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山の手のひらの上でワルツ、ときたまサンバ、総じて東京音頭

saiou

15.鴬谷


 金木犀がつぼみをつけ始めるころ、暑気が去るのを惜しむように、祭りが開かれる。
 鴬谷で待ち合わせたカナちゃんは、藍色の浴衣姿に薄紅色の巾着をぶら下げていた。ジーパンにTシャツ姿の私は少し気後れしたが、カナちゃんはこちらに気づくと巾着を振り回しながら駆け寄ってきた。

 カナちゃんと夜店を回り、ヨーヨーを釣り上げ、わたあめを頬張り、お面を買い、かき氷で頭を痛くした。
 
 参道を横道に逸れると、突き当たりにカタヌキの出店があった。カタヌキ(型抜き)とは四角い薄い砂糖菓子に浅い溝で描かれた図形(型)を、割らずに正確に削り取る(抜き取る)遊びである。
「おじさん、型通りに抜けたら何をくれるの?」
 カナちゃんは、簡素なテーブルの奥で一斗缶に腰掛けるオヤジに聞いた。
「それは、型の難易度によるわな」
 オヤジはパイプから吸った煙を大きく吐き出してから答える。
「何が一番難しいの?」
「それはもちろん、クジラさね」

 カナちゃんは浴衣の袖をまくり、慎重かつ大胆に安全ピンを操り、クジラの姿を正確に抜いていく。私の前には、最も簡単と言われたひし形の残骸が散らばっている。ひし形の欠片をかじる。まだクジラの尻尾も見えない。これは長期戦になりそうだ。

 どこかから笛の音が聞こえる。喧騒が近づいたり、遠ざかったりするように感じる。提灯にあかりが灯され、その先には薄く光る星が見えた。

 できた、というカナちゃんの声に目を擦る。一斗缶の上に座ったまま、いつの間にかうつらうつらしていたようだ。
 カナちゃんの示した砂糖菓子を見て、オヤジは唸り声を上げる。
「これは完璧だな。文句のつけようがない。持っていきな」

 駅へ向かう帰り道、カナちゃんの手には自転車のハンドルが握られていた。ベルは付いているが、ライトは付いていない。オヤジが言うには、カーボンなんちゃらで作られた特製品らしいが、どう見てもそこら辺のママチャリから抜いてきたようにしか見えない。
 カナちゃんは両手でハンドルを握り直し、そっとベルを鳴らした。
 ちりん、と思いのほかよい音がした。
 浴衣の袖が、少し揺れた。

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