トップウォーター

銀足車道

クランクベイト

 八月二日の昼、携帯電話が鳴った。
「静岡県文化事業部のものですが、寺尾修人様の電話番号で間違いありませんか?」
「ええ」
「この度、修人様の作品が第五十五回静岡踊り子文学賞最優秀賞に選ばれました。おめでとうございます。表彰式のご案内を郵便にてお送りしましたのでご確認ください」
「は、はい。ありがとうございます。失礼します」
 やった。俺は身体を回転させて、それから飛び上がった。ボリーが不思議そうにこちらを見つめていた。
「やったぞ。ボリー。受賞だ」
 ボリーにハイタッチをしようと試みたが失敗。その代わりにお手をさせた。マスターからメールが来た。
「今朝の新聞を見たよ。修人、よくやった。おめでとう」
 携帯電話はしばらく鳴り響いた。祖母、両親、親戚、友人から祝福のメールが相次いだ。そして、アカネさんからも。
「修人君、おめでとう。大作家になってね」
 俺を覆っていた闇は次第に晴れていき、光に包まれた。俺はアカネさんのCD、「青空からハロー」を流した。音楽に合わせて踊った。身体は軽快に動いた。三分間、俺は喜びを表現し続けた。これから作家としての人生がスタートするのだ。

 俺は伊東市にある音無神社に向かった。源頼朝と恋仲だった八重姫が密会していたという音無の森に建てられた神社だ。八重姫は伊豆の豪族、伊東祐親の娘だ。伊東祐親は源頼朝の監視役だった。流人と豪族の娘のいわば禁断の恋だ。
 俺は音無神社に入った。途端、音がしなくなったらどうしようという不安を覚えた。「オホン」と一つ大きく喉を鳴らす。その音は蝉の声に混じった。
 境内に大きな木。タブの木という。源頼朝と八重姫もきっと、この木に寄り掛かりながら話をしたのであろう。その脇には、小さな祠。ご祭神は源頼朝と八重姫であるという。俺は二礼二拍手一礼をした。それから、静岡踊り子文学賞の受賞を報告した。最後にアカネさんと再会出来ますようにと願った。俺には勅使川原から略奪するという考えは無い。ただ、会いたいという気持ちに正直でいようと決心した。そうだ。止めていた釣りも再開しよう。心が充足してきた。これで俺の釣りが出来る。
 新しい俺の釣りはトップウォーターだけじゃない。俺は釣具屋フラッシュのクランクベイトの棚の前にいる。丸々太ったそのルアーをカゴに入れた。次に細めのミノー。オイカワにそっくりだ。ブラックバスも喜ぶに違いない。
 俺はプレゼントを持っていく気持ちで一碧湖に降り立った。

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