさないように距離を置いて通り抜けていく。
 茶色のベンチに座ってロッドに糸を通しルアーに結ぶ。ルアーは丸助だ。丸助を障害物に引っ掛けて無くしたくない一心で俺はポイントを浜に選んだのだ。
 丸助に糸を結び終えて頭を上げると、歩道に女性の姿。並んで歩いている男性はきっと恋人だろう。女性が笑顔で近づいてくる。そして俺に向かって手を振る。目を細めて女性を見る。ゆかりちゃんだ。
「修人さーん。久しぶりです」
「おー、懐かしいな。」
「あたし、結婚したんですよ」
 ゆかりちゃんが爽やかに笑った。ゆかりちゃんの夫が軽く会釈をした。ゆかりちゃんのお腹は大きく膨らんでいた。
「それじゃあ。修人さん、また」
 そう言って去っていく後ろ姿は幸せに満ちていた。
 俺は丸助を思い切り遠くへ投げる。夏の日に照らされた丸助。その影が湖面を走る。着水。ロッドを動かしアクションをつける。丸助の身体が左右に動き水面を散歩する。何かを探しながら歩く犬のように。丸助を止める。ブラックバスを待つ。また動かす。丸助は口笛を吹きながら散歩をしているようであった。愉快で軽快。そして爽快。水しぶきが上がった。ブラックバスだ。
 ロッドがしなるが、糸は放出されない。サイズはあまり大きくないようだ。それでも俺は慎重に糸を巻く。ロッドを魚の泳ぐ方向に合わせて動かし、釣り上げたのは二十センチくらいの小さなブラックバスだった。丸助は鋭い目つきで俺を見る。丸助の勇姿。目に焼き付けたよ。
 七月に釣ったのはこれが初めてだ。去年の七月のスランプが懐かしい。ずっと通って釣れなかったのに、今日は丸助であっさり連れてしまった。俺はブラックバスをリリースした。そして丸助に着いた汚れを洗い流して、糸を切りルアーケースに戻すと車に戻った。
 財布からコインを取り出すと二枚重ねる。指でこするようにして音を出す。愛おしい音。さらに鼻歌をその音に乗せる。
 自動販売機で冷たい紅茶を買って一気飲みをする。口から零れる水滴。大きく深呼吸をしてまた車に戻って夏の一碧湖を後にした。

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