トップウォーター

銀足車道

ボリーとの散歩

 晴天の朝、愛犬ボリーに叩き起こされた。屋久島犬とビーグルの雑種。地元の狩人から譲り受けた犬で、彼には猟犬の血が流れている。そのため猛々しい顔つきであるが、猟には出ずに、我が家のぬるい環境で育ったためか臆病な性格である。その瞳は何かを憂いて、何かを渇望する。散歩だな。
 ボリーの赤い首輪にリードを掛ける。俺はサンダルを履いて家を出た。遠く目線の先の山の上部には、大きな鳥の形が象られている。大小、いくつかの種類の植物を使って鳥の形を表現している。鳥の目、身体、嘴、羽。ナスカの地上絵さながら、遠めに見てまさしく鳥だ。
 そこはふれあいの森という公園だ。大きな鳥が、植物で表現されているのを見ると、やはり万物は粒子の塊だなって思う。あの鳥は一体、スズメだろうかツバメだろうか。そして羽を広げた時、鳥は飛び立つのだろうか。そしたら、あのやかましい黒い戦闘機にとどめをさしてくれ。
 坂道を登っていく。五分程登ったところで俺の息は切れた。竹林にボリーが向かい糞をする。こういう時、目線に困る。糞をするところを見られる犬の気持ち。たまらない。青空を見た。雲がすいすい泳いでいる。まるで魚だ。そうだ、俺はブラックバスを釣るための道具を持っていない。釣り道具を揃えなければならない。
 坂を登り切った。後は平らな道を少し歩いて下るだけ。俺とボリーの散歩ルートはそこで終わる。家の前を一周するルートだ。
 道の脇にはタンポポが咲いていて、その種子がボリーの足にくっつく。何も知らぬままボリーはタンポポの勢力拡大に加担するのだ。自然の摂理。
 その時だった。猫を見つけたボリーは下り坂を全速力で駆けた。不意を突かれた俺の身体は引っ張られ加速する。加速して、石ころにつまずいた。前転の格好で身体は空中で一回転した。正確には一回転半。回転した勢いでうつ伏せにコンクリートになだれ込んだのである。
 一瞬、俺ではなくて世界が回転しているのかと思ったくらい咄嗟の出来事だった。
 俺のパフォーマンスは点数にして何点?体操選手だって路上で前転はなかなかしないものだ。
 「残念、三十点だねー」というような瞳でボリーはこちらを見つめて立ち止まっていた。その答えは百点だよ。
 帰宅した俺は、手のひらに付いた血を水で洗い流した。そしてトーストにブルーベリージャムを塗りたくり頬張る。テレビを点けると東京で三十回目の爆破予告。俺はすぐさまチャンネルを変えた。ミエ先生のお料理教室ではサバの味噌煮の作り方を解説、実践している。ブラックバスだったらよかったのに。俺はブラックバス料理のレシピが知りたい。アカネさんと食べるのだ。ワインを飲みながらね。
 アイスコーヒーででバラバラ、グチャグチャになったトーストを流し込む。コーヒーと見事に調和する。これが緑茶だったら喧嘩したかもしれないし、麦茶だったらシカトされたかもしれない。問題なく平和的な朝。
 しかし余韻に浸っている暇はない。俺は歯磨きをして、口の中を清涼感でいっぱいにした。さようなら。コーヒーとトーストの残骸は、少しの唾液と一緒に排水溝へまっしぐら。

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