トップウォーター

銀足車道

拝啓、アカネさん

 竹下饅頭で、饅頭バラエティセットを買った。アカネさんと食べよう。商店街を抜けてストロベリーフィールズの近くまで行くと人通りが多くなった。中継車が止まっている。
「どうやら、保釈された白石アカネさんは、地元である伊東のこのマンションに戻ったようです」
 テレビカメラに向かって深刻な表情でレポーターが話した。
 報道陣がざわついた。黒い人の塊が揺れた。
「あれ、作家の寺尾修人じゃない?」
「そうだそうだ」
「また熱愛発覚か」
 その声を身体で切り裂く。俺は報道陣の人混みを強引に通り抜けようとする。
 カメラのレンズが俺を向く。レポーターが喋る。
「白石アカネさんとはどのようなご関係で?」
「今回の件についてどう思われますか?」
 クエスチョンは空中に浮いた。俺は無視をして自動ドアの前に立つ。が、開かない。警備員に話し掛ける。
「アカネさんの友達なんだけれど会わせて頂けませんか?」
「それは出来ません」
「アカネさんに取り次いで頂けませんか?」
「対応しかねます」
「わかりました。じゃあこれアカネさんに渡しといて下さい。寺尾修人と言います」
 俺は竹下饅頭のバラエティセットを警備員に渡した。そして来た道を戻っていく。報道陣に囲まれながら。餌に群がる魚のようだ。そして砕け散るプライバシー。俺が走ると報道陣が走る。俺が止まると報道陣は止まる。数々のクエスチョンは、連続して空中に浮いて行くのだった。
 伊豆稲取の家に帰宅。夜空に三日月が浮かんでいる。虫の音が響く。向かいの実家から甲高い声を出しながらボリーが顔を出して迎える。
「ただいま。ちょっとボリーに挨拶」
「おお。修人か。東京の生活はどうだ?」
「まあ。順調だよ」
 父親にそう答えると、ボリーが飛び上がって俺に抱き着く。高速で尻尾を振っている。
「ご飯は食べたの?」
「いや」
「食べていきな」
 母親に促されて俺は茶の間に座る。テレビは、伊東のストロベリーフィールズを映していて、先程の俺の様子も放送されていた。
「いいね。鯖か」
 テーブルには焼かれた大きな鯖。箸でつつかれて穴ぼこだらけ。俺も箸を持って鯖の身体に穴を開ける。
「白石アカネと友達なのか?」
「まあね」
 父親の質問にそう答えると、また鯖の身体をつつくのであった。
 夕食を済ますと、俺の家に戻る。俺はすぐさま便箋を取り出して手紙を書いた。

 拝啓、アカネさん

 虫の音響く夜。きっと三日月のため息は夏の風。今日、ストロベリーフィールズを訪ねました。警備員に追い返されましたけど。
 事件のことはマスターからの電話で知りました。突然のことで困惑しました。一番、困惑しているのはアカネさんだろうと思います。
 今は、アカネさんにとって一番つらい時期かもしれません。一番です。きっと、これを乗り越えればなだらかな道が続くでしょう。
 力になります。些細なことでも。一緒にこの苦難を乗り越えましょう。そしてなだらかな道をゆっくりと歩んでいきましょう。
 返信待っています。

 敬具

 俺はそれを優しくポストに投函した。手紙はストンと小さな音を立てた。

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