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山の手のひらの上でワルツ、ときたまサンバ、総じて東京音頭

saiou

19.神田


 神田に星を見に行こう、とアヤさんが誘うので、てっきり新しいプラネタリウムでもできたのかと思ったら、小さな公園のベンチにたどり着いた。もう日暮れ時である。

 やがて夜がじんわりと広がり、私は上着の襟をよせた。
 アヤさんが水筒から蓋に、温かい飲み物を注いでくれた。口に含むと、ほうじ茶の香りがやさしかった。

 空は晴れており、月は細く、思っていたよりも星はよく見えた。
 星がゆっくりと動いていることに最初に気がついた人はすごいと思う。人工衛星も飛行機も見当たらず、コウモリさえ飛ばない夜空に動くものはなく、まるで天井に張り付いた写真を見ているようだった。

「今見えている星の光は、ずいぶん昔のものらしいね」
 どのくらいの時間が過ぎたのか、気がつけば駅に向かって歩く人の姿もなくなっていた。
「そうらしいですね。光にも速さがあるらしいので。いまだに信じられないですけど」
「じゃあ、今の私たちの姿も、ずいぶん後にならないとあの星からは見ることができないわけか」
 そう言うとアヤさんは靴を脱ぎ、ベンチの上に立ち、ヘンテコなポーズを決めた。
「今見られているわけじゃないんだし、未来にはもしかしたら、このポーズが宇宙的スタンダードになっているかもしれないし。ほらほら」
 適当に作り出したポーズの体勢が意外とキツいのか、速く立っていっしょにポーズを決めろと目で訴えてくる。
 遠くに光る星ではなく、近くで明かりを漏らすビルの窓が気になるのだが。アヤさんの目が少し潤んで見えたので、仕方なく私も靴を脱ぎ、ベンチの上に立ち、右手で控えめなピースサインを作った。

 これで私たちは日々を楽しんでいるっていうことを、遠くの誰かに伝えることができたわけだ。
 アヤさんはポーズを維持したまま、静かな公園に満足げな声を落とした。
 私は遠くに光る青白い星に向かって、右手を少しだけ強くつき出した。

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