トップウォーター
酔いどれ
式典会場に着いた。
「寺尾修人です。よろしくお願いします」
「最優秀賞を受賞した寺尾さんですね。こちらへどうぞ」
受付嬢は一瞬、煙たい顔をしたが、すぐに笑顔を作ってそう言った。受付嬢について歩いて行く。良い尻をしていて勃起しそうになったので、俺は目を逸らした。
「こちらでお待ちになってください」
控室に通された。お茶が置かれていたので急須に淹れ、熱々のお茶をすする。これである程度酔いが醒めるだろう。しかし、醒めるどころか、また酒が飲みたくなってしまった。
「あのー、この辺にコンビニってありますか?」
「出て左にありますよ。急いでくださいね。もうすぐ式典が始まります」
俺はコンビニで、小さな瓶に入った焼酎とペットボトルのお茶を買って、会場に戻った。控室で一杯やっていると、険しい顔をした男性が入ってきた。
「寺尾君か?駄目だよ酒なんて飲んじゃ。しっかりしろよ。式典なんだからさ」
目を細めて顔をよく見ると、選考委員で作家の鳥林啓介だということがわかった。いわば、俺を選んでくれた恩人である。
「すみません。酒を少し飲んだら進んじゃって。止まらなくなっちゃって」
「水を飲め。水を。もうすぐ式典が始まる」
そう言って鳥林先生は水を置いて去って行った。俺は申し訳なさでいっぱいになった。水を飲んだ。冷たい水が口の中にまとわりついた酒をさらっていった。
式典が始まった。静岡県文化事業部長のあいさつ、選考委員のあいさつ、次に選評を述べられた。「伊豆の自然を堪能できる上に、その独特の文体と世界観は高い文学性を持つ。作者の心理描写も見事だった」などという賛辞を頂いた。
「それでは、受賞者の寺尾修人さん、一言お願いします」
いよいよ。俺の出番だ。まさか酒の匂いが会場に伝わるはずはない。伝えるのは誠意のみだ。俺の作家人生がここから始まる。
「えーっ。本日はお集まり頂きありがとうございます。この度、このような賞を頂き誠に光栄です。ひっく」
終わった。しゃっくりが出てしまった。会場がざわついた。俺の頭は真っ白になった。考えてきたスピーチが飛んだ。
「ひっく。それで。えーっと。さっき、受付のお姉さんに連れられて控室に通されたんですが。ひっく」
何を言ってるんだ俺は。鳥林先生は眉間に皺を寄せている。
「それが、まったくなかなかの尻でして」
会場がどっと沸いた。
「いやあ。感動しましたね。セクシー過ぎて。鳥林先生の本を読んで感動したこともあったんですが、それ以上の感動でした」
これはあまりウケなかった。鳥林先生は腕を組んでため息を吐いた。しゃっくりがおさまった。俺は冷静になった。
「しかしまあ。私には好きな人がいるんです。源頼朝は政子と八重姫に恋をしました。北条政子と最終的に結ばれますが、心にはずっと八重姫のことがあったかと想像します。そして八重姫は叶わぬ恋に最終的に身を投げてしまうのですが、私は叶わぬ恋に今、踏みとどまって確かな足取りで歩んでいきたいと思っております。ロマンス(恋物語)を書きたいと思っております。八重姫のような悲劇ではなくて、全てが幸福に報われるようなロマンスを」
会場から拍手が沸き上がった。そうこれから俺はロマンスを書くのだ。
世界を丸ごと変えてしまうような美しい恋。
控室で焼酎をお茶で割って飲んでいると、鳥林先生がお見えになった。
「スピーチよかったよ。出だしは最悪だったがな。ロマンスを書きたいのか?」
「ええ。今回のような歴史物ではなくてハッピーなロマンスを書きたいんです」
「書き方を教えてやろう」
「本当ですか?うれしいです」
「簡単だ。恋をすることだ。じゃあな」
そう言って鳥林先生は去って行った。
「寺尾修人です。よろしくお願いします」
「最優秀賞を受賞した寺尾さんですね。こちらへどうぞ」
受付嬢は一瞬、煙たい顔をしたが、すぐに笑顔を作ってそう言った。受付嬢について歩いて行く。良い尻をしていて勃起しそうになったので、俺は目を逸らした。
「こちらでお待ちになってください」
控室に通された。お茶が置かれていたので急須に淹れ、熱々のお茶をすする。これである程度酔いが醒めるだろう。しかし、醒めるどころか、また酒が飲みたくなってしまった。
「あのー、この辺にコンビニってありますか?」
「出て左にありますよ。急いでくださいね。もうすぐ式典が始まります」
俺はコンビニで、小さな瓶に入った焼酎とペットボトルのお茶を買って、会場に戻った。控室で一杯やっていると、険しい顔をした男性が入ってきた。
「寺尾君か?駄目だよ酒なんて飲んじゃ。しっかりしろよ。式典なんだからさ」
目を細めて顔をよく見ると、選考委員で作家の鳥林啓介だということがわかった。いわば、俺を選んでくれた恩人である。
「すみません。酒を少し飲んだら進んじゃって。止まらなくなっちゃって」
「水を飲め。水を。もうすぐ式典が始まる」
そう言って鳥林先生は水を置いて去って行った。俺は申し訳なさでいっぱいになった。水を飲んだ。冷たい水が口の中にまとわりついた酒をさらっていった。
式典が始まった。静岡県文化事業部長のあいさつ、選考委員のあいさつ、次に選評を述べられた。「伊豆の自然を堪能できる上に、その独特の文体と世界観は高い文学性を持つ。作者の心理描写も見事だった」などという賛辞を頂いた。
「それでは、受賞者の寺尾修人さん、一言お願いします」
いよいよ。俺の出番だ。まさか酒の匂いが会場に伝わるはずはない。伝えるのは誠意のみだ。俺の作家人生がここから始まる。
「えーっ。本日はお集まり頂きありがとうございます。この度、このような賞を頂き誠に光栄です。ひっく」
終わった。しゃっくりが出てしまった。会場がざわついた。俺の頭は真っ白になった。考えてきたスピーチが飛んだ。
「ひっく。それで。えーっと。さっき、受付のお姉さんに連れられて控室に通されたんですが。ひっく」
何を言ってるんだ俺は。鳥林先生は眉間に皺を寄せている。
「それが、まったくなかなかの尻でして」
会場がどっと沸いた。
「いやあ。感動しましたね。セクシー過ぎて。鳥林先生の本を読んで感動したこともあったんですが、それ以上の感動でした」
これはあまりウケなかった。鳥林先生は腕を組んでため息を吐いた。しゃっくりがおさまった。俺は冷静になった。
「しかしまあ。私には好きな人がいるんです。源頼朝は政子と八重姫に恋をしました。北条政子と最終的に結ばれますが、心にはずっと八重姫のことがあったかと想像します。そして八重姫は叶わぬ恋に最終的に身を投げてしまうのですが、私は叶わぬ恋に今、踏みとどまって確かな足取りで歩んでいきたいと思っております。ロマンス(恋物語)を書きたいと思っております。八重姫のような悲劇ではなくて、全てが幸福に報われるようなロマンスを」
会場から拍手が沸き上がった。そうこれから俺はロマンスを書くのだ。
世界を丸ごと変えてしまうような美しい恋。
控室で焼酎をお茶で割って飲んでいると、鳥林先生がお見えになった。
「スピーチよかったよ。出だしは最悪だったがな。ロマンスを書きたいのか?」
「ええ。今回のような歴史物ではなくてハッピーなロマンスを書きたいんです」
「書き方を教えてやろう」
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