トップウォーター

銀足車道

プラネタリウム

「太陽の音」聴きたかったな。俺は後悔に苛まれながら夜の八王子を歩く。風俗店がピンク色の光を発している。俺の孤独を嘲笑う。俺は食堂北山に戻った。そこで焼酎の水割りを飲みながらナイター中継を見つめた。横浜ダイナマイトの金川選手の打ったボールは、満員のスタンドに吸い込まれて勝負を決した。
シメに醤油ラーメンを頼んだ。ちぢれた麺はスープと絡み合って踊る。ナルトがスープに浮かんでぼんやりとしている。俺はそれを平らげると八王子の夜に消えていく。
 駅前を千鳥足で歩いていると、クラクションが鳴ったのでその車を見た。車は道路の脇に一時停止した。助手席の窓が開いた。
「おーい。へなちょこボクサー、修人君」
 アカネさんだった。俺は頭を掻いた。
「乗っていきなよ。家まで送るよ」
「いいの?ありがとう。悪いね」
 俺は車に乗り込んだ。
「お願いします。そちらの方は?まさか勅使川原じゃないよね」
「マネージャーの石橋と申します。どこにお住まいですか?」
「三鷹です。三鷹駅までお願いします」
「かしこまりました」
「あっ、三鷹行く前にあそこ寄ってよ。あたしの大好きな場所」
「聖蹟桜ヶ丘ですね」
 八王子の景色が車窓から流れて行く。俺達は無言でそれを眺める。アカネさんは怒っているのだろうか。彼氏を殴ろうとし、コンサートを放棄した俺を。シートに置いた俺の左手を、アカネさんの右手が握った。アカネさんの方を見た。アカネさんは黙って車窓を眺めていた。
 聖蹟桜ヶ丘に着いた。マネージャーの石橋は車を駅前に停車させた。
「石橋さん、ちょっと二人にさせて貰っていい?」
「大丈夫ですよ」
「こっちこっち」
 アカネさんは俺の腕を引っ張って駆けて行く。息を切らしながら。芝生の坂を登って広がる大きな川。大きな川には赤色、緑色、黄色、オレンジ色。色とりどりの街の灯りが水面に映って揺らめいていた。
「いいね。こういう風景、東京にもあるんだ。水面のプラネタリウムだ」
「ここは多摩川。ここ聖蹟桜ヶ丘で見る夜景が好きなの。空にだって星はあるわ」
 夜空に星がちらほら輝いていた。
「東京でも星が見えるんだね」
「そう。少ないけどね」
 俺達は河川敷の芝生の上に二人で体育座りをした。京王線が夜を裂いて走っていく。大きな音が鳴り響く。
「アカネさん、怒ってる?」
「別に怒ってないよ」
 体育座りの二人がくっつく。アカネさんの頭が俺の肩に寄り掛かった。
「アカネさん、勅使川原は、やべえ奴だよ」
「うん」
 俺は立ち上がると、小石を拾い水面に投げた。小石は小さな音を立てて水中へ沈んだ。
「ああー。釣りしてえなあ。アカネさん、この川にブラックバスいるかな?」
「いないと思うよ」
 アカネさんはそう言って笑うと、小石を拾って水面へ投げると俺の真似をした。
「ああー、釣りしてえなあ。修人君、今度下北沢行ってみない?」
「いいね。でもスキャンダルになっちゃうよ」
「そうかなあ。別に浮気する訳でもないし、いいんじゃない?」
「でも見ている人はわかんないよ。『友達です』って書いた札でも貼ろうかな」
「それで決まり。行こう下北沢へ」
 春の風がアカネさんのスカートと遊ぶ。じゃれるように。

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