トップウォーター

銀足車道

一人で釣行

 一碧湖はオレンジ色に染まっていた。夕焼けにカラスは哀しく鳴いていた。彼らを悩ませるトンビはいなかったが、一日の終わりを嘆いているようであった。
 俺は桟橋に人がいないのを確認するとポッパーを投げた。ブラックバスカラーのポッパーを動かす。愛も友情もない。愛も友情もないとつぶやきながら。ゆっくり泳がせてみたり、逃げ惑うように動かしてみたり、詩人であり演出家でもある俺の芸術活動。一投、二投、三投。オレンジ色の水面で行われる体感型アート。五投したその時であった。水面に水しぶき。ロッドに掛かる魚の重み。
「食った!」
 俺は思わず声を上げた。前回よりロッドがしなる。重い。俺はリールのドラグを緩めて、糸を放出した。魚の勢いが弱ったところで巻いていく。また、放出する。これを繰り返した。前回は強引に巻き上げたが、今回はまさにゲームフィッシング。魚と戯れている。五分ほどのやり取りの末、俺はブラックバスを引き上げた。地面で過呼吸気味のブラックバス。メジャーを押し当てて驚いた。三十五センチ。大物だ。
 ブラックバス釣りでは六十センチ超えを六マルと呼んで特別扱いする。それに比べれば小さい方でアベレージサイズといえるかもしれない。しかし、この間釣り上げた二十五センチのブラックバスに比べれば魚の引きが全然違った。大物の引きである。
 俺は煙草を大きく吸い込み煙を吐き出した。煙はブラックバスに降りかかった。ブラックバスは苦しそうだ。俺はブラックバスを持ち上げて、丁寧に優しくリリースした。疲れ果てたブラックバスはよろよろと泳いで去っていった。
 夕暮れ時。至ってもまだ俺は釣りを続けた。一匹ではもう満足しなかった。ブラックバスを釣る人のことをバサーというが、俺はこの時を以ってバサーになった。言い方を変えればバス釣りジャンキーだ。
 バサーの俺は次にフロッグをチョイスした。びっくりフロッグ。目標は四十センチだ。更なる大物を釣りたくなった。日が落ちるまでに決着をつけよう。
 ビュン!と様になってきたロッドの振り方で、俺はルアーを投げる。フロッグはカコンという音を立てて桟橋の上に乗った。調子に乗ってしまった。桟橋に引っかかったら最悪だ。俺はゆっくりと糸を巻き細心の注意を払った。ポチャン。フロッグはゆっくりと水面に落ちた。それが返ってよかったのかもしれない。カエルが誤って水に落ちた感じを演出できたのかもしれない。怪我の功名。また水しぶきが上がった。大きな水しぶきだ。ロッドも大きくしなる。
「よっしゃあ!」
 周囲に誰もいないのを良いことに俺はまた叫んだ。凄まじい勢いで糸が出ていく。これは四十センチを超えたかもしれないぞ。ロッドを左右に振ったり、大きく縦に上げたりしながらのファイト。釣りはスポーツだ。運動神経は無いほうだ。特に球技は駄目で、野球なんぞバッドを振ってもかすりもしない。それが今、生き生きと軽快なフットワークで動いている。俺は少し無駄に動いた。弱った魚が引き寄せられる。魚影を見て驚いた。細長い。これはブラックバスではない。じゃあ、なんだ。確認しようとしたところ、魚は最後の抵抗を見せた。糸が放出される。またやり取りが続いた。そして、やっとのことで引き上げた魚は雷魚だった。
「なんだこりゃ、気持ち悪いな」
 その独特のまだら模様に細長い魚体。抵抗感でいっぱいになった。俺は俺にNGサインを出した。触りたくないので、糸を引っ張って水辺まで連れて行き、そこで針を外してリリースをした。
「カエル食うような顔してるもんなあ」
 俺はそうつぶやきロッドをしまった。意気消沈である。外道そのものであった。日は完全に落ちて遠くで三日月が光っていた。その曲線を滑って星が流れ落ちた。

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