山の手のひらの上でワルツ、ときたまサンバ、総じて東京音頭
11.駒込
駒込に迷い混むと、道にスイッチが落ちていた。
拾い上げ、手のひらに乗せる。
立方体にはめ込まれた青いスイッチは、押すと少しだけ沈み、カチッと軽い音を立てて元の高さへと戻った。
空を飛ぶカラスが「かあ」と鳴いた。
もう一度スイッチを押す。カラスは鳴かない。カラスを鳴かせるスイッチではないようだ。
路地をしばらくうろうろとしていたら、カラスの「かあ」という鳴き声が聞こえた。ふと手のひらを見ると、元の場所に置いてきたはずのスイッチがあった。
カチッとスイッチを押す。
民家の塀を越して伸びる百日紅の枝から、赤い花弁が落ちた。
もう一度スイッチを押す。赤い花は揺れもしない。花を落とすスイッチではないようだ。
塀の上にスイッチを置いて、また歩き出した。
10匹目のノラ猫とすれ違い、そろそろ家路に着こうかと考えたとき、ふとまだ日が高いことに気がついた。
手のひらにはまたスイッチが収まっている。
カチッと一度押す。何も起きない。もう一度押す。変化はない。
何度も押し続けると、やがて電信柱から伸びる影が角度を変え始めた。
橋の上まで行き、スイッチを川へ投げ、家路につく。
駒込から抜けて手のひらを見ると、そこにスイッチはなかった。
家に帰り夕飯の支度をしていると、やがて夜はやってきた。
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