トップウォーター

銀足車道

不調のバサー

 二人の高揚。笑いながらブラックバスを見て話している。俺は背中を向ける。炎天下。喉が渇いてきた。俺の潤いはブラックバス。渇望しているのは水よりもブラックバス。俺は思い切りロッドを振った。これまでの何千投よりも思いを込めて。初めて釣ったあの日のように丁寧に動かす。けれども魚は掛からなかった。
「鳥居の方、行ってみるか?」
「いいですね」
 小さな神社の前の入り江でも結果は変わらなかった。
「龍神様に願ってみたらどうだ?」
 マスターが言うので、俺は二礼二拍手一礼をして神社の前に立つ。ブラックバスが釣れますようにと願うつもりだったが、浮かぶのはアカネさんの笑みだった。
「修人、メシにしようか」
「俺はもう少しやっていきます」
「なんだよ。つれねえな。しょうがねえ。ゆかりちゃん。二人でメシ食いに行こう」
「はい。わかりました。修人さんまた。また会えますよね?」
「うん。会おうよ」
 俺はゆかりちゃんと携帯番号を交換した。
「じゃあな。頑張れよ」
「マスター、俺、何がいけないんですかね?」
「うーん。ルアーの動かし方は悪くない。何かが足りねえんだろうな。それはお前にしかわからないことだよ」
 腹が減った。喉が渇いた。まるで砂漠の中をさまよっているようだ。一面の砂。砂の地平線。汗が滲んでくる。俺は桟橋にポイントを変えてみることにした。
 桟橋にはボートやスワンに乗ろうとする人がちらほらいた。俺は桟橋での釣りを諦めて、その近くの歩道から湖に向かってペンシルベイトを投げた。チョン、チョンと竿先を動かして水面を泳がせる。ルアーは首を振りながら左右に動く。これをドッグウォークという。ボリーのように水面で散歩をさせる。ウキウキとルアーは動く。ショッピングの俺でもある。ハッピーな動き。しかしそれは一碧湖のブラックバスには響かなかった。無視。俺は途方に暮れた。疲れがどっと押し寄せてきた。
 自動販売で冷えた紅茶を買った。ごくごくと急いで飲む。喉の渇きが潤い、身体に染みていく。砂漠の中のオアシスだ。腹が大きく鳴った。集中は完全に途切れて俺は釣りを中止した。今日も釣れなかった。

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